北條健斗

 私が自然を、その中でも特に花を好きになったのは母の影響だと思う。

 小さい頃、母と散歩に行った時には必ずと言っていいほど道端に生えている花の話をした。

 綺麗な花、いい匂いのする花、触ってはいけない花。母はそれらの花の種類や名前を教えてくれた。

 私は何より母から花言葉を聞くのが大好きだった。


      +   +   +


 こんな風に昔の事を考えてしまうのは、この空間のせいなのか。それとも何度も死んでしまったせいで、走馬灯のようなものを今も体感してしまっているのか。

 例え自分が死んでしまうとしても、目的だけは達成したい。いや、してみせる。そのためには――

 

 ギー、ギーと刀を引き摺っていた音はピタリと止まる。


 目の前の彼女としっかりと話し合わないといけない。


「お願い、話がしたいの」

『…………』


 恐らく彼女と話しをする事はできる。けれど、彼女がしてくれるとは限らない。


 彼女が一歩、こちらに近づく。交渉決裂か。そう思われたが、彼女は近くにある教室の扉を開ける。


『貴女はまだ理解していないみたいだから』


 ――つまり話してくれるという事だろう。この空間が何なのか、私がなぜ生きているのか。

 

 罠という可能性がないわけではない。が、そんな小細工をしなくてもいいほどに、彼女と綾香には力の差があった。


 綾香はふぅと息を吐き、彼女が待つ教室に足を踏み入れた。


『邪魔をしないでと言ったよね』


 先程も感じた事だが、彼女は意外と流暢に喋る。最初はダミ声だったのだが、今では普通の女の子の声に聞こえる。


『……私の目的はあの3人。貴女は含まれていない。だから大人しくしていて』

「その割には何度も私を殺したじゃない」

『そうしないと貴女はずっと邪魔し続けるでしょ。まぁ、あんまり意味がなかったみたいだけど』

「聞きたい事があるの。どうして私は生きているの?」

『どうして? だってここは貴女が望んだ世界だもの』

「……私が望んだ……世界」

『そう。だから貴女は何をされてもここでは死ぬ事はない。そして出る条件はあの3人が死ぬ事。わかった?』


 薄々感じていたことではあった。だけど、違うこともある。


「私はこんな世界望んでなんかいない!」

『……そう。だけどこれが現実なの。邪魔をするなら……』


 彼女が刀を振り上げる。


 ――ああ、ここでまた死ぬのか。『死なない』そう言われて、ああ死なないんだ、なら次頑張ろうなんて思えるのは余程のお花畑だけだと思う。


 綾香がそんな事を考えていると、廊下から彼女に向かって何かが飛び込んで来た。


「綾香、逃げるぞ!」


 飛び込んで来た人物、健斗はそう叫びながら私の手を引いて走り始めた。


「ハァハァハァ……、ここまで、これば、大丈夫だろう」


 どれだけ走ったのかわからない。走って、走って、鍵のかかっていない教室に飛び込んだ。


「……どうして? 話を聞いていたんでしょう?」

「ああ、お前が助けてくれた時、あのときにお前は既に殺されてたんだろう」

「……そう。だから、今回も大丈夫……」

「大丈夫なわけないだろ! 殺されるのが怖くないわけないじゃないか!」


 今にも泣いてしまいそうなのに、それでも私を心配して叫ぶ健斗。


「だけど、ここは私の願望でできた……」

「関係ねぇよ。そもそも狙いは俺たちだってアイツも言っていただろう。俺らにも原因があるんだよ。その怨みが、綾香の田舎に対する不安で形になったんだ」

「……どうしてそう言い切れるの?」

「……4年前、小6年時、綾香と同じように転校して来た女子がいた。俺を含め、村の奴ら全員でそいつとそいつの母親を虐げた事がある」


 健斗や子供たちは女の子を、親や村の住人は母親を虐げていたと言う。


「……最低だね」

「…………そうさ、最低だった。そしてアイツらがこの村から出て行った時、なぜか誇らしいものも感じていた。けれど、それは一瞬だった……」


 健斗は躊躇うように私をチラチラと見て、何故かその先を言おうとしない。


「どうしたの?」

「……はぁ。後日、その母親が死んだと聞かされた。正直、ショックだった。自分が人殺しに加担したんだって思えて仕方がなかった。だが、周りの大人たちは違った。いつも通りだったんだ。初めからそんな人とは関わりがなかったように」

「…………」

「後悔しているのはたぶん、俺と優馬、沙奈の3人、1番その人の子供を虐めた俺たちだけだろう」

「それはどうして? 女の子を虐めたから?」

「ああ、あの子も俺らのせいで死ぬかもしれない。そうなれば俺らは殺人犯だ。そう思うと怖くて仕方なかった」


 女の子を虐めていた。そんな健斗の独白に、綾香は時々相槌を打つも、その表情は暗いものだった。


「だから! こんなおかしな事になったのは綾香だけのせいじゃないって事だ!」


 健斗はそう大声をあげ、無理に笑う。その笑顔は無理やり作ったのが見てわかるほど歪なものだった。


「……わかった。それで、どうやったらここから出られると思う?」

「実はこんなものを見つけていたんだ」


 健斗が見せて来たのは鍵だった。


「それはどこの?」

「わからない。ただ、俺の勘ではエントランスだと思う」

「その勘は当たるの?」

「……わからない」

「ぷっ、わ、わかったわ。職員室に2人がいるし、合流してからエントランスに向かいましょう」


 健斗は綾香に笑われた事が不満そうだったが、何も言わずに綾香の後をついて行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る