世紀末の歩き方 ──前半──
「んー、困ったなぁ。 どうしよう」
咲がこじ開けた隣の部屋に死体を放り戻ってくると、春風さんが冷蔵庫の中を覗き込みながら、なにやら頭を悩ませていた。
「ただいま、春風さん。 どうかしたのか?」
「あ、うん。 冷蔵庫に食べ物が何もなくて」
場所を空けて貰い見てみると、冷蔵庫の中はすっからかんだった。
死体となったアパートの住人は殆んど家事をしない男だったのだろう。
シンクやゴミ箱にプラスチックのゴミが詰められている。
「男の独り暮らしみたいだし、買い食いしてたんだろうな。 てことは、近くにコンビニかスーパーがあるのかもしれないぞ」
となると、行かない訳にはいかない。
食事を摂りたいのは勿論だが、今後を考えて必要な物を調達しておきたいところ。
「スーパーかぁ。 あると嬉しいけど、ここに来るまで見てないなぁ。 咲ちゃんは見た?」
「んーと……これがそうじゃない?」
言いながら咲は自分の携帯画面を見せてきた。
画面には近隣の地図が映し出されている。
流石は我々人間が産み出した文明の利器。
痒いところに手が届く、素晴らしい発明品だ。
が、スーパーのある場所。
その場所が問題だった。
「冗談だろ、よりにもよってあんなとこに……」
なにしろスーパーが建っている場所というのが、犬型魔獣がうろつく通りの向こう側だったからである。
これは参った。
「どお? 何匹ぐらい居そう?」
「ちょっと待て、数えてみる。 えっと……三、四…………七匹だな。 どうだ? 咲ならいけるか?」
「うーん……二匹ぐらいならなんとかなると思うけど、七匹は流石に多すぎるかなー」
一抹の期待を込めて例の道路に来てみたが、案の定魔獣が跋扈していた。
ただの犬なら俺でもなんとか追い払える。
だが相手は犬ではなく魔獣。
身体から電気を迸らせる巨大犬なのだ。
無理をすべきではない。
「わかった。 なら他の方法を考えるか」
「うん、そっちは六花に任せるよ。 わたしは考えるより動く方が得意だから、六花の指示に従うね」
そう言ってくれるのは嬉しいが、それはとどのつまり俺の指示に咲の命が懸かっているという事だ。
いくらヴァルキリアドールズと言っても、咲は俺の幼馴染み。
無意味な危険に晒したくはない。
なんとか全員が無事切り抜ける方法を編み出さねば。
「はぁ、なかなかのプレッシャーだな。 さて、どうするか……」
「六花なら大丈夫。 わたしが保証するよ。 ずっと隣で見てきたわたしが」
と、不安げな表情な俺を勇気づける為、咲は優しく手をにぎ…………
「そうそう! 咲ちゃんの言う通り、六花くんなら大丈夫だよ! なんだかんだでずっと私達を引っ張ってきたもん! 自信持って!」
「「………………」」
何故いつも良い雰囲気になると邪魔が入るのか。
俺と咲は、背後で騒ぐその元凶に、恨みがましく振り返る。
空気の読めないお姉さんこと春風蕾さんに。
「今更なんだけど、春風さん本当についてくるのか? 留守番してた方が安全だと思うけど」
「ていうか邪魔。 空気読みなさいよね」
「うぅ……だってもう一人はやなんだもん……」
そうか。
あれだけの死体の中、春風さんは半日ほどずっと一人だった。
多くの死を、たった一人で受け入れなきゃならなかった。
誰にも頼れない状況で、信じがたい、信じたくない現実に耐えなくちゃならなかった。
そんな経験をしたのだから、もう一人で居たくないというのも頷ける。
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