某日 ナ=バークの簒奪者
控えていたアドガルム兵をナ=バークの兵が襲う。
突如現れた兵に、鍛えているアドガルム兵もさすがに驚き、初動が遅れた。
「オスカー状況と襲撃者の確認。キュアは子ども達の安全確保を!」
エリックは場が混乱する中、護衛に声をかける。
自身の守りは薄くなるが、状況を知りたい。
唐突過ぎるし、敵は一体誰だ。
ニコラがエリック達の側に来る。
「何者でしょう、まさかこんな事になるなんて」
抜き身の剣を持ち、油断なくニコラは周囲に気を配る。
近づくものは誰もいないし、戦いの怒声は邸外しかまだない。
しかし、門は破られ、いつ入ってくるかわからない。
庭の豊かな木々や草花がオスカーの魔法で、強固な守りとなり、兵士達の加勢に回るが、それでも圧倒的な敵兵の数だ。
これ程多くの兵が急に現れたのだ、普通の襲撃ではない。
エリックとレナンの周囲には防御壁が作動しており、二コラの目は鋭く周囲を確認する。
王太子の居場所を知り、そしてこれだけの兵を使い襲撃するなんて、余程の者だ。
「わからん。何故情報を知り得たのか」
王太子である自分の命を狙う者は勿論多い。
だからこのような私的な催しは秘密裏にし、周囲にも目立たぬよう兵を配置して、王家の影という隠密の部隊も置いていた。
「ティタン達が鉢合わせになるだろうか……心配だ」
レナンの肩に置いていた手を離し通信石を出した。
ちょっとだけ意識が逸れた、その一瞬であった。
襲撃の混乱に乗じたナ=バークの女王ミネルヴァが、ラーラの転移術でレナンの前に現れる。
「?!」
ニコラとエリックは知覚するより早く、反射的に間隔で防御壁を張った。
「ずっと殺したかった」
ミネルヴァが凶悪な笑みでそう言い放つ。
ニコラが放つ剣はラーラの防御壁で弾かれた。
エリックは多分何も考えられなかった。
ミネルヴァが何をするかもわからなかったし、知らなかった。
ただ体が咄嗟に動いたとしか言いようがない。
そして、恐ろしい発砲音が、エリックの別邸にて数回に渡って響いた。
エリック達の戸惑う顔と、眼前のレナンに殺ったと思った。
余裕の表情と一言を最期だからと送る。
「ずっと殺したかった」
そう言って引き金を引いた。
あるであろう防御壁を破るため、一発では足りない。
数発の銃弾を撃った。
指一本動かすだけの動作だ。
何をするにもこちらが早く、有利なはずだった。
だが、ミネルヴァの攻撃を受けたのは咄嗟にレナンを庇ったエリック。
「えっ?」
奇襲をかけ、レナンから意識が外れるのを待っていた。
自分の存在を認識するより早く引き金を引いたはずなのに。
それなのにエリックは考えるより早く動いたのだろう、レナンの盾になるのに全く抵抗がなかったようだ。
防御壁を破っていき、一発の弾がエリックの腹部に吸い込まれ、爆ぜた。
彼の衣服が赤く染まり、表情が苦痛に歪むのを確認出来た。
まるで時が遅くなったかのように、その光景がゆっくりと確認される。
痛みに耐え、尚もエリックはレナンを守ろうとし、その場を動いたりはしない。
エリックに意識を取られ気づかなかったが、ラーラに手を引かれ転移していなければ死んでいたかもしれない。
巨大な氷がミネルヴァがいた場所に出現していたのだ。
だがその後すぐに別な事に気がついた。
あの氷はミネルヴァを攻撃するためではなく、レナンを守るために出されたのだという事に。
どこまでも大事にされるレナンが腹立たしく、怒りの気持ちは増していた。
「ミネルヴァ様、どうします?」
ラーラの声は焦燥だ。
ハッとする。
銃弾を間近で受けたエリックが無事であるはずがないのだ。
強大な氷壁で見えないが、最後に見たエリックの様子は絶望的であった。
撃ちたかったのは彼ではないのに。
「テメェ、よくも!!」
考えている余裕はない。
従者ニコラが剣を持ち、風魔法を駆使して距離を詰める。
すぐさまナ=バークの兵とラーラがミネルヴァを守る。
レナンの絶叫は、ミネルヴァにも届いた。
こんなはずではなかったのに。
心が、気持ちが軋む。
エリックを殺すつもりなどなかった、寧ろ攫いたかった。
レナンを殺し、エリックを攫い、アドガルムと戦争をしてもいいと備えていたのに。
その奪うべき人物を、ミネルヴァは死なせてしまった。
類稀なる氷魔法の使い手は、正当なナ=バーク王家の伴侶に相応しいと言われていた。
ミネルヴァは悔やんでも悔やみきれなかった。
「逃さん」
眼前にはニコラ、その剣がミネルヴァの首に迫る。
「がっ?!」
ニコラが胸を押さえ立ち止まる、カランと剣が落ちた。
口からは夥しい量の血を吐き、目や鼻からも溢れている。
「あぁ。せめて最期にこいつを道連れに……」
剣を拾い、構えたところでニコラは動かなくなった。
万が一を考え、ナ=バークの兵が二コラの死体を切り捨てようとする。
「あぁああっ!!」
剣を構えたオスカーが、ナ=バークの兵士に襲いかかった。
オスカーは剣を振るい、魔法を放つ。
無数の植物の根が枝が、うねりを上げ、人体を突き刺していく。
鎧など関係ないその攻撃に絶叫が上がっていた。
だが、派手な護衛騎士はそんなものでは止まらない。
「よくも、よくも俺達の大事な人を 奪ったな!」
オスカーの魔法で鞭のようにうねる植物は、兵士の体を千切ってミネルヴァを追い詰めていく。
「陛下!」
ラーラの声だ。
転移魔法にてミネルヴァはナ=バーク国へと逃げおおせる。
だが、その心は絶望に彩られ、暫し誰の声も耳に入らなかった。
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