313
手紙を出す前は自信満々だったのだが、いざ出してみると本当に大丈夫かどうか心配になってくる。
俺は顔が割れている可能性も考慮して、あちらの陣営に顔を出すことができない。状況が見えない中で、手紙が届いたかどうか確信が取れずに少しだけ不安になる。
結果だけ見ると、ちゃんと届いていたようだ。はは、計算通り。
久々に、彼女と顔を合わせる。
「お久しぶりですね、ブバルディアの君」
「……よう」
彼女は、こちらの気配を感じて先に声をかけてきた。これだけ薄暗い中で、こちらの存在に気づくとは、やはり侮れない。
「今夜は、良い月ですね」
「ん? ああ、そうだな」
言われて、初めて空を見上げる。空は満点の星空。空の美しさは、今世でも変わらない。
「知っていますか、この場所がどう呼ばれているかを?」
「知っているが……意外だな、あんたはそういうことには、あまり興味がないと思っていた」
「あら、私だって一人の女の子ですから、そういった話だって人並みにしますよ」
話題が、ドンドンと変わるところは女性らしい。よくよく考えると、彼女との接点はそんなにない。それこそ1~2回会った程度だ。それなのに俺の呼び出しに応じてくれてよかった。
「それで、今回はどういった用件でしょうか」
「ああ……」
俺は、ローブから右手を出す。きっと聡い彼女なら、これだけでわかってくれるだろう。
「俺は今、魔物側として人間と戦っている」
「……なるほど」
今までも、そしてこれからも。あのゴブリンが、村や街を襲うといった行為も俺がしていると知って、彼女はどういう反応を見せるのだろうか。
「実は知っておりました。魔物側には、やけに頭の切れる智者がいると思っていたんです」
知っていたのか。それでこれだけ落ち着ているのは肝が据わっている。彼女の胆力に驚く。
「参りましたよ。最近、あなたが頭を回すせいで、こちらは寝不足になっております」
「そうか、それは悪いな」
良かった。誘導して学術都市を襲ったりしたことは、彼女たちにとって負担となっていたことを知れて、間違っていなかったとホッとする。
「しかし参りましたね。ドラゴンの魔王に、ゴブリンの集団、そして貴方の知恵まで加わると、いよいよこの前線は激戦となりますね」
「ああ、そうだ。だから今日はそれを伝えにきた。俺たちはこれから一週間後、全兵力を持って人間側に総攻撃を仕掛ける。だからそちらも全兵力を持ってあたってくれ」
出来れば、人類最強の女も連れてきてくれると話が早い。
「随分とお優しいのですね。では、住民を逃がす時間を頂けると思っていいのでしょうか」
「……好きにするといい」
と言ったものの、できれば邪魔な人間は逃がしておいてくれるとありがたい。うちには頭が弱いゴブリンも多いので、人間とみるや襲い掛かってしまう可能性もある。そういった戦力の分散は、今回の戦いでは不必要だ。
「私たちは魔王さえ倒せればいいのですが、だめでしょうか」
「……無理だな」
「そうですよね」
あいつは、今回の戦場に出てこないからな。
引きこもりのあいつを外に出すには、やはりお家が被害にあわないといけない。今回は、城から離れた土地なため、あいつは出張ってこない。
(そういえば、嫁さん探しも俺に任せてたな)
あの時は分からなかったが、あいつはプロの引きこもりだ。
「情報感謝いたします。今宵あなたに出会えて幸運でした」
「ああ……」
「次に会うときは戦場です。その時は容赦しません」
そうして、俺たちは別れた。正直、この場で取り押さえられる可能性もあったのだが、昔の誼で見逃して貰えたようだ。
さて、これで下準備は終わった。
後は、戦場で彼女を倒すだけだ。
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