間の季節

うたちゃん

陽射し

僕の居場所。それは、僕がずっと座り続けている場所だからそうなったんじゃないかな。教室の椅子と違って、僕の居場所には特別なやわらかさがある。

今日もそこに腰掛けて、すっと手を伸ばす。それから、動かしてみる。指を少しだけ。"それ"に向いている手、なのかな。少なくとも僕はそう思わない。思わないけど、ここは僕の居場所だから。指は滑って───少し沈む。そこにある感触。白と黒と、重みと音。あぁ、いつもの僕だ。

放課後の音楽室。ここは僕の居場所だった。誰にでもひとつぐらいある気の落ち着く場所。物心ついた時から触れていたピアノは僕を受け入れてくれる。きっと、この指が動くかぎりは。

「あっついな…今日…」僕はつい口に出してしまった。僕は演奏を止め、整然と並んだ机の向こう側、カーテンで遮ることができない夏の陽射しを眺める。眺めたからといって何が変わるわけでもないのだけど。言うまでもなく、暑い。ただそれだけ。

朝からずっと汗ばんだシャツ。カフスまでじっとりとしている。下に着たインナーの効果なんてあるのだろうか? 生徒一人しかいない空間でエアコンを付けてくれるほど僕の学び舎は手厚くないという現実を突きつけられてしまった格好だ。そろそろ今日のところは、という気分になる。

「音楽室、せめて一階にあればな…」

壁に掛けられた時計は16時を回っている。下校する生徒の姿もちらほらに、聞こえてくるのは運動部の掛け声や蝉の鳴き声ぐらいだった。夏の陽射しは角度を変え、色を変え。夜の準備を始めている。せめて気温だけにでも手心ってものはないんだろうか、夏ってヤツは。

もう少しここに居ようか、それとも家に帰ろうか。家に帰ったところで、僕にやることなんて何もない。僕は学校という空間が好きなんだ。ここにいれば、僕は少なくとも属していられる。それに僕は安心する。安心できる、はずだった。


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