珈琲豆の香るアルバム
花嗚 颺鸕 (かおう あげろ)
第1話
僕は個人経営の小人の部屋のような小さなカフェで働いている。
あいつは常連だった。あいつというは、この店に火曜日の17時にきて、カフェラテにショット追加、スチームミルク少なめ、温度は65度で注文するのだ。
初めて見た時のことを今でも忘れない。男性でありながら、長髪で髪を一つにまとめて、背の高く、眉毛の濃い男だった。
どこか悲壮感漂う彼の雰囲気と相まって、ミステリアスな印象を与えた。だが話してみると、綺麗な歯並びの笑顔でとても気さくでどこか飄々とした男だった。
別に嫌いではないし、好きでもないが、店員としてはとてもいい客だった。混んでいてもイライラせず、注文するときの確認の復唱もしっかりと聞いてくれる。そんな客だった。
だが僕はあいつと呼ぶ。客の顔を覚えるときは、少しディスったあだ名の方が覚えやすい。だからあの人のことはあいつという。僕なりにはいい方のあだ名だよ。だってあいつの方が、憎たらしくも少し愛着があるみたいだろ。
あるとき、彼は珍しくカフェラテにヘーゼルナッツシロップとホイップを追加した。彼には甘すぎたようだ。少し残して帰った。
みんな色んなドリンクのカスタマイズをする。ベーシックなカフェラテにシロップやショットなど加えると、全然違った味わいになる。だから魅了されるのだけれど、結局また何の変哲もないカフェラテに戻るんだ。
あるとき、彼女と思われる女性を連れていた。見た目ではよく性別すらもわからなかった。だが声で何となく女性なのかなと思われた。
そしてまた、彼は一人で来てカフェラテを注文した。
よく晴れた月曜日にあいつはやってきた。いつも火曜日に来るのに珍しいと思いながらレジに立った。「こんにちは、お伺いいたします」
「あ、あの。突然こんなお願いをするのは大変申し訳ないのですが、誰にもお願いできなくて」
僕は目を真ん丸にしながら彼の方をまじまじと見つめた。
「どういったお願いでしょう?」
「わたしの質問に答えてほしいのです。でも全く難しくないので」
僕は無意識にうなずいた。
「これを捨ててほしいのです」といって取り出したのは小さなアルバムだった。
「ええ、大丈夫ですよ」
あいつはとても嬉しそうに「ああ、よかった。思い出が詰まり過ぎて捨てられなかったので」そして僕はそのアルバムを受け取った。僕は適当に店の裏の休憩室に置いておき、あとで分別して捨てようと思った。
そして休憩時に、ふとアルバムの中を見ると、あいつの家族や恋人などの写真が目に入った。
その時、僕は耳には心拍音が響き渡り、全身に鳥肌が立つのであった。
珈琲豆の香るアルバム 花嗚 颺鸕 (かおう あげろ) @kaoagero
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