第2話

「…………」


仕事を終え、北山の藤次の自宅にやってきた佐保子は、ダイニングのテーブルを挟んで絢音と藤次に見つめられて、完全に萎縮していた。


「そんなに緊張しなくていいのよ佐保ちゃん。悩みあるんでしょ?話してみて?ホラ、藤次さんも、そんな威圧的な態度しないの。」


「そやし、ぶっちゃけ俺、他人の色恋話興味ないねん。絢音、お前が聞いたって。」


そう言って席を立とうとした藤次に、佐保子は口を開く。


「あ、アタシの処女、もらって下さい!検事!!」


「えっ?!」


「はあ?!」


瞬く2人に、佐保子は続ける。


「今週末、稔君と泊まりでデートなんです!だからそれまでに、処女卒業したいんです!だから」


「アホか!お前が付き合うてんのは、惚れとんのは笹井やろ?!なら、笹井にやったらええやないか!なんで俺やねん。訳わからんわ!もう帰り!呆れて言葉も選べへん。」


「検事!お願いします!」


「知らん!!」


「ま、まあまあ落ち着いて。ゆっくり順を追って話ましょ?藤次さんは、席外して?言われた通り、私が相談に乗るから。」


「…ほんなら、車で1時間くらいふらついてくるわ。その時までに、そのアホ、どうにかしといてくれ。」


「うん。分かった…」


そうして藤次は、泣きじゃくる佐保子を冷たく見下げて家を後にする。


その様を確認してから、絢音は佐保子に切り出す。


「いつか言ってたものね。藤次さんの事、好きって。でも本当に、後悔しない?藤次さん、もう私以外の女の人には良い顔しないって決めてるから、喩え処女を藤次さんにあげても、きっと2度と、あなたと枕をかわすことは、ないわよ?」


「分かってます。奥様に私なんかが敵うはず無いって…それに、これ以上そばに居たい…検事の一番になりたいなんて思っていません。ただ、どうしても、最初は検事が良いんです。今もずっと…好きだから…」


そうして泣きじゃくる佐保子を、絢音は優しく抱きしめる。


「分かったわ。じゃあ、協力しましょうか。藤次さんを、その気にさせるために…」


「えっ?」


瞬く佐保子に、絢音はにっこりと微笑みかけた。



「3人で?」


「そ。藤次言ってたじゃない。最近少しマンネリ気味やなって。だから、佐保ちゃん入れて3人でしましょ?笹井君、木曜日までに返事欲しいそうだから、水曜日に。どこかステキなホテル予約してよ。ね?ダメ?」


「いや、ダメっちゅーかその…お前はええんか?俺が他の女抱くの。」


狼狽する藤次に、絢音はクスリと妖しく嗤う。


「言ったじゃない。ちょっとの火遊びなら許してあげるって。それに、ワタシ見てみたいわ。藤次がどうやって、生娘を抱くのか。」


「そやし…俺、お前やないと勃たんえ?」


「だから、最初は私として、準備ができたら抱いてあげなさい。大丈夫。藤次が萎えないように、しっかりサポートしてあげる。」


「そやし…」


戸惑いを露わにする藤次に、佐保子は口を開く。


「私…失敗したくないんです。稔君との、初めて。彼の前で無様な姿、晒したくないんです。だから、教えて下さい。奥様みたいな、素敵な女性のなり方…」


「…………そんな理由で…ホンマに、後悔せえへんのか?初めての男言うんは、一生セックスする上でついて回るえ?どんなに後悔してもや。それでも、俺がええんか?」



「…はい。検事で良いです。大体、私いつもバカ検事って詰って貶してるじゃないですか。…好きでも何でもない人とのこんな事、すぐに忘れて、稔君と…幸せになります。」


そうして笑う佐保子と、腕に縋り良いでしょう?とねだる絢音の態度に、藤次はガリガリと頭を乱雑に掻いた後、大きく息を吐いて口を開く。


「分かったわ。気ぃ進まんけど、お前に笹井けしかけたん俺やし、笹井にも上手うやれ言うとるしなにより、絢音が望むなら、ええわ。」


「嬉しい…やっぱりあなた、度量のある素敵な人。」


「そんなおべっか使うな。この強欲女。その代わり、幾つか条件つけるで?」


「なあに?」


問う絢音に、藤次は指を立てる。


「1つ。ヤるんは最初の一回こっきり。その代わり、避妊なしの中出しの最後までしたる。2つ。中出しするさかい、ガキ出来んように、翌日すぐから暫く避妊薬飲む。3つ。ヤった後も、変わらず事務官…部下としての顔を貫く。これが守れるなら、お前の処女を遠慮なくもらったる。」


「まあ、随分寛大な約束事ね。避妊なしだなんて…でももし、失敗して赤ちゃんできちゃったらどうするの?」


絢音のその言葉に、藤次は恐々自分を見つめる佐保子を冷たく見つめる。


「そん時は、堕ろすか笹井の子として産むかの二択や。俺は絶対認知せんし、責任取って絢音と離婚してお前と一緒になる気もない。堕胎の同意書のサインも、笹井にしてもらえ。俺は一切関わらん。それも約束のうちや。ええな?」


「は、ハイ…」


「じゃあ決まりね。水曜日。素敵なホテル。予約してよ?あと、その日は佐保ちゃんお休みさせてあげて?藤次に相応しいよう、目一杯綺麗にしてあげたいから。ね?」


「………好きにせい。」


「うん。好きにする。良かったわね。佐保ちゃん?」


「は、はい…」


そうして女2人で楽しそうに話す様を見つめる藤次の脳裏に、在りし日の美知子とのやりとりが思い出される。


「(私、好きなんです…検事が…)」


「…せやから嫌なんや。女性事務官は…」


頬を染めて自分への思いを告白する美知子の姿を佐保子に重ねて、藤次はポツリと呟いた。

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