Episode2:The Gate To Tartaros
その夜、俺は自室のベッドでスマホを見ながら横になっていた。「Tartaros」の最新のキャラクタースキル、他のプレイヤーによって発見された新たな戦術、そして、現在のプロの動向。目まぐるしく変化する情勢についていくためには常に情報をキャッチしておく必要がある。
そのとき、一通のDMが届く。ん?山岸からだ。日中の妙な直感が的中したらしい。今すぐ、面談室に来いとのこと。だるい体を起こして立ち上がる。正直面倒臭さはあり、いつもならガン無視を決めることもなくはないのだが、(すみません、寝てしまってDM確認できませんでした汗、なんて言っておけばなんとかなる)今回の件については心の中に生じた一抹の不安をどうしても拭い去ることができない。
「失礼します」
深刻な表情の山岸は面談室の机に座っており、すぐに俺も座るように促す。
「呼び出したのは」
……
「今日の大会の件についてだ」
山岸は言葉をぷつりぷつりと切ってもったいぶりながら話し始めた。
「まあ、お前が一番良く知っているだろうが、」
なんのことだろう。少しの間なのに何万倍もの時間が経っているような気がする。
「単刀直入に言う。お前のPCにチートツールが検出された」
!?あまりに突然の言葉に脳の処理が追いつかずすぐに言葉が出ない。
「は、はい?ちょっと待って下さい。どういうことですか。ぼ、僕はそんなもの使ってません」
思わず、声が震え上ずってしまう。
「証拠はある」
そういって山岸は自身のスマホに映し出された画像を指差す。
!?間違いない。僕のPCの画面をスクリーンショットしたものだ。さらに、チートツールが含まれたフォルダも確認できる。
「これでもう言い逃れはできない。明確な契約違反だ。」
「そんなっ、おかしいです!俺はチートなんて、チートなんて使うわけがありません。今までずっと正々堂々と勝負してきたんです。なのに――」
「まあ、やった人間は誰でもそう言うんだ」
「ほんとに、違うんです。これは、誰かに仕組まれたんだっ!」
「もういい。帰れ。君のもとにはじきに退学命令のプリントが送られてくる」
「じゃ、じゃあプロ入りの話は?」
「プロ?チートを使ったプロなんてどこにいやがる?」
山岸は間髪入れず、俺の言葉に返答してくる。まるでどの言葉も予想通りだ、とでもいったように。
「さっさと荷物をまとめろ。明日、ここから撤去してもらう」
俺は、山岸の威圧的な態度で気圧されて追い出されるように部屋を出た。あまりにもあっけない終わり方ではないか。あまりにもおかしい話だ。誰かが僕のPCにチートツールをダウンロードしたのだろうか。一体誰が?それにパスワードだって僕の他に知ってる奴はチームメンバーぐらいしかいない。
いや、待てよ。まさかな。これまで一緒に生活してきた奴らだ。そんなことはするはずはない。
そうはいってもこの嫌な懸念が頭から離れない。俺は急いで寮に向かい、チームのメンバーがいるはずの部屋に向かった。
ああ、そうだとも。いるはずだったんだよ。
誰の部屋の戸をノックしても全く気配がない。
「おい、誰かいないのか!?」
何で、嘘だ。
「あら、どうしたの」
「あ、山本さん。チームの仲間がどこに行ったか知りませんか?」
そう聞くと寮母の山本さんは表情を曇らせて答えた。
「30分ほど前に皆でパーティだとか言って出て行ったわ。これでチーム皆で晴れてプロになれる、とか言ってたかしら」
膝から崩れ落ちる。どうして、どうして俺だけが仲間外れになってるんだ。今までチームを率いて今日の校内大会だって優勝できたのに。何かがおかしい。
すると突然、DMの通知音が鳴った。
「すみません、ちょっとだけいいですか」
チームのメンバーの1人noahからだった。
たった一言。
『お前はもうここにいるべき人間でない』
「どうして……」
「大丈夫?」
「ええ、問題ありません。ちょっと休んできます」
俺は立ち上がると一気に駆け出した。今は何も考えられなかった。ただ、めちゃくちゃに走って気を紛らわせたかった。次々と涙が頬を伝い、しまいには大きな粒を作って、アスファルトを虚しく打つ。
俺は裏切られたのだろうか、チームメイトによって。
理由も知らないままに。
それに唐突な用済み宣言。
今までこの「Taratros」に賭けてきた人生だった。強引に家を飛び出してきた。成功する自信はあった。しかし、それは今となっては根拠のない戯言だったのだろう。家族に合わせる顔もない。
気が付くと橋の上に立っていた。下を覗くと月に照らされることない真っ黒の川がゆったりと流れている。足元の小石を蹴り落してみるとドボンと鈍い音を立てて沈んでいく。どこまでも永遠に沈んでいくようだ。
ふと、ある考えが浮かんだ。もし、自分があの小石で自分の足がnoahだったら。ちょうど今の俺にはぴったりの境遇ではないか。自分の目でその奈落の底を見てみたくなった。自分の意志も他人の意志も否定され、ただ、神のお気に召すままに弄ばれる、何もかもが未知数な奈落の底を。
そのとき、俺は無意識に吸い込まれるようにして川へ落ちていった。身体が激しく川面を突き破るのを感じた。どこまでもどこまでも沈んでいく。意識は朦朧としていた。だが、死に向かいつつあるにしてはあまりにも心地よかった。
橋の上で誰かが、蹴り落された僕を嘲笑っているかように見えた。
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