「ライフ・オペレーション・ルーム」へようこそ!

水梨みなと

「ライフ・オペレーション・ルーム」へようこそ!

 人生を”良く”生きるために我が国民に全員に無償で提供されているサービス。それが「ライフ・オペレーション・サービス」だ。

「――ただいま、内科医への予約をお取りしました。本日十三時のご予約です。そのお時間までのスケジュールについてもご提案させていただきます。モニターをご覧ください」

「――こちら、『ライフ・オペレーション・ルーム』でございます。トミオ様、いかがなさいましたか?」

 人生の岐路を決めるときの相談にも、今日の夕食のメニューの相談にも乗る。目的地への道のりを示し、分刻みのスケジュール管理も行う。どんなお困りごとにも的確に、その人に合った答えを提供するサービス。

「――トメさまー! 聞こえておりますかー! そちらは工事中……ああもう! ただいま介護ロボットの手配とご家族へのご連絡をしておりますので、その場から動かずに……お聞きください!」

「――そのようなご要望であれば、こちら、『劇場版、超戦隊! トオインジャー!』がお勧めでございます。子供向けには興味がない? いえいえ、子供向けと侮ることなかれ。とても良い作品でございます」

「――ですから何度も申し上げた通り、そちらではなく。……っち、ダメだな。こいつ。“処分”した方がいい……」

 最新の機材に囲まれたたくさんの個室には、頭から目を覆うようなヘッドセットをした人々が、通信越しの相手に向かって提案をしている。時折、何かしら問題が発生しているらしいことがうかがえる声も、ここでは日常風景だ。

 ここは、「ライフ・オペレーション・ルーム」。人々の生活を助けるたくさんのオペレーターたちが仕事をしている場所。

 誇りある、僕の仕事場。

「おーい、UR3169-0175。ここ空いてるぞー」

 小脇に白いヘッドセットを抱えながら、空いている部屋はないかと歩いていると、声をかけられた。黒いヘッドセットを抱えた青年が、僕を見つけて手を振ってくれた。ラッキー、と口の中で言葉を転がす。あのたくさんの個室の中から未使用の部屋を探すのは、一苦労なのだ。

「ありがとう、GH5067-1567。そっちもこれから勤務?」

「いんや。俺、シフト組だからな。今日はこれで上がり」

「お疲れ様。ってことは、ここは君の使ってたところ?」

「そうそう。まあなんにせよ、気にせずお使いください、契約者マスター持ち様」

 同僚のからかうような声を、僕は笑って受け流す。ありがとう、ともう一度礼を述べてから、個室の中に入る。

 入口すぐ近くのスイッチを入れて、個室内にエネルギーを通す。途端、部屋の中は明るくなり、機器たちも起動する。指差し確認を行ってから、個室の真ん中の椅子に座り、ヘッドセットを被る。

 目の前に起動完了、の文字が浮かぶ。次いで、ある部屋の様子が目の前に表示される。それを確認するのと並行して、事前に作成した今日のシミュレーションを最終チェック。予想率は九十四パーセント。問題なし。

 部屋の中には、ベッドにくるまり寝ている子供が一人。まだ寝ているんだな、と小さく微笑みながら、通信をオンにする。

 一つ深呼吸をしてから、声を発する。

「おはようございます、ユウキ様。本日は春の中月二十一の日。ただいまの時間は朝七時。起床時間でございます」

『……おはよ、ツムギ。今日も起こしてくれてありがとう』

 僕の声に反応して、部屋の中の子供がもぞもぞと起き上がる。昔よりましになったとはいえ、まだ朝は苦手らしい。そう思いながらも、指はよどみなく動き、画面向こうのキッチンを操作する。

「リビングに朝食をご用意しております。顔を洗ってお着替えをした時には食べごろです」

『うん、わかった。今日の天気は?」

 言われ、僕は指を動かす。ユウキ様が住む地域の天気予報を呼び出し、確認。

「朝は晴れですが、昼より雨が降る予報です。小雨ですが濡れて風邪を引かないように、傘をお持ちください」

『用意をお願いできる?』

 言われるまでもない。ユウキ様の部屋のシステムを操作し、玄関に傘を置く。

「玄関に傘をお出ししました。持っていくのをお忘れないように」

『うん。ありがとう』

 ツムギ、と彼が名付けてくれた名前を、ユウキ様は何度も口にする。そのことがすごく嬉しい。僕の口は自然と緩み、どういたしまして、と返事をしていた。

 着替え終わった少年がリビングに行き、食卓につく。僕が想定した通り、彼の前には食べごろの朝食が並んでいる。彼は部屋についているカメラを見上げて、言う。

『今日もよろしくね、ツムギ』

「はい。『ライフ・オペレーション・ルーム』は、今日もあなたの人生をサポートさせていただきます」

 これが、僕の仕事。


 基本的に、オペレーターの仕事は持ち回りだ。四六時中、誰かが画面の向こう側に生きる誰をサポートしている。オペレートする側とされる側の組み合わせはその日のシフトによる。

 例外も存在している。それが僕のような、契約者マスター持ちのオペレーターだ。双方の合意によって交わされる、専属契約。契約者マスター持ちになれるのは名誉なことだ。契約者マスター持ちの証である白いヘッドセットは、出世街道への切符とも言われている。噂によると、今、上層部にいる人間は、元・契約者マスター持ちだったらしい。

「いいよな。お前みたいに順風満帆なやつは。しかもお前の契約者マスター、ポイントもいいんだろ。備品もいっぱい交換してもらいやがって」

 休憩時間がたまたま被った友達が、自動販売機で缶コーヒーを買いながら言う。彼の言葉に、僕は笑って頷く。

「うん。ユウキ様は実に優秀な方だよ」

 ポイントとは、買い物をする時に必要な通貨だ。画面の向こう側の世界では、学校での優秀な成績を取ったときや、仕事で良い業績を上げればたくさん手に入る。僕たちオペレーターの場合は、オペレートした相手が“良く”生きれたと認められた場合にポイントが獲得できる。僕に契約者マスターであるユウキ少年は、実に優秀な人物だった。お陰で、大した労もなくポイントが手に入る。ありがたいことだ。思いながら、ジュースを一つ買う。

「あーあ、俺も早く契約者マスター持ちになりたいなあ」

「君は真面目で誠実だから、そのうちいい人が見つかるさ」

 飲み物片手に二人で軽口を言っていると、下の階から声が聞こえた。

「『ライフ・オペレーション・ルーム』へようこそ!」

 それは、ここにいるオペレーターなら誰もが一度はかけられた言葉。歓迎の声だ。

「お。新人が来たのか。俺らもあんな時期があったんだよなあ」

 吹き抜けを見下ろして、騒がしい一団を見る。懐かしいね、と笑い合っていると、誰かが僕にぶつかった。

「あ、すみませ」

 謝ろうとして、相手の表情を目の当たりにして息を呑んだ。白いヘッドセットを握りしめた女性が、歯を食いしばって、静かに泣いていたのだ。悲しみか怒りかで、ヘッドセットを握る手が震えている。

 謝ることもなく、彼女は早足で去っていく。

「……あー。事故にでもあったのかな、あの人の契約者マスター

「……かもね」

 友達の言葉を受け、自然と自分と契約者マスターのことを彼女に重ねてしまう。せっかくこの上なく最高の環境に、最高の契約者マスターがいるんだ。僕はああならないように気をつけなきゃ、と考えて。


「……いま、なんと、おっしゃいました」

 まさに、次の日。呼び出された部屋で、僕は立ち尽くしていた。ありえない言葉が上司の口から飛び出したように思えたから。

 机の向こう側に座る上司はため息をひとつついた。それから、実につまらなそうな顔で言う。

「だからさあ。君の契約者マスターだけどね、”処分“が決まったよ」

 意味が、わからなかった。

 上司の机を両手で叩く。衝撃で、机の上にあった小さな機械たちが、跳ねる。

「お言葉ですがっ! 僕の契約者マスターは実に優秀な人物です! 成績も生活態度も優良以外取ったことがない! それが、なぜ! どんな落ち度があって!」

「知らないよ。”そうと決まった“としか言えない。ほら、マニュアル。契約者マスターの”処分“は普通とは違って特殊だからね。しっかりマニュアルを読み込むこと」

 上司が空中に指先を向けてスライドさせると、僕の腕時計型の端末に、ダウンロード完了の文字が浮かび上がっていた。

「はい、用事終わり。行った行った」

 虫を追い出すかのように手を払う仕草で、上司は退室を促してくる。さらに言い募ろうと息を吸い込んで。

「先達としての忠告だが」

 それまでの投げやりな態度から一転して、真剣な声音で上司は言う。

「一刻も早く動いた方がいい。後になるほど、手遅れになる」

 その声の重さに気圧され、僕の口は二の句を告げられなかった。自分の無力さに嫌気がさして、歯噛みする。

「失礼します!」

 負け台詞のように言い捨てて、僕は部屋を飛び出した。


 この国は決して豊かではない。富を万人に行き渡らせるために、時に人の間引き、すなわち“処分”が必要となる。普通であれば、学業不良者や業績不振者、あるいは素行が悪い人間が優先的に“処分”の対象となる。また、オペレーターたちによって積極的に“処分”するように報告された人間もまた、“処分”対象者となりやすい。

 だが、ユウキ様は違う。自信を持ってそう言える。“処分”の対象となる理由など、何一つないと言うのに。

 早足でセンター内を行きながら、ヘッドセットを被る。前の状況をモニターに表示させつつ、受け取ったマニュアルを脳にダウンロードする。上司は、契約者マスターの“処分”は特殊だと言っていた。“処分”の方法なんて、自殺に導くか、他殺させるか、事故死させるかの三択ぐらいしかないのに、一体何が特殊だと言うのか。

 気づく。立ち止まって確認する。見たことのない項目があった。端末を操作して、その項目を表示させる。

「国外、逃亡」

 それは、契約者マスターだけに許されている特権なのだという。“処分”が決定した人を生かす、唯一の手段だと、マニュアルには書かれていた。

 上司の言葉を思い出す。一刻も早く動いた方がいいと、確かにそう言っていた。まさか、これのことを言っていた?

「……考えてる場合じゃないな」

 画面左上に日数と時間が表示されている。六日と二十三時間二十分。刻一刻と減るその数字は、“処分”完了の目安。

 マニュアル曰く、この時間がゼロになると、対象者は強制的に“処分”されるらしい。初めて聞く言葉だ。だがおそらく、それはユウキ様の命を断つという意味合いなんだろう。

 そんなこと、させてたまるか。

 足を再び動かす。本格的には自室で戦略を練るつもりだが、正直移動時間すら惜しい。端末を操作して、シミュレーション起動。今から二十四時間について、ユウキ様の行動をシミュレートする。いつもは軽く実行するだけのそれを、今回ばかりは真面目に実施せねばならない。

 国外逃亡の達成条件は、国境門ゲートの外に出ることだという。理由なくば開かないあの門を開けて、ユウキ様一人を滑り込ませる必要がある。なんの用意もなければ、絶対に達成不可能な条件だろう。

 故に、事前に予想しうる障害は、今のうちになんらかの手段を用いて排除しなければならない。

 絶対に、ユウキ様を死なせない。

 決意を固くして、僕はシミュレートを開始する。

 たとえどんなペナルティが待ち受けようとも。


 経験ないシミュレーションは困難を極めた。失敗すれば罪なきユウキ様は事故で命を落としたり、警察の拘束等により強制”処分“日を迎えてしまう。これではダメだとまたやり直す。

 予想される障害は、オペレーターに働きかけて画面向こうの人間に排除して貰った。初めの半日ぐらいは、それだけでなんとか安全に国境門ゲートへ向かえる。

 難しいのは、半日後以降。居住地を大きく離れていくことを管理ロボットが不審に思い、ユウキ様に追手を向かわせてくるのだ。これには手を焼かされた。追いかけてくる人やドローンを欺くために、信号を操作して人の流れを恣意的に作ったり、事故を起こしてそちらに向かわせたりもして、なんとか切り抜ける。

 だが、それが限界。

「くそ、これ以上はまた区切ってシミュレートしないと……」

 悪態を溢す。何本目かのエナジードリンクを飲み干して、ゴミ箱に放り込んだ。

 ユウキ様の居住地から最も近い国境門ゲートまで、最低でも三日を要する。一方で、シミュレーションの精度は二十四時間以降は著しく低下する。一応、夜の間の安全は確保できそうだが、また日が昇ればどうなるか。

 なんにせよ、初日の方向性は決まった。あとはユウキ様をオペレートして、シミュレーションの通りに動いてもらうこと。

 そこまで考えて、大きくため息をついた。

 大丈夫だろうか、と不安が胸中に渦巻く。

 シミュレーションはあくまでシミュレーションだ。現実のオペレーションとは、どうしても誤差が出てしまう。そこは、僕がなんとかその場で何かしらを思いつき、即座に対応しなけっrばならない。

 それに、そもそも、ユウキ様にどう説明すればいい。”処分“のことは、画面向こうの人たちに伝えてはならないという規則がある。それを隠して、「数日間学校をお休みして、国外へを向かってください」と言えと。……不審すぎる。果たして、ユウキ様はこちらのオペレートを聞いてくれるだろうか?

「……ユウキ様……」

 信じて欲しい。僕は手を組んで、大事な契約者に対して、祈った。


『……それは、ぼくにとって重要なことなんだよね』

「はい。詳しくはお話できませんが、あなたのためを思ってのことです」

 話せないことは伏せながら、僕は努めて誠実に事情をユウキ様にお話した。これでもし信じてもらえなければ、ユウキ様は、なすすべなく“処分”される。

「お願いします、ユウキ様。僕のことを信じて、僕のオペレートに従ってください」

 お願いします、と重ねて希う。信じて欲しいと、懇願する。

『うん。ツムギの言うことだもん。信じるよ』

 ユウキ様がつけてくれた僕の名前には、確かな信頼が乗っていた。そのことに感無量になりながら、ありがとうございます、と感謝を述べた。

 僕は姿勢を正して、画面向こうに語りかける。

「それでは、ユウキ様。本日のオペレートを開始します。……何が起こったとしても、振り返ることなく、僕の言葉を信じて、前に、前に、進んでください」

 彼が持つ僕への信頼こそが、ユウキ様の命を助けることになるのだ。


 シミュレートしては情報収集や根回しをして再度シミュレート。それを重ねて問題ないルートを発見しては、実際にオペレート。オペレート中に問題が発生すれば問題解決に走り回り、一日の区切りまでオペレートをする。オペレートが終わればまたシミュレートをして、明日のオペレートの方向性を決めて——。

 頭が爆発しそうになるほど思考し、足が棒になりそうなほど行動した。画面向こうの大事な人を死なせたくないという想い一つを支えに頑張って、頑張って。

 ついに。

 ユウキ様は、ついに、国境門ゲートを潜り抜けて、外へと出た。

『……出れ、た』

「……はい。出れ、ましたね」

 出たのだ。

 僕は言葉を飲み込んで、ただ無言で腕を高々と突き上げた。やった。出た。出てたんだ! ユウキ様を助けられたんだ!

『で、ツムギ。これからどうすればいいの』

 その言葉に、我に返る。そうだよなあ、と苦笑して、画面向こうに語りかける。

「申し訳ありません、ユウキ様。これ以上はオペレートすることが出来ません。『ライフ・オペレーション・サービス』は、我が国内でのサービスですので」

『ああ、そっか。そうだよね。……で、ぼくはいつこの中に戻れるの?』

 それは、と口籠る。

『……分かってるよ。意地悪を言った。道中一回だけ教えてくれたね。戻れないって』

「……はい。その通りです」

 ざっざっざ、と外から足音が聞こえてきた。

「ですが、ユウキ様。僕は信じています。ユウキ様は、どこに行っても、立派に生きていくことができる、と。国内での身分を捨てさせた身が言うのも、皮肉な話かとは思いますが」

『ううん。気にしてないよ。……今までずっとありがとう。僕の専属オペレーター』

「ありがとうございます。僕の契約者マスター

 どんどん大きくなっていた足音が、ぴたりと止まる。僕がいる個室の前で。

『お元気で』

「ユウキ様こそ、お達者で」

 返事をしてすぐ、マイクを切った。

 ドンドンドン、と激しいノックが鳴り響く。入室を許可するよりも前に、勝手にロックが解除されて、扉が開く。

 遠慮なく個室に踏み込んで来たのは見たことのない年嵩の男だった。黒いコートを纏ったその男の腕には『監査』腕章がついている。

「UR3169-0175。お前は自らの契約者を、国外逃亡という方法で”処分“した。間違いないな」

「……間違いありません」

「国外逃亡を選択したオペレーターの処遇がどうなるか、分かっているな」

「はい。……覚悟の上です」

 それは、マニュアルにきっちり書かれていたことだ。僕は素直に頷く。腹ならもうとっくの昔に括ったのだ。あとは、堂々とするだけだ。

 そうか、と監査の男は言う。その瞳が何故か痛ましげに見えて、僕は思わず笑ってしまった。哀れに思われても、僕は選択を間違えなかったと胸を張って言える。

 たとえ、僕の処遇が”処分“だったとしても。

「……着いてきなさい」

 疲れたような声音でそう言って、監査の男は踵を返した。彼の思わぬ行動に、僕は目を瞬かせる。この場で”処分“されてもおかしくないと思っていたのに。

 その時。

「……君は本当に、嫌になるほど優秀だ」

 男は、呟いたように聞こえた。

 気のせいだったかもしれない。本当に微かな声だったのだ。今なんて言いましたか、と聞きたかったのだが、男は僕に構うことなく先に歩き出している。

 後で改めて聞こうかと思い、すぐにある事実に気づいて自嘲する。もうすぐ”処分“される身には、後なんか存在しないんだった。

 そう思ったのに。


「うん。君、合格。おめでとう。今後は幹部育成のコースに乗ってもらうから、よろしく」

 監査の男に連れられてやってきたのは、上司の部屋だった。軽い声音でかけられた言葉が信じられずに、僕は上司に恐る恐る尋ねる。

「……今、なんと仰いました?」

 上司は嫌そうな表情を隠さずにため息を吐いた。頬杖をつきながら、とんとんとリズミカルに机を叩く。

「だーかーら。これは試験なの。幹部候補生にかけられる試験。で、これで君は無事合格。おめでとう、我々の側にようこそ」

「あの、その、……”処分“は?」

「しないよ。幹部候補生なんだから」

 震える声で投げかけた問いは、軽い声で打ち返される。

 その言葉を耳にして、僕は力なく座り込んだ。安心して腰が抜けたとも言う。

「あっ、でも契約者マスターとの専属契約はこれで解消ね。幹部候補生はこれから他の人とは違うメニューで動くことになるから、そこんとこよろしく」

「は、はあ……」

 もう、なんの言葉も出てこなかった。あれだけ頭を酷使して人の命を救った結果が、これ。良かったのは良かったんだろうが、あまりの落差に目眩がしそうだ。ついさっきまで、命の終わりを覚悟してたと言うのに。

「ま、これからのことは追々やっていくとして。とりあえず第一の仕事を伝えるね。三日後、そこの監査と一緒に指定の場所に向かうこと。できる?」

「は、はあ。まあ、それは、できます、が」

 端末に届いたのは、時間と場所の指定が書かれたデータ。ライフ・オペレーション・ルームに来たばかりの新人にも出来そうなそれが、幹部候補生の第一の仕事だと言う。なんだか、すごく怪しい。

「……君ならば、必ず達成できると思ったよ。なあ、『監査』君? 君もそう思ってただろう」

 その言葉に、なぜか、監査の男は僕の上司を睨みつけた。親の仇でも見るような表情に、僕は自然と震え上がってしまう。

「こらこら、彼が怖がってるじゃないか。私を睨みつけるのはやめて、じゃ、数日後、よろしくね」

 ひらひらと手を振って、上司は僕らに退室を促した。監査は舌打ちを一つ溢して、部屋を去る。僕もその後に続こうとして、上司に呼び止められた。

「なんでしょうか」

 上司はいやにニコニコしながら、僕に告げる。

「改めて言っておこうと思って。『こちら』側へようこそ」

 その目が笑っていないことに、何故だか背筋が寒くなった。


 そして、数日後。僕はその言葉の意味を知る。

 監査の男と共に訪れたその場所は、吹き抜けの下を一望できる、景色の良い場所だった。

「『ライフ・オペレーション・ルーム』へようこそ!」

 部屋のスピーカーが、遠く下の部屋の声を響かせる。聞こえるのは、ここにいるオペレーターなら誰もが一度はかけられた言葉。歓迎の声だ。

 問題は、その言葉をかけられている人物。遠く見える、その姿は。スピーカーから聞こえる、その声は。

 僕が、誰よりもよく知ってるもので。

「どうして……彼は、僕が、たしかに」

 国の外へと、逃したはずなのに。


「『ライフ・オペレーション・ルーム』へようこそ!」


 いつもは聞き流していたその言葉が、今は、なによりも恐ろしいものに聞こえた。

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