異情愛
畑るわ
プロローグ
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もうずっと限界だった。
誰か殺してくれと叫び続けていた。
その思いは私の胸の奥底で生まれ、体内を犯して私の精神を蝕み、体をひどく冷たくさせる。そして喉元でぽっと変化し、思ってもいない穏やかな言葉にすり替わり口から滑り出ていく。
真っ黒い妄想のなかで何度も突き刺した胸はボロボロなのに、にじみ出る表情は優しく穏やかで、その温度差に頭が狂ってしまいそうだ。いや、実際には全く狂っておらず、むしろ私は常に冷静だった。その冷静さこそ、まさに私自身を苦しめている原因の一つなのだ。
こんなにも死を渇望しているのに、私にはまだ何もかもが足りない。
絶望も孤独も不幸も、すべて足りない。
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たくさんのサイレンの音が遠くに聞こえていた。
本当はかなり近くで大きな音を立てていたのだろうが、強い耳鳴りがしているのかそもそも俺の耳がおかしくなったのか、耳の奥で響く誰かの叫び声と穏やかな彼女の最期の言葉で脳内は埋め尽くされ、他の音は耳に入ってこなかった。
立ち入り禁止の屋上から校庭を見下ろすと、確かに彼女がそこにいる。俺の目はあまり良くないが、小さな血溜まりが少しずつ広がって体が一切動いていない様子を見ると、成功したと思って良いのだろう。
ほっと胸を撫で下ろしていると、背後からガンガンと大きな音がした。無遠慮に扉を叩く様子から、おそらく事態に気がついた教員か警察だろう。
もうここを突き止めたのかと少し驚いたが、早朝ゆえに職員室から借りられていた鍵は多くなかったため、当然と言えば当然かもしれない。
ここが開けられるのは時間の問題だ。そう思っていると、ほんの数十秒後あっけなくドアは破られ、たくさんの教員たちが遠巻きに見守る中、俺はあっという間に警察か警備員だかに囲まれる。
大きな声で何か問われているのだが、なぜか何を聞かれているか認識できずに突っ立っていると、すぐに押し倒されてコンクリートにねじ伏せられてしまった。
体をひねられた瞬間、先ほど俺に鍵の貸し出しを許可した国語教師が視界の端に映る。倒されてすぐに目の前が真っ暗になってしまったが、俺はその若い教師に心の中で何度も謝罪した。
まさか部室の鍵を借りに来た普通の生徒が、立ち入り禁止の屋上の鍵を持ち出してこんな事をするなんて想像すらしなかっただろうが、朝の忙しい時間帯もあってか彼女は持ち出す鍵の種類をきちんと確認しなかった。
もしかするとこの一件でこの教師は責任問題に問われ、鍵の貸し出しはより面倒臭いシステムに変わり、周囲の視線に耐えられなくなった彼女は教師を辞めてしまうかもしれない。
この数日で、俺には一生謝っても謝りきれない人たちが大勢できた。
その一人ひとりに、今日この瞬間から許されることのない罪に対して償いを続ける。
それだけが俺と彼女の唯一のつながりだから。
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