襲撃と王女の視線

 王宮は巣を突つかれた蜂ほどに大騒ぎだった。王宮に侵入していた刺客が、こともあろうに王族を殺めようとしたのだ。その残滓は夕方になるまで色濃くあった。なにしろ、誰も俺の姿に気をとられる余裕がないほどなのだから。


「ご苦労さまでございます。隊長」


 騎士団長や諸々の関係者からの聞き取りを終えると、アランと部下達が待ち構えていた。緊迫した事態を常に体験している彼らは、やはり唇を引き締めた固い面持ちで待機の姿勢を崩さない。


「それで、いかがされますか?」

「我々は隊舎に帰投する。その後、庭園でのことを各々報告した後に解散。別命あるまで待機だ」

「は。帰投、待機でありますか?」

「そうだ」


 指示を復唱しながらも、訝しいという顔色を隠さないアラン。部下達が先に行くと副隊長としての建前が消えた口調


「どういうことだ? 帰投って?」

「刺客の尋問は親衛隊がするそうだ。その後の調査もな。騎士団長も掛け合うそうだが」

「・・・・・・望み薄いな、それ。つまり、今のところ俺達にはなにもすることはなしってか」

「お前にとっては助かるんじゃないか? 仕事が増えないのだから」


「それはそうだが。腰抜かしてた隊員いただろ。あいつのザマを見ておくとな。それに逃げた刺客を追ったり探したりしてるときのことを見てると、どうしても期待できねぇさ」


 親衛隊は王族直属であるため、騎士団よりも立場と命令系統・権威が上だ。加えて貴族ならば入隊を許される騎士団と異なり、ある程度の爵位以上か覚えがめでたくなければいけない。いわばエリート中のエリートだ。


 親衛隊とて訓練をしているだろうが、自分達との迅速な動きや緊急時での臨機応変さに欠ける動きを比べてしまうんだろう。


 しかし、それも仕方がないのかもしれない。ここでは俺達が普段就いている任務、血なま臭さと泥に塗れる無縁だったのだろう。ましてや王族が襲われるなんていうのは天地がひっくり返るほど


「一応今報告しておくぜ。お前が戻ってくる前、庭園と庭師の小屋をくまなく探したがどこにも侵入できそうなところはなかった。小屋には庭師の親子が縛られた状態でいた」

「うん、そうか。庭師はなんと?」

「今日朝方にいきなり襲いかかられたとさ。誰かもわからん、ローブで全身隠してたって」

「封鎖はまだ続いているんだろう?」

「ああ。誰かが出入りしたなんていう話もない。城門にも早馬が行ったそうだ」


「・・・・・・明日あたり、街の大規模な捜索をすることになるかもしれないな」


 逃げた刺客がどこに消えたのか。それはまだ不明でも迅速すぎる動きには下調べや準備が必要なはず。侵入前後の痕跡や目撃情報があるかもしれない。


「警戒態勢がとられるのは確実だが。俺達は別の命令が下るかもしれん」

「ん? どういうことだ?」

「王都ではなく、最初から王宮にいる人間の仕業。俺はそれも考えている」

「おいおい・・・・・・・・・」


 なに馬鹿なことを、と笑いそうになったアランは、こちらの真意を悟ったのだろう。王宮に出入りできる人間は限られている。例えどんな方法であっても侵入し、誰にも悟られないようにし、すぐに姿を消すなどというのは困難だ。どのような凄腕の暗殺者であろうとも、失敗した後にしては手がこみすぎている。


 最初から王宮で暮らしている者なら、簡単なのではないか? 


 それか、王宮にいる者が手引きをすれば。より容易だろう。


「おい、エリク。まさか本気か?」

「可能性はゼロじゃない。そういう手段もあるということだ」

「それは・・・・・・そうだがよ」


 信じたくはないんだろう。正体も目的もさることながら、そんな大それたことを企てる奴がいるなんて、と。


 所属している騎士隊の任務は不正、犯罪、諸外国からやってくる者の問題、争闘とどれも危険なものだった。だが、俺の悪い予想と比較すれば桁が外れている。


 あくまでも、予想が当たればの話だが。


「考えすぎかもしれないが。ともかく。今はなにもできん」

「そうだな・・・・・・・・・うん。そうだ」


 アランなりに思案しているのか、しん、と静まったまま出口を目指す。見張りの兵士とのやりとりを忘れてしまうほどだ。


「考えてもしょうがない。いざというときに備えておけばいい」

「ああ、そのとおりだ。つまりいつもどおりでいいということだな。部下達にもそういう風に伝えておく」

「この話は留めておけ。混乱を招く」


 そのとおり、と無言で首肯。それでやっと


「ああ。了解だ。この話はじゃあこれでおしまいな。それはそうと。なぁ、エリク」

「うん?」

「シャルロット王女とはどうだったんだ?」

「あ?」

「助けたあとさ。なにかあったか?」

「なにかって・・・・・・・・・ざっくばらんに言われてもな」


 ニヤニヤとした底意地の悪い下卑たさが貼りついているアランの笑み。さっきまであった由々しさなど微塵もない。


 突拍子もない流れだが、これでおしまい。いつもどおり、というのをアランなりに解釈した結果なのか。なんにしろ、切り替えが早すぎる。


「いや、なかったよ。お前が期待してることは全然」

「お褒めのお言葉やお礼は?」

「ない」

「声かけられた?」

「ない」

「じゃあ褒美は?」

「ねぇよ」

「じゃあチュウは?」

「あ?」

「よくあるだろ? 忠誠や命を救った者への口づけとか」

「・・・・・・ああ」

「なんにも?」

「・・・・・・・・・」

「じゃあ、王女殿下って、どうだった? 抱っこしたんだろ?」

「アラン・・・・・・・・・!」


 不敬がすぎる。どうだった? というニュアンスの意味はなんのことなのかわかったが、流石に怒気が押さえられない。


「だってよぅ。ロマンじゃねぇか。危ないところを助けられてお近づきに、とか。恋に落ちるとか。あ。でもこれを機会に王族に覚えられるかもしれねぇぞ。夜会とかに呼ばれたりやんごとなき方々に知られたり。あ、そうしたら俺も紹介してくれよ。主に独身とか恋人募集中の部下ですとか」

「求めていない」

「夢がないなぁ。まぁ、精々給与が増えたり引き立てられて出世が関の山だろうけどよ」

「騎士としての職務を全うできればそれがいい」

「へいへい。真面目でお堅い上司の下で働けて幸せでございますよ~~~。たく。夢みたっていいだろ。なんのための騎士だよ」


 軽口めいた様相となってきたので、会話を打ち切ろうとした。門扉が近づいたちょうどそのとき、なにかの視線を感じて振り向く。それらしい人物をきょろきょろと探すが、それらしい人影は見当たらない。


(うん?)


 二階の渡り廊下に面した手すりから、少し身を乗りだしている人影が辛うじて見てとれた。


(あれは、王女か?)


 遠くてシルエットが判別できないが、特徴的なティアラとドレス、そして侍女と親衛隊が周りで囲むように、困惑しているように侍っている。たしかすぐに自室へ連れて行かれたはずだが、大丈夫なのだろうか?


 命を狙われたことと凄惨な現場に居合わせたショックで、精神的にダメージを被るということが子女にはよくある。なのに王宮内部とはいえ出歩くなんて。陛下や医師の元へ行くためとも考えられるが。


「!」


 シャルロット王女はこちらに気づいたのか。ハッとした仕草をすると、そのままオロオロしながら柱に隠れ、チラチラと時折窺っているのは、距離もあって警戒している小動物と重なる。


 そのせいで気のせいとおもっていた視線が、より強く感じる。確実に俺を見ているのだと。


(なんだ?)


 出会ったときのように珍しがっているという風ではない。それが余計気に掛かる。


「どうした?」

「いや、なんでもない・・・・・・・・・」


 振り切るように、アランと肩を並べて門扉へとむかった。

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