スライムが現れた!──逃げられてしまった……

らなの

スライムって毎日1000万匹は殺されてると思う

 きゅぽん きゅぽん



 触れればどこまでも沈んでいきそうなフォルム、水の色にとても弱そうな見た目、スライムだ。

「足音を立てず、呼吸音も立てずに……」


 1歩足を踏み出した瞬間──

 逃げる逃げる、ガサゴソガサゴソと音を立て周りの他の捕食者になど目もくれず逃げる、なにか畏怖すべき、いや畏怖しなくてはならない存在の命令に従わされているかのように逃げる。



「……今日もダメか」


 ──逃げられてしまった……



「アラーン! 今日も頑張ってるね!」


 青髪に青眼、大きな声で僕に呼びかけながらやってくる少女に後ろから抱きつかれそうになりながら、いつも通り言葉を返す。


「ありがとうミサ、今日も飲み物を貰ってきてくれたのかな?」


 見てくれだけは立派な剣の構えを見せ、かいてもいない汗を手で拭い、少しだけ見栄を張る。


「ううん! 今日は私の手作りドリンクだよ!」


「え」


 ──全身に悪寒が走る、先程までは一滴たりともかいていなかった汗も、冷や汗として服を濡らしにかかる。


 いやなにかの冗談だ、そうに決まってる!


「ミサ、今日は誰から飲み物貰ってきてくれたの?」


「だーかーら私が作ってきたって言ったじゃん!」


「はは……そっか……」



 ミサの手作りドリンクはまずい! これを飲むか20回連続でバンジージャンプをするかの選択肢を出されたら問答無用、バンジージャンプを選ぶ。それほどヤバい……


 早く逃げなきゃ!


「させないよ!」


「くっ……」


 あのドリンクを飲ませようとしてくる悪魔から走って逃げようとしたが道を阻まれた。

 後ろに振り返り反対方向に逃げようとしたがその瞬間、もう一人の悪魔が僕の肩に手を置いた。


「やあアランくん、ミサの手作りドリンクをどうして飲んであげないんだい?」


 目、口、声、全てが笑っているはずなのに笑っていない、怖すぎる。もう一人の悪魔改め、ミサのお父さんだ。


「そろそろ、狩りの準備に行かないとなあ……」


「じゃあこれから大変だと思うからいっぱい飲みなよ! もう1杯おかわりもあるからね!」


「アランくん良かったね、ふふ」


 悪魔の笑みだ……


 その後バンジージャンプ20回連続の選択肢を出してくれなかったミサの父親を恨んだのは言うまでもないだろう。うっ……


  *  *  *



 今日は僕達初めての狩りの日だ。この村の風習として15歳になる年に1人で狩りを行う、「初狩りの儀」と呼ばれている行事がある。


 「初狩りの儀」の為、13歳の頃からモンスターに慣れるため、狩りのイメージトレーニングのために、ベテラン狩人の狩りに同行し、14歳の頃にはモンスターから逃げるための講義、そして実践を行い、言わば狩りの教育を受けた上でこの「初狩りの儀」に望むことになっている。



 しかし僕がベテラン狩人について行った時、モンスターは僕と目が合った瞬間──

 一目散に逃げていった。相手はゴブリンだった。

 たまにはこんなこともあるだろう、と村の人たちもそう言っていたし狩人の人が何かミスしてしまったのだろうと考えていた。


 しかし1週間後、1ヶ月後、半年後、さらに1年後も、1度も狩人がモンスターを狩るところを僕の目に焼きつけることはなかった。

 何回も何回も、何回も何回も何回も試した。様々な方法を試した。


 それでもやはり、狩りを見ることは叶わなかった。



 回数を重ねれば真実というものは勝手に見えていくものだ。ミサやもう1人の親友、カイが同行した時はモンスターに逃げられるなんてことは起こらなかった、僕が原因なのではと訝しむ人も増えてきた、そうなれば流石に僕も僕自身が原因であるということを確信しなければならないだろう。



「おいアラン、モンスターに逃げられるのってやっぱりお前が原因かな」


 カイは僕とミサと幼なじみで、俗に言う仲良し3人組みたいな関係だ。 


「ああ、カイ……多分、いやほぼ確実に僕が原因だと思う」


 正直この質問がカイから飛び出た時何人かは体をピクって震わせていたよ、カイのお母さんとかは分かりやすかったね。ちょっと気の毒だったよ。


 村の人達は僕を責めなかった。寧ろそんなことが出来るなんてすごい、と言ってくれた、励ましてくれた。こんな不利益にしかならないような体質を持った僕を許すどころか受け入れてくれた。

 ただ風習として「初狩りの儀」には一応出て欲しい、失敗してもいいからと言われた。


 もちろん即決で快諾した。ここまで優しくしてくれているのに断れば僕の良心が痛む。



 今回は僕とミサ、カイは先輩狩人の人と2人2組で挑む。

 カイは狩り、様々なモンスター狩り方について成績優秀で先輩狩人と2人とは言っているが見守られるだけ、ピンチになったら割って入られるだけ、要するにほぼ一人で行う事になったらしい。尊敬する。



「ミサ、なんか……ごめんね?」


「え? なんで?」


「だって僕の体質のせいで失敗しちゃうから」


「まだ失敗するって決まってないでしょ! 本気で狙ってやるんだから」


「はは、頑張れよアランさん? こっちはそこそこのモンスター緩く倒してくるからな。ああそうそう、お前らには人間か疑うほど凄すぎる長所があるんだからそこを上手く使えよ」


「「長所?」」

 2人の声が重なった。


「そうだ、お前ら2人はすげえんだよ、例えばアラン、お前は眼が良い」

 ええ?そんなことないと思うけどな──


「今、そんなことないと思っただろ。そんなことあるんだよ……普通の人間は、端から端まで移動するのに走って15秒はかかる橋の反対側の人間の表情とか飲み物の色とか分からない、わかるわけが無いんだよ」


「そうだよアラン! いつも手作りドリンクアランのために作ってきてるのにいつもカイに飲ませることになっちゃってるんだからね!」


 ……それはしょうがないでしょ。


「アラン、お前は絶対許さないからな……ミサお前は耳、聴力が良すぎるんだ、だいたい……だいたい…………うん、アランと同じぐらいすごいってことで!」


 絶対面倒くさいって思っただろこいつ。

「まあそんなことは置いといて! もう出発するぞ、準備はいいかミサ? 森に入るぞ」


「うん! 行くよアラン!」


「おいミサとアランちょっと待て、みんなであれやろうぜ」


「もしかしてちっちゃい頃よくやってたやつ?」

 ほんとに久しぶりだ、懐かしいな。

「ああ、行くぞ」



「「「エイエイオー!!」」」



 さあ、狩りの始まりだ。




 もう疲れた、もうかれこれ3時間歩いているのではなかろうか。最初の予定では1時間半ダメだったのなら帰ってこいと言われていたような気がするのだけどミサが……


「モンスター早く現れなさい! 待ってるんだから!」

 こんな調子で1時間半遅刻だよ。


「ミサ、もうそろそろ帰る、よ……」

 見つけた見つけてしまった、スライムだスライムだ、何か複雑な気分だな。


「アラン! どうしたの」

 声を潜める。

「静かに、あそこにスライムがいる」


「僕はここから動かないでおくから、1人で狩りに行ってきて」


「ダメだよ、一緒に倒さなきゃ意味が無いよアラン」

 気持ちは嬉しいけど……

「僕が近付けば逃げられちゃうよ」


「うーんそうだなあ……」


「いいから行ってきなよ」

「あっ! アラン弓矢持ってきてたよね!」


「え?うん、持ってきたけど、僕は使えないから……」


「2人で一緒に持って打てばいいんだよ! アランの眼でどこに打つか定めて、私の力で思いっきりバーンって打てば足の遅い奴なら倒せるんじゃない?」


 一理あるかもしれない、とはいえ

「でもミサが1人で倒しに行く方が確実なんじゃない? だからやっぱり」


「ごちゃごちゃうるさい! いいからやるよ!」


「分かったって」


 ミサが弓を構え、僕がその後ろから抱きつくような体制になる。捕まらないか怖いな。



「ミサ、あの一際大きい木の方角に弓を向けて、40個ぐらい実が付いてるやつ」


「実なんて見えないって……あの木でいいの?甘い匂いがする方?」


 匂いなんてわかんないや。


「そう、もう少し上、まだもう少し、そこで止めて」


「ここ?」

「いつでも打っていいよ」


 あっ、目が合ってしまった。まずい!


「ごめんミサ、あいつと目合っちゃった今すぐ打たないと逃げられちゃう!」


「分かったよアラン! ほら力入れて! せーの」


 パシュッと音がした、のかもしれない。さっきまでガサゴソと動いており、目が会った瞬間逃ようとしていたモンスターはもう動かなくなっている。

 倒せたのだろう。


「アランやったね! アランもモンスター倒せたよ!」


 言われて初めて気がついた、今まで何回も何回も逃げられ続けていたモンスターを狩ることが出来た。ミサと一緒に、なんだろうこの感情


「泣いてるのアラン?」

「え?」

「涙流れてるよ」


 また言われて初めて気がついた、思っている以上に嬉しいらしい。まだ心が追いついていないのかもしれない。空を見た、出発する頃には真上にあった太陽も今は沈みかけて……まずい


「ミサ、もう時間が、え?」




 その時見てはいけないもの、信じたくない、信じられないものが僕の眼に映っていた。


 あまりに大きな火柱、さらにどこからともなく聞こえてくる悲鳴、なのだろうか想像したくない考えたくないそれでも頭の片隅で理解している、あの方角は村の。



 昔から本当は理解していた筈だったんだ。


 俺達の村の東側には魔族達の拠点兼食料庫の砦があった事を、南にずっと行けば魔族たちの本拠地、魔族の王、魔王が住む城があったことを、もし人類を攻めるなら俺達の村が最初に攻め込むべき位置にあった事を。


 あの平和な雰囲気に惑わされてしまった、それがいいことが悪い事か、それは分からないが。



 早く行かなくちゃ。


「はあ……はあ……みんな」

 走り出す、速く速く行かなきゃ。


「アラン! どうしたの、何か変だよアラン焦ってるの? どうし、え、どうして?」


 ミサ……忘れていた、おかげで少し、少し落ち着けるかもしれない。


 再びミサを見ると、なにかに気づいたような今にも泣きそうな瞳をしている。蒼く潤った瞳を……


「ねえアラン、さっきまでは気づかなかったけど、あっちの方から金属のぶつかり合う音みたいな音がするの、まるで剣と」

「……そうか、もう言うな、分かったありがとう、ごめんな」


 ミサの指の指す方は、村の方だ。

 いくら俺の目がいいからと言ってミサはあれだけ大きな火柱なら見えているはずだが……そこに触れるときではあるまい、俺にそんな余裕が無いというのもあるが……


 金属のぶつかり合う音というのはやはり、想像通りなのだろうか。


「ぅぅ……え、鳴り、止んだ?」


 ……ここで止まっていても、なにも変わらないか。

「ミサ、行くよ」


「どうして? どこに? ねえどうして? どうせもう」


「まだそうだとは、決まったわけじゃない、あとお前だけはそんな事を言っちゃいけない、もう居ないかもだなんて思うな、お前はみんなを信じてろ」

 もしそうだったとしてもせめて、俺達の手で弔ってやらねば行けないだろう。



 村に着いたが、血と肉の焦げ付くような匂いがする。

「お前はここで待ってろ、俺だけで行ってくる」


「嫌だ」


「嫌だじゃない」


「アランもいなくなるの?」


 ハッとさせられてしまう。ここで俺もいなくなればミサはひとりだ、もうふたりしかいない事に気づいてしまう。



「分かった、一緒に行くぞ」


 村に足を踏み入れる、モンスターが目に付く目に付く、瞬間逃げる逃げる。

 モンスターだけではなかった、魔族もいる。

 やはり魔族も目が合う瞬間逃げていく、一目散に。


 くすっ ふっ


 耳に届いた瞬間、俺の足は信じられない速さで動いた、俺の腕はとんでもない速さで振り下ろされた。この村を笑った魔族の首を落とす。


 この魔族はカイを踏みつけにした。赦されるわけが無い。



 振り向けばミサも首を。


 「お父さん……ぅぅ」


 笑われた瞬間俺は、俺たちは覚悟を決めていた。




 魔族を倒す勇者になると。

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