花森沙奈

 古い風習というものは嫌いだ。だけど、山に入った時の自然の香りは嫌いではない。自然に生えた草や花、木の独特の香りを嫌いになる事はできなかった。


「香水なんかつけて、私たちを田舎者と馬鹿にしてるんでしょ!」

「えっ、香水なんてつけてないけど……」


 突然、クラスの女子たちに囲まれる。あまりにも身に覚えのない言い掛かりだった。


「嘘よ! 田舎臭いって私たちを見下してるんでしょ。あなたの母親のようにね」

「お母さんはそんな事していない!」


 あの優しい母が人を見下すような事をするわけがない。お前たちと同じようなことを母がするわけがない。

 

「そう? でもみんなそう言ってるわ。毎日綺麗な服を着て馬鹿にしてるって。まぁ、そんな事はどうでもいいの。今日はそのくっさーい香水を落としてあげようと思ったの」


 彼女の後ろにはバケツを持った男子が2人。バケツの中には水で一杯なのが見てわかる。


「やめて!」

「やめるわけないでしょ。ほら、早くやるわよ」

「「せーの!」」


      +   +   +


「はぁ……なんで今思い出しちゃったんだろう」


 優馬と別れて走っている途中、昔の事を思い出してしまった。小学生時代の最悪な出来事。この時から私への虐めはエスカレートしていった。


 こんな気持ちで彼女と対峙できるわけがない。一度止まって深呼吸をする。


 何度か繰り返すうちに落ち着いくことができた。


 ――ふぅ。よし、これで大丈夫。


 彼女は思っていたよりも離れていた。気を張っていたせいで、音に敏感になってしまっていたのだろう。


 もう一度走ろうとした時、手を引っぱられ、教室に引き摺り込まれる。


 ――油断した!?


 こんなにおかしな空間にいるのに、どうして彼女だけだと思っていたのだろう。

 自分の浅はかさが嫌になる。


 ――せめて1人だけでも……


「あやちゃん! よかった、やっと誰かに会えたー!」


 手を引っ張られた先には沙奈が居た。いや、手を引っ張った張本人が沙奈だった。


「なんで……」

「ひっどーい。私がどれだけみんなを探してたのか知らないんでしょ! もうっ、本当に怖かったんだからね」

「なんで、私を引っ張ったの?」

「なんでって、あやちゃん、この音が聞こえてないの? あやちゃんの向かおうとしてた方向にはあの化け物がいるんだよ?」


 少しは感謝しなさいよね。そう言いたげな沙奈に、綾香は眉をひそめそうになるのをグッと堪える。


「さっきの職員室に優馬が居たわ。だから、沙奈もそっちに向かってくれる?」

「……あやちゃんはどうするつもりなの?」

「私は健斗を探しに行くわ。彼、いろいろと無茶しそうだもの」

「……じゃあ私も行く」


 面倒なことになった。沙奈は嬉々として優馬の元に行くと思っていたのに……


「……どうして? 危険だよ?」

「だって、けんちゃんを探しに行くんでしょ?」

「そうだけど……、それが?」

「な、なんでもないわよ! さぁ、行きましょ!」


 正直に言って、沙奈がついてくるのは足手まといだ。せめて、なぜついてくる気になったのかさえわかればいいのだけれど……!

 

 一つだけ、沙奈がついて来る理由で思いつくものがあった。


「……沙奈、みんなには内緒にしてほしいのだけれど」

「……なに?」

「私ね、勇気ある人より、ビビリで守ってあげたくなるような人が好きなの」

「…………」


 私をジト目で見ていた沙奈は目を丸くする。私が言いたい事が少し分かったようだった。

 

「言わないでほしいんだけどね、私、ゆ、優馬の事が……」

「……………………ホント?」

「沙奈だから言ったんだからね。言わないでよ」


 綾香は照れるように、沙奈から顔を背ける。


 沙奈が健斗を好きなのは誰が見てもわかるぐらいだった。そして私も健斗を狙っていると考えているのなら、私について来ようとするのもなんとなくわかる。

 沙奈はこの状況で私と健斗がくっつくのを恐れていたのだろう。

 だから私は別の人を狙っている事を話す。そうすれば――


「わかった! 絶対に言わない。そのかわり、けんちゃんを絶対に連れて帰って来てね! 私はあやちゃんの好きな人と待ってるから! じゃあね〜」


 沙奈はそう言って教室から飛び出して行った。ふぅ、ようやくこれで静かになる。


 綾香は廊下に出て、刀を引きずる音がどの方向から聞こえるかを確認する。

 沙奈とやりとりをしている間に、彼女は遠く離れたらしい。

 

 ――健斗と彼女が鉢合わせする前に、早くどちらかと接触しないと。と言っても、健斗の居場所なんてわからない。なら……


 綾香の足は自ずと居場所がわかる彼女の方を向き、歩き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る