21、きみと共にいたということ


 それからぼくは結局、涙が枯れて疲れ果てるまで泣き続けて。気づけばもう、すっかり夜になって。

 ぼくが今日のことを一つも連絡してなかったし、返信もしてなかったから、父さん達から心配のラインや電話の通知がたくさんきていた。そのことに気づいた正彦さんが、声がガラガラになったぼくの代わりに出てくれて、事情説明をしてくれた。


 泣き疲れてぼんやりとした思考の中で、電話する正彦さんや、ぼくにタオルとあったかいお茶を出してくれる梨恵さんを見て、ああ、申し訳ないなぁ、なんて思った。

 そしてその後正彦さんに連れられて、来た時と同じ新幹線で家まで送ってもらうことになった。

 その時に、ぼくの分の新幹線のチケット代も正彦さんが払ってしまったし、これまでぼくがコウくんの家に来た分の交通費なんかも返されてしまった。


 ぼく、めちゃくちゃ色んな人に迷惑かけてるなぁ…


 父さん達も、正彦さん達も、皆、ごめんなさい。ぼくは、本当に悪い不良少年です。

 まだまだ、だめだなぁ…


 「はぁ…」

 久しぶりに大泣きしたせいで、体がだるい。瞼も腫れて重たくて、喉もガラガラで、頬は乾いた涙でカピカピで、鼻もずるずるで、頭もじんじんする。

 何よりこんな姿を、コウくんのご両親に見せるなんて。ああ、さいあくだなぁ、ぼくもう、17歳なのに。子供みたいにあんな大泣きして。本当に恥ずかしい。穴があったら入りたいよ…


 「おい、大丈夫か?」

 新幹線の中で、ぼくの隣に座っている正彦さんが声をかける。

 「だい“じょゔぶでず…」

 「声ガラッガラだな。まぁでも、顔は確かにスッキリしてるな。」

 「…あ“ん“な“に“ない“で…め”い”わ”ぐばがり”がげで、ごめ“ん“な”ざい”…」

 「そんなの、気にすんな。人間生きてりゃ何かしらで迷惑かけるのが普通だし、それはお互い様だ。それに、悲しいときに泣くのは、何も悪いことじゃねぇさ。」

 正彦さんはガハハと笑ってワシワシと豪快にぼくの頭を撫でる。

 コウくんや梨恵さんのような優しい感じとは違うけど、それでも温かい手で撫でられて、なんだかホッとした。

 そして言われた通り、確かに不思議と、なんだかぼくはスッキリしていた。

 心の奥の穴にある、ぼくを呑み込み満たしていた黒いどろどろは、涙と一緒に流されたのか、いつの間にか消えていた。心の奥に空いた穴も少しだけ、小さくなった気がした。


 「…正彦さんは、普段、暮らしてて、コウくんの…幸太郎くんのこと思い出して、泣いたりしますか…?」

 少し声が戻ったぼくは正彦さんにそう聞いてみた。ちらりと顔を見ると、正彦さんと目があった。

 「おう、するな。」

 「それ、辛くないですか…?自分が生きてることも…苦しくなるくらい…」

 「まぁ、確かに辛いけどよ…あいつが死ぬ羽目になった、トラックのヤローもいまだに憎いしよ。それでも人間、死ぬときゃあっさり死ぬし、死なないときゃどんなにしても死なないんだ。どうせいつ死ぬかわからねぇなら、辛くても、とりあえずは頑張って生きるしかねぇわな。」

 正彦さんは考えるように少し目を閉じて答える。

 「そう、ですね…」

 「それに、思い出すのは悲しいことだけじゃねぇしよ。それだけにしたらあいつに申し訳ねぇ。」

 また目を開けて、話しながらぼくを見る正彦さんのその顔は、やっぱりコウくんと似ていて、優しい顔をしていた。

 「…ぼくも、そう思います。」

 「そうか。じゃあお互い、これからも頑張るしかねぇな。あいつに怒られねぇように。」

 「…そうですね。」

 へへ、とぼくは正彦さんに笑うと、正彦さんも、またガハハと笑い返してくれた。

 窓の方を見ると、泣きまくって不細工なぼくの顔が反射して映っている。その奥の外の景色は、すっかり夜の黒で塗りつぶされている。

 けれどもその中でも、街の明かりや街灯がちらちら光って、それが列車のスピードに流されて、まるで星や天の川の中を駆けているように見える。

 銀河鉄道みたいだ。


 …コウくん、きみはもう、本当に、どこにもいないんだね。きみは、先に遠いとこに行っちゃった。

 コウくん、ごめんね。

 ぼく、最後まできみに笑ってて欲しくて、作品を見せたあの日だって、本当はきみにつられて泣きそうになったのを頑張って我慢してたんだ。

 でも今日泣いちゃったから、まだまだ弱かったよ。

 あの心の穴の黒いどろどろも多分、またいつかやってくるし、今日ほどでないにしろ、この先もきみのことを思い出して、たまに泣くことがあると思うんだ。

 だからぼくはまだしばらく、泣き虫だと思う。ごめんね。

 我慢できると思ってたんだけどなぁ。

 本当に、どれだけきみがぼくの中で大きな存在だったのか、思い知らされたよ。

 だからさ、仕方ないなーって感じで、そこは許してほしい。

 でも、きみと一緒にいられて、ぼく、本当に幸せだったよ。嘘じゃない。すごくすごく幸せだったよ。

 たとえ嫌なことがあってもね、すぐにそんなのどうでも良くなるくらい、きみといられていつも楽しかったんだ。


 …あのね、ぼくさ、もし泣いてしまったら、きっと昔みたいにきみが心配しちゃうって思ってたし、あんなに幸せだったきみとのことも、ぼくの中で全部悲しい思い出にしちゃうんじゃないかって、怖かったんだ。

 だからね、頑張って我慢してたんだ。

 でも泣いた後もさ、きみとの思い出は、ずっと楽しい色のままだったよ。

 今も、思い出したらちょっと笑えるしね。スーパードSコウタローマンとかね。ふふ、ほんと、我ながらしょうもないなぁ。


 「なあ、翔よ、お前が見せてくれたあの油絵だかの絵は、本物はどこで見られるんだ?美術館か?」

 「ぼくの高校で見ることができますよ。今度、見に来ますか?ぼくが先生に、説明しておきますし。」

 「おう、そりゃいいな。ぜひ、梨恵さんと一緒に行かせてもらうぜ。そんときゃ、一緒に飯でも食おうや。」

 「ふふ、はい。楽しみにしてます。」

 家に着いたら、父さん達に謝って、今日のこと、今までのこと、話して謝らなきゃ。

 すごく、叱られちゃうかな。


 コウくん、あのね。ぼく、今日、生きてる頃のきみを見ることができて、本当によかったよ。

 ほんとは悔しいけどね!めちゃくちゃ生で会いたかったよ!だってかっこよかったもん!見たかったよ生ジャンピングスマッシュ!なんか、言い方があれだけどさ!

 それで、その時にもきみと友達になりたかったなー…

 まぁ無い物ねだりなのはわかってるけどね。タイムマシン誰か開発してくれないかなー。

 それと、成長した姿もめちゃくちゃ気になったよ。だって正彦さんがあんな感じだし。きっともっとムキムキで、かっこいいんだろうね。いいなー。

 でも、だからって幽霊のきみがイヤってわけじゃないよ。そっちでしかできないこともたくさんあったし、きみが幽霊だからこそ、ぼく達あんなにたくさんいられたとも言えるし。

 ありがとね、たくさん一緒にいてくれて。

 それに、コウくんはコウくんだから。生きてても幽霊でも、きみはきみだよね。

 でもほら、ぼくわがままで欲張りだからさ、「いつでもきみにとっての大事な友達でありたい」って、そう思うことは許して欲しいな。

 ダメかな?流石にわがまますぎるか。


 …コウくん、あのね、もう、きみの声も聞こえないし、きみの笑顔も見えないままだけど、それでも大丈夫なんだって、ぼくやっと思えてきたよ。

 ぼく、ちゃんと前、向くよ。ちゃんと、笑って進んでいくからね。

 別にきみを忘れたりとか、そんなんじゃないからね。そんなこと、絶対しないから。

 さっきも言ったけど、これからもきみのこと思い出すし、ぼくたちは、どこまでもどこまでも一緒だよ。

 きみを置いていくなんて、しないからね。

 あ、あとね、新しく描きたい絵ができたんだ。

 今度はコウくんが見た世界を描くとかどうかなーって思うんだよね。まだ描けてないのもたくさんあるし、あれみんな素敵だし。ちゃんとまた描きたくてさ。

 きみが教えてくれたもの、全部好きなんだ、ぼく。

 

 ぼくさ、きみが見えなくなっても、ぼくのそばからいなくなっても、完全には消えないし、いなくならないって、本当今さら気づいたよ。ここに、ぼくの中に遺り続けるって、ちゃんとわかったんだ。

 思い出して心が痛むことも、悲しくなるのも…そういうのも含めて、全部がきみとのことだけど、でもそれだけじゃないよね。やっと、わかった。

 きみとのことを証明するために、今までずっと意地になったりして描いたりしてたのに、ぼくが一番受け入れられなくて、わかってなかったのも、変な話だよね。

 まだまだ色々、できてないし、へたくそだね、ぼく。


 たださ、きみがそばにいなくても大丈夫なように、次こそきみが安心できるように、ゆっくりになるかもだけど、ちゃんと立派な大人になるからさ。

 ぼく、要領悪くて、おっちょこちょいで、時間がかかると思うけど、それでもね。

 今度こそ、約束するよ。ぼくの大事で、大好きな、友達であるきみにね。


 だからね、コウくん、今まで本当に、ありがとう。


 それと、見せてもらった写真の日付で知ったんだけど、ぼくがきみに「コウくん」を見せた日が、きみの誕生日だったんだね。そんな偶然あるんだなぁ。


 過ぎちゃったけど、やっと言えるね。

 コウくん、お誕生日おめでとう。生まれてきてくれて、ありがとう。

 きみと出会えて、本当に幸せだったよ。


 そして、さようなら。




 これからも、よろしくね。

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