王女との出会い
お茶会と言っても、一つの机で会話を楽しむものではなく、ガーデンパーティーのような少し規模が大きい催しだった。
事前に打ち合わせと見取り図に合わせ、部下達に巡回ルートと配置を割り振る。すぐに広大な敷地の彼方へと散っていくと、隣から溜息が聞こえた。
「はぁ~~~・・・・・・あ~~~あ。今頃麗しのお嬢様がたはキャッキャウフフとさぞお楽しみでいらっしゃるんだろうなぁ」
「隊長の前で堂々と不平を漏らす奴があるか」
窘めても、副隊長のアランはぶう垂れる態度をやめようとしない。
「だってよ~~~。こんな気持ちの良い天気、場所、そしてすぐ近くには年頃の女性がいるんだぜ? なのに俺達はそのお零れももらえない。やってられないって。若いあいつらも内心そうおもってるさ」
クイッと顎をしゃくりながら肘で脇腹を小突いてくる軽々しさは、同期で年齢も同じだからという親しみが双方にあるからだろう。上下関係だけでなく、見てくれが変わっても出会ったときのままな接し方。助かるときもあるが今は呆れる気持ちのほうが強い。
「せめて素敵な出会いがあるかもって期待してたのに。親衛隊は羨ましいね。本当に」
「お嬢様達だって仕事そっちのけでお喋りや勤しむ騎士様は願い下げだろうさ」
「相変わらずお堅いなぁおい」
「そんなところでなにをしているんだ」
歩きながらそれぞれの位置まで移動していると、見覚えのある顔と出くわした。昨日親衛隊を尋ねたときにいた隊員の一人だ。彼はぎょっとして不快げなのを隠そうともしない。
「は。エリク隊長とともにいざというときの連携や伝達方法を確認しておりました」
「ならばすぐに行け。もしも王女様やご令嬢に貴様のような輩を見られたらどうする。折角のお茶会を台無しにでもしたらどうするつもりだ」
「は、」
「たく。陛下も何故よりにもよって・・・・・・」
「申し訳ございません。王宮内での職務に不慣れな自分に、隊長がご指導をしてくださっていたのです。それよりも何故こちらに? こちらのほうへ親衛隊は来られないはずでは?」
「・・・・・・・・・貴様等が職務にきちんと就いているかたしかめたかっただけだ」
アランの指摘は無言の間とともに、眉間に皺が生じさせた。
「いいか。決してあちらには近づくな。無駄口を叩いている暇があったらさっさと働け。そのおぞましい姿はこの美しい景観に不似合いだ」
「は・・・・・・・・・」
敬礼とともにその場を離れる。距離ができて後ろを振り返りながらアランは忌々しげに舌打ちをし出す。
「無駄口を叩いている暇があったら? ふん、どっちが。あれが騎士かよ」
「言うな」
「きっとあいつサボろうとしてたんだ。それかどこかでご令嬢と戯れるつもりさ」
「いいって。お前も行ってくれ」
「・・・・・・了解であります。隊長」
わざとらしく恭しい敬礼をし、そのまま別れた。彼方から聞こえるハープを中心とした楽器の音色が風にのって伝わってくる。感傷的になってつい尻尾が揺れかけたが、気を引き締める。
城壁にほど近い森林に似た茂みに差しかかったところ、なにかが引っ掛かっているのに気づいた。
(詩集?)
見覚えのあるタイトルと作者名が描かれている表紙。不似合いな場所にあるのも解せず訝しくおもっていたら、茂みの奥でガサガサと草木を掻き分ける音が。
「あ、」
絶世の美少女がいた。
輝く金色の髪。宝石のように青い瞳は澄んでいて抜けるような白磁の肌。幼さを残しながらもちょこんと載っかっているティアラと大人っぽさと豪華さを両立させた白いドレスが実に映えている。
シャルロット・ティア・ノイマール。
レヒュブルク王国の第一王女その人だ。
「あ、ああ・・・・・・・・・」
シャルロットがわなわなと震え、蒼白になっていく。躓いたようにぺたんとお尻をついた彼女に遅れて我を取り戻し、慌てながら片膝をついた。
「ご無礼をいたしました」
「あ、ああ?」
「私は本日、ここの警護をしております、エリク・ディアンヌと申します。王女様がこちらにいらっしゃるとは露知らず」
「き、き、騎士なのですか?」
「は」
「人間なのですか?」
「は。良く間違われますが」
ちらりと窺うと、弾かれたようにビクついた。無駄に怯えさせてしまうので目を伏せ、体勢を維持する。
「王女様。失礼ですが、どうしてこちらに?」
「・・・・・・・・・」
まだ警戒しているのだろうか。しかし、聞かないわけにはいかない。彼女は本日のお茶会を主催したのだ。中心となるべき人物がいなければ、大騒ぎになるのも時間の問題。
「兎が・・・・・・」
「?」
「兎が、いたのです・・・・・・・・・。追いかけていたら、つい」
「さようで・・・・・・・・・」
「とても可愛らしかったので、触ってみようとしたのですが。素早くて。私、すっかり見失ってしまいましたわ・・・・・・・・・」
まさか、さっきの親衛隊の隊員は王女を探していたのだろうか。
「ま、まさかあなたが食べてしまったの!?」
「・・・・・・・・・生の兎は好みません」
「な、生でなければ食べているの!?」
王族は兎を食べないのだろうか。なんとなくそんな風におもった。
「ともかく。すぐに戻られたほうがよろしいかと」
咳払いをして整えると、シャルロットは途端に沈痛な面持ちに。可憐な美少女がしょぼんとしていると、
「どうかされましたか?」
「楽しくございませんの」
「・・・・・・・・・」
「私は、ただ侍女や親しい人達と静かに過ごしたかったのです。なのにあれでは夜会と一緒。息が詰まりそう」
王族ともなれば、自由な時間を持つのは限られている。日常に政務や社交は欠かせない。ちょっとした発言であっても、本人の意志どおりにはいかないのだろう。
(贅沢な悩みだ)
「しかし、このままでは皆が心配するとおもうのですが」
「・・・・・・・・・」
まるでいじけた子供のように髪の毛を指に巻きつけ、やや唇を尖らせていく。強引に連れていく手もあるが、王族だ。しかもこちらは呪われた身。おいそれと触れるのは憚られる。
「あの、騎士殿」
さてどうしたものかと思案していると、おずおずといった様子で話しかけられた。
「あの、その後ろにあるのは本物ですの?」
「は。なんのことで?」
視線がゆら、ゆら、と左右に揺れている。なんのことか見当がつき、横に体勢を直すと大きくまんまるな目に煌めきが灯っていく。
「やっぱり、尻尾ですのね」
「はい」
「まぁ、凄い・・・・・・・・・太くて逞しくて、大きい」
「王女殿下・・・・・・・・・?」
「触ってみてもよろしくて?」
ブワッと膨れた尻尾の毛に、きゃ、と悲鳴が。
「王女殿下が触れてよいものではございません」
「あら、どうして?」
「それは――――――」
「王女様!」
後ろから懸命に駆け寄ってきた親衛隊、先程の隊員だ。膝に手をやりかけて、乱れた息をグッと飲みこんで睨みつけてくる。
「おい、ここでなにをしている」
「それは・・・・・・・・・」
「王女殿下から離れろ呪われ騎士め」
「っ」
「呪いがうつったらどうするつもりだ。この不敬者が」
「呪われ?」
「持ち場に戻ります」
「あの――――」
「王女殿下。探しましたぞ。あの者になにかされましたか? おお、いいえ。わかります。わかりますとも。あのおぞましさにはさぞ驚かれたでしょう。さぁ、戻って落ち着きましょう。そろそろお菓子が焼き上がる時間です」
謙りとおべっか。そして下心に弾んだ声。嫌悪する意欲も湧いてこない。
「呪われ騎士・・・・・・・・・?」
「どうぞこちらに。さぁお早く」
「いえ、しかし私は――――」
そのまま立ち去るべきだったが、先程のシャルロット王女の浮かない表情と、隊員とのやりとりが重なってしまい足を止めた。
なんの変哲もない庭師が二人通り過ぎたとき、やはり立ち去ろうとしたが違和感を持った。
(?)
観察すると、やはり妙だった。
歩き方、猫背、手にしている挟みの持ち方。なんだかやり慣れていないことを無理やり身につけたぎこちなさが見てとれる。王宮に出入りできる人間は限られていて住み込みの庭師も当然いる。詳しくはないが、ふさわしい礼儀作法はいざ知らず、貴族や王族への接し方や距離感は弁えているはず。
例えなんらかの仕事があったのだとしても、シャルロット王女がおわす場所を横切ったりするだろうか? もしくは王族の近くで。普通は遠慮をするものではないか?
なのに、なんの迷いもなくシャルロット王女達の元へと進んでいく。
「待て」
なにより、男の格好をしているただの庭師から香水の匂いがした。
「なにをしようとしている?」
背中を向けたままだった庭師の一人が、そのまま逆手に持ち替えた挟みを投げつける。鞘から抜き払った剣で弾きながら、突っ込んでくる庭師へと駈けると同時に跳躍、膝を鼻へと叩きこむ。そのまま宙を頭上を跳びこえて。残る一人の背中めがけて剣を振り下ろすが横へと逃れられた。
「なんだ? おい」
「逃げろ! 王女を連れて!」
即座に距離をとった庭師、いや正体不明の敵は懐から短剣を取りだす。もう一人は血を流し続ける鼻を押さえ、にじり寄ってくる。
「王女殿下を守れ! 早く!」
「あ、わ、わ」
「くそ、殿下! お逃げを!」
腰を抜かした隊員と、まだ事態を把握しきれず、硬直したままのシャルロット王女。例え二人がかりであっても、本来なら相手をするのに問題はない。だが、こいつらの目的はシャルロット王女。一人で庇いながら戦うのは圧倒的に不利だ。
じりじりとシャルロット王女のほうへと後退しながら、指笛を吹く。それを合図にしたかのように別方向から迫ってくる庭師、いや敵。一人は王女へ、もう一人はこちらに。持っていた詩集を投げつけながらすぐさま王女へと向かう。
「きゃ!?」
「ご無礼!」
シャルロット王女を引っ張りながら胸の中へと抱え込む。虚しく空ぶった敵めがけて力任せに蹴りを、遅れたもう片方の敵を横薙ぎで一閃。肩から鮮血が迸った。
「きゃあああああ!」
悲鳴を上げながら倒れそうになるシャルロット王女、彼女を支えている腕に重みをぐんと加わってしまい体勢が崩れた。
「この化け物がああ!」
左半身、シャルロット王女と左足を軸にしながら回転。鋭い刺突を避けながらシャルロット王女の膝に上腕を通し、二の腕で臀部を受けるような形で抱え直す。
「隊長――――!!」
「エリク隊長!」
「なにがあったのですか!」
遠くから駆けつけてくる部下達に、敵は悔しそうな目線を一瞬やり、即座にこちらに戻した。
「ぐ、」
前もっていざというときのために決めていた合図、指笛が功を奏した。形勢が不利と悟った敵はあらぬ方向へと逃げていく。
「ここだあああ! 刺客だ! 王女殿下が襲われた!」
「なんですって!?」
「親衛隊を呼べ! それからこの者を引っ立てろ! もう一人逃げた! 東だ追え!それから王宮の出入りを封鎖しろ!」
「は!」
部下達へと指示を出し終え、やっとシャルロット王女へと視線を落とすことができた。
「王女殿下」
なにも聞こえていないのは恐怖を覚えているからなのか、ブルブルとした小刻みな身の振動が響いてくる。おくるみの中の赤子のように小さく縮こまり胸板に耳と頬を添わせている。
「申し訳ございません」
「あ、」
そう断って地面に置こうとしたが、彼女は頑なに離れようとしない。そればかりか縋るような熱い瞳でじっとこちらを見つめ、ぎゅうううう、とジャケットを掴んできた。
(動転しているのか)
無理もない。襲われて危うく命を落としそうなところだったのだ。斬り合いどころか血さえもみたことはないはず。
(だが)
触れられていることに一抹の不安と恐怖、そして忌避感が芽生えていく。呪われたこの身体が、後ろめたさとも引けめとも形容できるものをチクチクと苛むのだ。
結局、親衛隊が駆けつけるまでシャルロット王女を抱きかかえ続けた。
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