第6話 存在しない小道

 老婆はモルモットほどの、異様な小ささだった。


「私ですか?」


 別に恐怖とか、そういった感情はなかった。既に多くの『非常識』を目の当たりにしている夕夏だ。今更両手に収まるレベルの老婆を見たところで、特に驚くこともなかった。


 夕夏の問い掛けに、老婆は外套に隠れてよく見えなかったが、夕夏を見上げるような仕草をして、こう言った。


「……ああ、そうだよお嬢ちゃん」


 絞り出すような、酷くしわがれた声だった。


「私に何か用でしょうか?」


「思った通り。まだここに来て日が浅いんだねぇ」


 しかしながら、その不気味な外套とは裏腹に、孫に話を聞かせるような温かみのある口調だった。


「はあ、まあ」


「――おや、しかもこれは……珍しいこともあったもんだ。久しぶりの新しい〝持ち主〟じゃないかい。お嬢ちゃんはどんなチカラを使うんだい?」


「持ち主……? チカラ……?」


「紅々に来て間もないのなら、知らないのも無理はないねぇ。それはねぇ、お嬢ちゃんの気持ちが人一倍強いから手に入ったんだ。大事にするんだよ」


「あの、おばあちゃん? 何を言ってるのかさっぱりなんですが……」


「おしゃべりしすぎたねぇ。お嬢ちゃんを呼んだのは、お願いがあったからだよ」


「またぁ!?」


 夕夏は遂に石畳にへたり込んでしまった。キャット飯店を目前にして、まさかの追加依頼。とうとう足腰に力が入らなくなってしまった。そんな夕夏の姿がおかしかったのか、老婆はほとんど発声はできていなかったがカラカラと笑い、


「大丈夫さお嬢ちゃん、このお願いに期限はないからね。頭の片隅に置いておくだけで結構さ」


 そして、小さな紙きれを夕夏に渡した。差し出されたからには受け取らないわけにはいかなく、夕夏は恐る恐る紙切れを手に取る。そこには。



【紅々町裏頭三丁目■番地□号】



 住所の書かれた紙きれだった。夕夏は神妙な面持ちで眺めながら、


「それじゃあ一応もらっておくけど……おばあちゃん、本当にいつでもいいの?」


「うんうん、いつでもいいんだよ。いつでもね。あと二日でおしまいなんだから」


「わかった……っておばあちゃん! 肝心のお願いって何? それとこの住所、数字が見えないところが――」


 夕夏はそう言って、顔を上げたのだが。


「……あれ」


 小さな老婆はおろか、フェンス……それ以前に夕夏の目の前には小道など存在しておらず、建物のつなぎ目があるだけだった。


「確かに私、変なお婆ちゃんと話してた……よね」


 キツネにつままれた。まさしくそんな状況だった。夕夏はつい数分前のことを必死に思い出し、あれが幻なんかではないことを自分に言い聞かせる。


 その証拠に夕夏の右手には、老婆から受け取った紙切れがしっかりと握られているのだから。

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