02

 目を閉じて改めて記憶を掘り起こしていく。この村の名前はミルテンベルク村という。そんなミルテンベルク村は農村と酪農で自給自足しながら運営している村だ。それぞれの家で畑を持っていたり、家畜を飼っていたりする。

 父の名前はドミニクで、母の名前はアンネ。俺はシューベルトという名前だ。


(シューベルト……)


 自分の名前なのに、自分の名前じゃない感じがする。この体がまだ幼く、自我があまり成長していないからか、シューベルトだったころの意識が薄い。というよりシューベルトの自我が前世の記憶の影響を受けて成熟した、という感じだ。

 考え方が大人なのに若さ故の行動力がある。自分の体なのに自分の体じゃない感覚で、あまりこのあたりの事は深く考えないほうがいいと結論した。


 自分の中でいくつか指針が決まり、ようやく気持ちが落ち着いてくる。自分が何者かなんて考えると、精神が崩壊してしまいそうだった。


(しかしシューベルトの記憶は、あまりにも知識が少ない……)


 子供特有の世界がとても広く見える現象のせいか、両親や妹、畑と家畜。その程度の記憶しか残っておらず、今の自分の立場が全然わからない。

 本当は外に出て確かめたい気もするが、シューベルトだった頃、何か怖いことがあったという記憶が、外に出ることを少し拒んでいる。


 しばらくすると、ようやく日が出てきて、小屋の中が少しずつ明るくなる。ボーっと天井を見つめていると父が起き出し、こちらに気づく。


「眠れなかったのかい?」


「うん」


 苦笑いをする父。


「朝ごはんを作ってくるから、それまで少しでも体を休めてるといいよ」


「うん」


 そういって父は小屋の中にある扉の一つへ向かう。小屋の中を見渡すと、小屋には扉が二つあり、一つは外へ直通の扉で、もう一つは家の中に入れる扉だ。それを見て思い出したが、俺は母親に大分嫌われているようだった。なぜ嫌われているのかは、この体の記憶にはない。だけどなぜか嫌われているので、このことは後で父親に尋ねてみようと思う。

 父と会話して思ったが、受け答えも難しい。いきなり5歳児が流暢に喋り出しても気持ち悪いだろう。とりあえず反応は簡潔に淡々と行う方針でいく。


 しばらくするとリビングでも物音がし出す。母が起きてきて、父が作った料理を食べ始める音が聞こえる。


 腹減った……


 そう思っていると、リビング側のドアから父が料理を運んでくれたので、俺たちも食べ始める。


(まずっ……)


 麦と牛の乳で作った、前世でいうオートミールのような食べ物だ。加工なんてされておらず、味も正直食えたものではなかった。ぐええと言いながらなんとか完食する。衣食住のうち、食も住も劣悪な環境に少し辟易とする。

 なんとか食事を終え、信託とかいうイベントのために着替えを済ませ、外に出る。既に母が待っており、こちらを睨みつける。


「チッ」


(は?)


 息子の顔を見ていきなり舌打ちするなんて、なんだこいつ。恐怖よりも苛立ちが先に出る。そもそもこいつはなんで偉そうなんだ。

 先を歩き出す母に、父が続く。ため息を付きたくなる気持ちを抑え、俺も歩き出す。


 着いた先は教会だった。


(おお、すげぇ)


 教会の見た目は立派で、向かっている時に見えた家と比べかなり豪華だ。中に入るとステンドガラスもあり、日差しがいい感じに降り注いでいる。神秘的な空間で、前世で協会なんて行ったことないが、前世と顕色ないくらい豪華だった。


「シューベルト、中央に並んでいる子の後ろに並ぶんだ」


「うん」


 中央には俺以外にも3人の子供がいた。前から男、女、女という順番だ。どの子も5歳程度の幼い子供だった。子供たちが全員が、一番最後に来た俺を見ている。

 注目が集まると、前世の記憶がある俺はつい気取ってしまう。ポケットに手を突っ込み、フッと言いながら悠々と後ろに並ぶ。一番最後に来たのに『お前らの視線など気にならない』そんな雰囲気を出して。


 そんな俺に子供たちの視線は冷たい。どうも体と心が一致しないことが多く、やってから少し恥ずかしくなってきたので、ポケットから手を抜きヘコヘコと後ろに並ぶ。俺が並び終わると中央の祭壇に神父が立つ。そちらに目を向けると儀式が始まった。


「今年、無事に5歳となる子供たちよ。今日、水の女神より祝福を与えられる。祝福を与えられし子供たちよ、与えられた祝福に準じ、慎ましく生きよ。さすれば君たちにも、神の祝福が与えられるだろう」


 何か聖書のようなものを持ちながら説教をたれるハゲの神父。つまり無事5歳まで生きれたことを祝い、今後も仕事に励むように。そういった説教で、真面目にしてれば神の祝福とやらが貰えるよ。といった内容だった。


(くだらん……)


 前世では無信教だった。人並みに墓参りもするし、人並みにクリスマスを祝って過ごしてきた。その中で、祝福なんて無形手形を建前にする宗教家も多くいた。そんな前世の記憶が、この儀式をみて馬鹿らしいと感じてしまった。額に手を当てヤレヤレといったポーズをする。後ろに座っている母から殺気が飛んできた気がしたので、すぐに気を付けをする。

 ハゲの神父の説教が終わり、いよいよ祝福が与えられるそうだ。神父が謎の祭具を持ち出してきた。中央には球体の青い球があり、上部には鋭いナイフのようなものがついている。


(うーん、地球儀?)


 形は地球儀に良く似ている。あの祭具の知識は前世でも今世でも無い。一番前の男の子がそちらに向かい、上部にあるナイフで指を切る。うわ、痛そう! 前世では血とは無縁……死ぬとき以外は無縁の生活を送っていたのでゾクッとする。切れた指から血が垂れ、その血が中央の球に垂れる。その瞬間球をわずかに光出し、そして光が消えた。


(な、なんだ?)


「ふむ、君は『2』だね」


「はい……」


 ガックリと肩を落とす少年。なんだ2って、なんの数字だ。戦闘力か?

 次に並んでいた女の子が向かう、同じような動作をして血を垂らす。


「君は『6』だね」


 ガックリと同じように肩を落とす少女。2でも6でもダメなのか? でももし戦闘力だったら彼女は彼より強いことになる。ガッシリとした体格をみる。うん、彼女のほうが強そうだ。

 俺の前の少女も同じように血を垂らす。


「おお! 君は『8』だね!」


「ふふ、当然ねっ」


なんだこいつ


 髪をかき上げコチラにフフンと勝ち誇った表情をしてくる少女。こういう勝気な女性は苦手だ。

 そしていよいよ俺の番だ、2と6がダメで8が良い。規則性が全然分からないが順番が来たので仕方ない。

 少しだけドキドキしながら同じように血を垂らす。


「おお、君は『5』だ!」


 おお? この反応5は良さそうだ。少しだけホッとして、帰ったら父に聞こうと考えた。

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