短編集

千颯

孔雀の羽

 これは、遠い遠い国の話。

 そこには傾国の美女と噂されるほどに美しい姫がいる。身分に拘らず、街に出ればどの国民にも分け隔てなく接すると、国民からはとても慕われていた。

彼女には毎日求婚を申し込む男たちが後を絶たない。だが男たちは皆、王家の持つ財産が目当てのようで、姫の好みなど一切考慮していない、自身の力を見せるつけるためだけの贈り物を毎日持参してくるので、姫はあの手この手を使って求婚を断り続けていた。

 ある日の夜、姫は夢を見た。

暗闇の中を一歩一歩進んでゆく度に、足元に火が灯る。不思議と、恐怖は感じなかった。

どれほど歩いたのだろうかと歩みを止めた時、彼女の足元に灯っていた火はひとりでに進み、円陣を描いた。そしてその中央に突如として現れたのは、眩しいほど黄金に輝く大きな孔雀。


「汝は何故我を求めた」


 問いの真意がわからず、彼女はその場に呆然と立ち尽くす。しばらく互いに視線を交えたままでいると、孔雀の方が再び口を開いた。何故我を求めるのか、と。

 彼女は戸惑いながらも心を決めたように、ひとつずつ言葉を紡ぐ。自身の境遇、置かれている立場や毎日押し寄せてくる求婚者に辟易していること。気が付けば洗いざらい話していた。孔雀は黙って話を聞いていた。最後にふむと頷いた後、自分の嘴で器用に羽を一枚抜き取って、そのまま空高く投げた。黄金の羽はひらりと翻り、何処へと飛んでいった。


「我の羽を持ちし者、それがそなたに光をもたらすであろう」


 そう言い残すと、孔雀は羽を広げて天を裂くようなひと鳴きをすると、静かに闇へとその姿を溶かした。



 ―あの夢は一体何だったのだろう。


 夢というにはあまりにも現実味を帯びていて、けれども現実というには黄金の孔雀などあまりにも現実離れしていた。だが、もし万が一あれが神のお告げか何かだとするならば、言葉通りこの閉塞感に満ちた生活に光がもたらされるのだろう。砂粒ひとつほどの小さな希望を、彼女は信じてみることにした。

 それからほどなくして、謁見の間に一人の貧しい少年が現れた。

彼は決して求婚をしに来たわけではなく、ただ姫に渡したいものがあるのだという。もちろん彼とは面識がない。不思議に思いながらも少年の前に出ると、徐に彼は腰に下げた麻袋から擦り切れた布に丁寧に包まれた羽を差し出してきた。


「夢でお告げを受けたのです。この羽を、姫に渡すようにと」


 そのまま少年は言葉を続ける。


「夢か幻かわからず、何日も途方に暮れておりました。されど、貧しい身分の私めがこ

のような黄金を持つなど分不相応ゆえ、こうしてお渡しに参った次第です」


 姫は大きく頷いて、少年にお礼を言った。


「ありがとう。間違いなく、それは私が探せとお告げを受けたものです」


 大切に受け取り、少年の手ごと両手で包み込む。

その様子を少し離れた場所で見ていた侍女が突然大きな声で叫んだ。下賤の物が姫に怪しいものを渡している、と。その騒ぎを聞きつけた近衛兵たちが瞬く間に駆けつけ、少年を取り囲んで捕らえた。特に理由を調べることもないまま、ただ危険だというだけで姫もすぐに引き離された。


「何をするのですか!彼はただ……」

「姫のお命を狙っているかもしれないのですよ!」


 殺ってしまいなさい。この言葉を姫のものと聞き間違えた近衛兵の一人が、手にしていた槍で少年の背後からひと突き。運悪く切っ先は心の臓を貫いてしまい、彼は声も上げられず、その場にばさりと崩れ落ちた。


 ―いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ


 惨状を目の当たりにした姫の、つんざくような絶叫が謁見の間に響き渡った。



「姫さま……姫さま……!もう一週間も飲まず食わずでは……」


 あの一件以来、姫は自分の部屋から一歩たりとも出ることはなかった。正確には、部屋を出るどころかベッドから起き上がることも、声を出すことすら出来ないでいた。それほどまでに、彼女の心は壊れてしまったのだ。


 ―私が願いさえしなければ、あの少年は……


 彼は何一つ悪くない。褒められこそすれ、あの場で死ぬことなどあってはならないはずなのに。

姫はずっと自分を責め続けていた。そして少年にもまた、届かないことは痛いほどわかっていたが、言葉の限りを尽くして詫びていた。



 ほどなくして、姫もまたこの世を去った。

事の顛末は公表されなかったので、何も知らない国民は彼女を想って嘆き悲しみ、そのほとんどが喪に服した。姫の遺体が荼毘に付されるその瞬間、王国の空を一羽の孔雀が舞ったという。


 ―黄金に輝くそれは、今一体何を思うのか。




                                     完

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