第一章(5)

 本屋を出た後、1人になった俺はいつもの帰り道を歩いていた。

 さすがに今日は立ち読みだけで買わされることはなかったのが、不幸中の幸いといったところ。


 ハルヒは異世界ファンタジーの構想に頭がいっぱいで、いいアイデアを思いついたと言うと、先に走って行ってしまった。やれやれ、あいつの情熱には脱帽するけど、たまには節度ってものを知ってほしいものだ。


 さて。何かがおかしいことに気づいたのは、なんの変哲もないワンルームマンションの前にさしかかった頃だった。


 空中に、真っ黒い穴が開いていた。


 いや、正確には、空間の一角が黒い穴に飲み込まれているように見えたんだ。まるで宇宙に浮かぶブラックホールが、地上に迷いこんできたかのよう。


 これまで色々と危険な目に遭ってるってのに、人間のアタマっていうのは本当どうなってるんだろうな?


 錯覚じゃないのか、だったら何なのか気になって、その黒い穴に近づいてみることにした。自分の好奇心を制御できないんだから、困ったものだ。


 しかし、俺がその穴の中を見ることは叶わなかった。


 その穴を覗き込もうとした瞬間、俺は何者かに突き飛ばされ、地面に転がってしまったからだ。


「危ない。近づかないで」


 声の主は、今日一日部室に来なかった長門有希だった。


「何が起こってるんだ?」と尋ねようとしたその刹那、黒い穴から、巨大な緑色の生物がゆっくりと首を伸ばしてきた。


 その緑色の生物は、頭だけで長門1人分以上の大きさがある。目算を無視することができるならば、固そうな鱗は明らかに爬虫類の類いだ。

 首の長いイグアナ……あるいはカメレオンか? 

 まあ解りやすい方で、イグアナにしておこう。他にもそいつの特徴からすぐさま連想できる生命体(?)はいたが、あまり考えたくない。


 長門は一歩前に進み出ると、右手をかざした。なんとなく手の平が光っているように見えたが、それはただの光ではなかった。

 彼女の手を中心に、空間に対して何か不可解な揺らぎを生み出している。


 その揺らぎはイグアナを包みこみ、ゆっくりと黒い穴へと押し込んでいった。その力は凄まじく、巨大イグアナは抵抗することもできずに、黒い穴の中へと消えていった。そして、長門の最後の動作と共に、穴は完全に閉じられた。


 全てが終わった後で、まったく、俺はただ呆然と見つめることしかできなかった。長門は冷静に説明を始めた。


「情報統合思念体はこれを本来、地球上には生息していない生物と断定した。ただし、その特徴に最も酷似している想像上の生物がいる。それは…」


 息を呑んで答えを待った。そして、予想通りの答えが返ってきた。


「ドラゴン」


 ひねりがなさすぎて、きっと笑うところなんだろうな。


 あの閉鎖空間にいる、神人とかいう巨人ほどではないけどよ。未知の生命体関連じゃ、ま、巨大カマドウマに次ぐ驚きだったね。

 いや、それ以上かもしれん。


 長門には、「帰っていい」と言われた。こっちに背中を向けたあいつを止めたが、二回重ねで同じことを言われちゃ、従わざるを得ないだろう。


 家に帰りながら、この日の出来事をどう受け止めたらいいのか、正直よく解らなかった。ただ一つ確かなことは、こんな非常識きわまりない事件が起こると、なぜかいつも涼宮ハルヒが関わってるってことだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る