リバース×キャッスル

海星めりい

リバース×キャッスル


「いってぇ……ここは……どこだ?」


 痛む頭を抑えつつあたりを見回すが、見慣れない壁に囲まれた一室だということがわかっただけだ。おそらく城だと思うが、確証はない。


 自分の格好を確かめてみるが、ハードレザーの鎧を着込んでいるだけで、武器や道具の類いは一切無い。

 これだけでも詰みに近いのに、それに加えて自分が何者かも思い出せないときたもんだ。


「何があったかは知らないけど……いっそ、死んでた方がマシだったんじゃないか?」


 水・食料無しで謎の城――縛られていないうえ、牢屋でないってことは捕まったわけでもないだろう。


 俺の他に人がいるのか、いないのかすらわからない城の中。どうしたもんかと悩んでいると唐突に声が聞こえてきた。


〝目が覚めた?〟


 聞こえてきたのは幼い声。多分、女の子の声だとは思う。

 耳から聞こえたようには感じられなかった。頭に響いてくるような感じだ。


「あ? 幻聴か?」


 てっきり現実逃避したくなっている俺が作り出した想像の声だと思ったのだが、


〝こっち! こっちだよ!〟


「……幻聴じゃねえな」


 先ほどよりもハッキリと聞こえてくる声にその考えを改めた。

 声の感じる方向からして、俺をこの部屋の唯一の出入り口であるドアに向かわせたいようだ。


 さっきから気になってはいたんだが、どうにも開ける気がしなかったから放置していたんだがな。まぁやるしかないか。


「鬼が出るか蛇が出るか……いくか」


 一言呟いた俺は意を決してドアを開く。


「……はっ、俺は一体どこに来たんだ?」


 ドアが開いた先にあったのは廊下だ。城の中なせいか絨毯が敷かれていたり、装飾が耽美だったりと豪華さを感じさせる。


 しかし、重要なのはそこじゃない。廊下が並行じゃなく、左右でねじれるようになっているのだ。おまけに窓の外には真っ赤に染まった月と――湖か? 高さも結構あるし、湖自体の大きさもかなりのものだ。


 すくなくともここから飛び降りて脱出するの不可能だな。


〝こっちへ来て!〟


 そんな風に観察していると声の主が焦れてきたのか先ほどよりも強く呼びかけてきた。


「はいはい、わかりましたよ」


 歪んでいる廊下は歩きにくいことは歩きにくかったが、あくまでそれだけだ。道がふさがっていたわけでもないし、問題は無い。


 両開きのドアを開けると広間らしきところにでる。

 中心には白いローブに上が白、下が黒の仮面を着けた小さい人影が一つ。

 状況的にこいつが俺を呼び寄せた少女か?


「お――あ?」


 呼びかけようとした俺が声をかける前に少女はゆっくりと上へと指先を向ける。

 見ろってことか? 仕方ないな……と、俺も指を追って見上げる。


「なっ!?」


 そこにあったのはデカイ天窓だ。

 だが、俺が驚いたのはそれじゃない。


 天窓の向こうに逆さになった馬鹿でかいビルがあったからだ――あ? ビルってなんだ?

 いや、ビルってのはあのデカイ建物のことだよ。そうだよ。


 若干混乱する記憶に狼狽える俺を尻目に少女は腕を降ろす。

 さらに、先ほどまでと同様に俺に呼びかけてきた。


〝旅人は進む。幻想か、現創かを選択して……。

 アナタは塔のてっぺんを目指さなければならない〟


「おい、さっきから何を言って――!?」


 わけの分からないことを言ってくる少女に詰め寄ろうとしたら、いつの間にか少女は俺の背後――入ってきたドアの近くに現れていた。


 一瞬で移動したってのか!?


〝囚人は朽ち果て消失する。何にも成れないまま

 捕まるのは愚者。賢者に道は開かれる〟


〝ここは幻想。たゆたう悪夢に飲まれるなかれ〟


 そう言い残すと少女は煙のように姿を消した。

 おいおい、幽霊とか言わねえよな。


 これからどうすればいいんだ? と思っていたら、俺が入ってきたのとは別の扉の横にあるクリスタルが点灯した。


 調度品か何かかと思っていたが、急に付いた理由は何だ?


 とりあえず近づいていくと、俺が元々入ってきた扉が開かれる。

 さっきの少女か、それでなくとも俺以外の人間でも入ってきたのかと思って振り返ったが、そのどちらでもなかった。


 そこにいたのは黒い鎧騎士。手にもご丁寧に黒い剣が握られている。

 最初は話しかけて助けでも呼ぼうかと思ったが、見た瞬間に体中の毛が逆立って、鳥肌がたった。


 すぐに理解出来た。アレは俺がどうこうできるものじゃない。

 しかも、よくみれば兜の中に人の顔が見えない。鎧に覆われていないはずの関節部からも人の四肢が確認出来ない以上、空洞と見るのが妥当だろう。


 さっきあの少女が捕まるとか言っていたが、ひょっとしてアレのことか?

 正解かはわからないが逃げるに越したことはなさそうだ。


 さっさとドアを開けた俺は次の広間にやって来ていた。

 部屋の中には奥にドアが一つと同じ種類の調度品が二個ずつ置いてあった。ボードゲームのようなでかいタイルの床の上にご丁寧に右と左に区切られて、だ。

 絶対になにか意味があるだろと思っていると、


〝正しい形に〟


 またも少女の声が聞こえてきた。

 正しい形ってのにしなきゃならないらしい。


 この調度品を動かせってことなんだろうが、何を持って正しい形とするのかだ。

 何かヒントらしきものがないか、あたりを見回してみるとそれはあった。


 入り口から少し離れておいてある一個しかないテーブルの上に横になっている砂時計だ。

 両方の底に砂が入った状態で固定されていた。


 どう考えても怪しすぎるだろう。

 問題は何を表しているのかだ。

 砂時計と調度品がどう関係している?


 あの鎧騎士は動きが遅いのか、それとも入ってくる条件でも決まっているのか、この部屋にはまだ来ていないが、あまり時間をかけすぎるのも、やばい気がする。


 愚者と賢者ってのがこのことを指しているんだとしたら、ここも安全じゃないだろう。


 ガシガシと頭をかきながら悩んでいると一つ思いついたことがあった。

 一度でも間違えたらダメとは言われてなかったからな。失敗したらまた考え直すだけだと開き直り、調度品を手に持って移動させてみる。


 になるように、だ。


 砂時計と固定された砂からこういうことじゃないだろうかと思って置いてみたが、どうやら正解だったようだ。ドアの近くのクリスタルが光り出した。


「はっ、つまり進んだ先で条件を満たして、このクリスタルを点灯させれば先に進めるってわけか?」


 随分と悪趣味なゲームだな。ここに俺を連れてきた奴は随分と頭がいかれているらしい。


 次のドアを開けた先では何もなかった。左の方にドアと光っているクリスタルはあるのだが、今までは赤く光っていたのだが、ここのは青く光っている。


 おまけにドアを開けようと思ってもびくともしない。

 殴ろうが、蹴ろうが、体当たりしようが開く気配がない。

 何でだ? と時間をかけているとまたあの寒気が俺を襲う。おまけにカチャカチャと音も聞こえてきていた。


 おいおいおい、もしかして近くまで来てんのか!?


「っち、開けよ!? どうなってんだ!? 後ろからはあのわけ分かんねぇ鎧騎士がやって来てるってのに……おい!」


 クリスタルを思いっきり蹴りつける――


 と、気がつけば俺はスーツを着て見慣れない場所に立っていた。



 ―――――――――――――――



「どこだここ……?」


 あたりを見渡せば城とは似ても似つかない場所だった。

 部屋の広さはさっきまでいた城と同じくらいだが、近くに赤いクリスタルが置いてあり、装飾が近代的なものに変わっていた。近代的?


 それに加えて備え付けられている窓からは青い光が入り込んできていた。俺よりも大きいでかい窓に近寄って外を眺めてみる。


 この建物の周辺以外に建物はない。眺めの良い景色から考えるとかなり高い建物のようだ。


「ここは高層ビル……か?」


 下の地面は靄がかかったようになっていて、よくわからないが多分間違っていないだろう。

 上を見れば、青く輝く月に逆さまになった古城が見える


「もしかして……あの城……」


 思わず言葉を失う。

 俺の予想が正しければ、あの古城はさっきまでいた城に間違いないだろう。

 そして、そうなってくると俺が今居るこの建物――ビルにも予想が付く。


「城にいるときに見た……あの逆さまになっていたビルか……ここ?」


 若干、まだ疑いが強いが多分間違ってはいないだろう。

 なんで服装が替わっているのか、とかわからないことはあるがようはこのまま進めってことだろ?


 と、そこまで考えた所で何者かの気配を感じて振り返ってみる。

 そこにいたのは中心には黒いローブに上黒、下が白の仮面を着けた小さい人影だ。

 さっきの城に現れた少女がこっちでも衣装を変えたのか、とも思ったのだが脳内に響く声を聞いて違うとわかった。


〝旅人は進む。現創か、幻想かを選択して……。

 アナタは塔のてっぺんを目指さなければならない〟


 聞こえてきたのは先ほどよりも低い声――といっても俺よりは遥かに高いが。顔は見えないが、今俺の目の前にいるのはおそらく少年だろう。


〝囚人は朽ち果て消失する。何にも成れないまま

 捕まるのは愚者。勇者に道は開かれる〟


〝ここは現創。空虚な夢に飲まれるなかれ〟


「似たような言葉を並べやがって……お前ら一体何なんだ?」


 少女と初めて会ったときのようなことを伝えてくる少年に問いかけるも返答はなく、手が横に伸び部屋の左を指さすばかりだった。


「また、ドアか……」


 指の先に視線を向ければ、そこにあったのはスライド式のドアだ。自動ドアではないようだが……とそこまで観察したところで、気がつけば少年の姿はいつの間にか消えていた。


「やっぱ幽霊じゃねえよな?」


 少女の時と同じ感想を抱きつつ、ドアの先へと足を進める。


 開けた先にあったのは吹き抜けとなった広間だ。おそらくこの階と下の階、二階分が吹き抜けとしているのだと思われた。


 今俺がいる部屋には輝きを失ったクリスタルが一つと階段が存在していた。クリスタルからはケーブルが伸びており辿っていくと階段の先――吹き抜けの下の階に繋がっているだろう。


 吹き抜けの下の階の様子は今居る部屋からほぼ全て見ることが出来る。眼下に見えるのはサーバーか何かの機械が並べられた部屋だ。入り組んだ通路のようになっている。


 そして、クリスタルに繋がっていると思われるケーブルが壁を走っており、部屋の左右――二箇所にレバーが備え付けてあった。


 ご丁寧にレバーは『OFF』と書かれた側に下げられている。

 どう見てもあの二つあるレバーを上げろってことだろう。

 それだけなら、さっさと行ってあげてくればいいのだが、俺が躊躇しているのには理由がある。


 それはレバーのある部屋の中に俺以外の存在がいるからだ。

 おまけにそいつは人間じゃなくて――ロボットだ。


 金属製の細身の身体と手足にセンサーバーとでも呼べば良いのか黒いバイザーが頭部に着いていた。

 そいつが、一体だけだが、部屋の中を巡回していたのだ。さっきから動きを観察しているが、巡回するルートが決まっているようで、微妙にランダムに動いているみたいだった。


 空洞の鎧騎士の次はロボットかよ……最高にいかれてんな。

 どう考えても、みつかるのは避けるべきだろう。逃げれば問題無い可能性もあるが、あのロボットがどれくらいの速度で動くかもわからないし、試すこと自体リスクがある。


 行くしかないと覚悟を決め、階段を降りていく。

 降りた先にあるスライド式のドアをあけ、ロボットのいる危険区域に入り込んでいく。

 機械の駆動音があるせいか、ロボットが動く音があるのかないのか、よくわからない。

 息を殺して、周囲を警戒しつつレバーがあった方向へと進んでいく。


 ある程度ロボットの動きを頭に入れていたとはいえ、運がよかったのかロボットと出くわすこともなく右のレバーへとやって来ることに成功する。


 後はこいつを上げて、もう一つのほうへ……と思ったのだが、なかなかレバーが上がらない。


「っ!? 重いなこのレバー!?」


 なぜか妙にレバーが固いのだ。最終的に両手で上げて『ON』に持っていった少し時間が掛かってしまった。

 そのせいか、俺にとって最悪な事が起こってしまった。


 一つをあげきったところで、角を曲がってきたロボットと視線が合ってしまったのだ。

 厳密には向こうには目なんかなく、無機質なバイザーがこっちを見ているだけだったのだが、ロボットは俺を認識したのか、上で見た巡回の速度とは比べものにならない速度でこちらに向かってきた。


 一瞬でそれを認識した俺は脱兎のごとく駆けだした。

 警報が鳴り響くわけでもなく、警告を発してくることもなく、シャカシャカと追ってくるのはかなり恐怖を感じる。


 後ろは振り返らずに全力で逃げる。ロボットの無機質ながらもどこか存在する威圧感や悪寒は古城の鎧騎士に勝るとも劣らない。

 捕まるわけには絶対にいかなかった。


「? 追ってこない?」


 早鐘のように鳴り響く心臓を落ち着かせるようにゆっくりと呼吸しながら、俺は小さく呟いた。

 角を何回か曲がったところで、ロボットの激しい駆動音が聞こえてこなくなった。

 それを訝しんだ俺はコッソリと角から顔を出し、様子を伺ってみる。


 すると、そこにはロボットが別の方を向いてキョロキョロしている姿が映っていた。

 どうやら、何回か角を曲がって完全に視線から外れれば、逃げ切れるようだな。

 ロボットの速度から考えて振り切るのも一苦労だが逃げ切ることが可能とわかっただけでも上出来だろう。


 見つからないうちに左側のレバーへたどり着いた俺は右側同様にレバーを上げて、入り口まで戻る。


 この部屋でもう一回ロボットに見つかることはなかった。

 階段を上れば、予想通りクリスタルが青く光り輝いていた。

 ここで出来ることはこれで終わりということだろう。


 このビルに最初に訪れた場所に帰ってみるが、特に何も起こらない。ドアもないし、現れたりもしなかった。


 一先ず、赤いクリスタルに触ってみる――と俺はいつの間にかハードレザーを着た姿に戻っており、城へと帰ってきていた。


 カチャカチャとなる鎧騎士の音と恐怖感も変わっていない。


「おいおいおいおい!? ビルに行く前とまったく一緒ってか!? ふざけ――あ?」


 ドアに手をかけてみれば、ビルに行く前には何をしても開かなかったドアがあっさりと開いた。


 わけが分からないが、チャンスとみて中に入りねじれた廊下を進んでいく。

 鎧騎士とは距離を取ったからか、音も悪寒も感じなかった。

 ある程度落ち着いたところで、何故ドアが開いたのか考えてみる。


 といっても、思いつくのは一つだけだ。


「ビルの方でドアを開く仕掛けを突破したからか?」


 位置的にもあのドアの位置はビルでレバーを上げた時に光り輝いたクリスタルがあった位置……だと思う。なんとなく、なので確証はないけどな。


 そして、この仮説が正しいなら見えてくるものがある。


 どうやら、古城とビルは連動しているらしい。クリスタルはドアの鍵となっていて、古城のクリスタルは赤、ビルのクリスタルは青。

 それぞれのエリアのクリスタルと逆の色で配置されているクリスタルに触った場合、古城とビルを行き来出来るというところだろうか。


 廊下の窓から上を見れば、やはりそこには逆さまになったビルが存在していた。

 それにしてもへんな感覚だな。このハードレザーを着た俺も、あっちのビルでスーツを着た俺も、どっちも俺だという感覚があるっていうのは……原理がまったくわからない。


 誰が何の目的で俺をこんなとこに連れてきたのか、何を目的にしてるのかわからないが、ここまで舐めたまねされてただビビってるのも癪だ。


 古城とビルを行き来して突破してやろうじゃねえか!


 俺はまた一つドアを開けるのだった。



 ―――――――――――――――



〝〝旅人は進む 上へ 上へと〟〟


〝〝上ってどっち?〟〟


〝あっちが上なら こっちは下〟


〝こっちが上なら あっちは下〟


〝〝幻想と現創は交差する〟〟


〝どっちが正解?〟


〝どっちがはずれ?〟


〝〝それとも?〟〟


〝〝どちらもはずれ?〟〟

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