第9話 竜殺し

 ゲイルが叩き潰された。この時点でジークは撤退を選択する他ない。しかし、ここで撤退したとしたら北の町まで侵攻されるのは確実だろう。

「この状況どう楽しむ?」

 ジークは既に仕込んでいた大量の魔法を撃ち始める。火を除くほぼすべての属性魔法を撃ち込んでいきながら、ドラゴンの息吹ブレスをかわしていく。

 最初からゲイルが両翼を落としたおかげで、飛べないドラゴンを相手にするだけで済む。砂漠の竜と違い、しっかりと地面に足を着けている分、こちらからの攻撃を当てやすい。

 何発か魔法を撃ち込んで気付いた。傷が修復しない魔法と修復が起きる魔法。そして修復が緩やかな魔法の三種類があった。

「属性によって変わるのか? それとも場所によって変わるのか?」

 ジークには判断がつかない。しかし、ここで決着させないと戦闘の被害が、この山から出てしまう。

「時間が足りない」

 考えがまとまらない。長考できるだけの時間がない。一手一手丁寧に打ち込んでいくだけの時間がない。雨が降りはじめれば、このドラゴンは手が付けられないほどに暴れ回るだろう。それまでがタイムリミット。

 魔力回復薬マジックポーションを飲みながら走る。ドラゴンの周りを攪乱するように走りながら、どこに何が効くのかの探りながら魔法を撃ち込んでいく。

 情報が足りない。現地で手探りでどう立ち回るべきかを一人で考えながら走る。ゲイルと組む前までは、当たり前の様にやっていたこと。それがいつの間にかゲイルがいること前提で考えていた。そのせいで思考が追い付かない。魔力回復薬を飲み、回復薬ポーションを飲み、無理矢理身体を動かし続け、全身が悲鳴を上げようが、止まらない。


「ごふっ。…………少し、キツイか」

 その時は突然来た。回復薬を飲み、魔力回復薬を飲み続けていれば、思考よりも先に身体の限界が来ることは当然であるが、それは最悪のタイミングで来てしまった。

 ドラゴンが息吹ブレスを吐く構えを取り、撃ち出されるその刹那。


「もう十分休んだだろ。さっさと決めろ。


 ゲイル」

「任せとけ」

 瓦礫の中からゲイルが跳び出し、そのままドラゴンの背後に走り尻尾の真下で刀を構える。武具屋の店主に譲り受けた刀、紅鴉べにがらすでドラゴンの尻尾をいともたやすく一刀両断する。

 普通に考えれば、もう亡くなったと考えるだろう。ドラゴンの討伐に向けて作戦を立てていたときにジークがゲイルにあるものを渡していた。

身代わり人形リバースドールは役に立ったか」

「ああ、ダメージが回復しないこと以外は、すげぇ役に立った」

 身代わり人形は致命傷を受けたとき、そのダメージを移し替えることができる。一部の魔道具士にしか作れない貴重な魔道具であるが、ジークがかつて任務報酬として貰ったそれをゲイルに渡していた。

 あくまで死なないための魔道具であるため、受けるダメージの大部分を引き受けるにすぎず、回復薬などで体力を回復させなければまともに動くことすら出来ない。一回こっきりではあるが、破格の性能を誇る魔道具である。

「回復薬も助かったぜ。相棒」

 空になった瓶を振る。収納魔法にそれを入れると、紅鴉を構える。

 ドラゴンは普段四足歩行で活動しているが、戦闘などで立ち上がった際の自重を支えたり、重心のコントロールに尻尾を使っていた。その尻尾がゲイルに斬り落とされたことにより、四足歩行へとシフトする。


 フウウウウ


 尻尾の切り口から流れ出る血がだんだんと止まっていく。ドラゴンの自然治癒力は侮れなかった。ドラゴンは戦闘以外の理由で息吹を使わない。その理由は息吹による己の火傷すら一瞬で治せはするが、痛覚自体はあることから無意味な痛みを避けるために息吹を使わない。

「あと一発」

「ああ?」

「あと一発しか魔法は撃てん」

「十分だろ」

 四足歩行の状態で二人を睨みつける。ドラゴンの方も予想以上のダメージを受けていたようだ。息吹を撃とうとする気配はあるが、撃つタイミングを窺っているようにも見える。

「どうすればいい?」

 ゲイルはジークに

「少しでいい。少しだけでいいから、ドラゴンの傷口を作ってくれ」

「わかった」

 ゲイルは前足に向かって走る。ドラゴンはそれを返り討ちにしようと前足を振り上げる。

 ドラゴンの振り下ろす前足に合わせ、ゲイルは紅鴉を振るう。

 ドラゴンの一撃をいなしながら、ゲイルの刀はドラゴンの指を斬り落とした。

「これでいいか?」

 ゲイルはジークからすれば、十分過ぎるくらいの働きをしてみせる。

「十分すぎる。雷よ、穿て。サンダー……ピラー!」

 ドラゴンの指が落とされた傷口に雷属性の魔法が直撃する。

 たとえ魔法に対して強力な耐性を持っていたとしても、体内からの魔法に対しては無力である。そのことをジークは思い出し、ゲイルに傷口を作らせた。

 ジークの一撃はドラゴンに致死量のダメージは入っていた。しかし、ドラゴンはゲイルたちを道連れにしようと最期に最大出力の息吹を撃とうとする。

「させねえよ」

 ゲイルは刀を再び握り込み、ドラゴンの首元へ跳ぶ。ただ飛距離が少し足りず、ギリギリ届かない。

「足場に使え」

 全身から魔力かき集め、一発分の魔法で空中に足場となる結界を作る。

 結界を踏み、更に高く跳ぶ。

 逆鱗に刀の腹を当てると、そのまま自分の残っている魔力すべてを使い全身全霊の一撃をもって、ドラゴンの首を刎ね飛ばす。その一閃はドラゴンの首だけでは飽き足らず、空に浮かぶ雲すらも斬り裂いていた。紅鴉は自らの役目を終えたとばかりに刃が二つに折れる。

「これで、終わりだろ」

 ゲイルは着地はなんとかできたが、そのまま地面に倒れ込む。


 ゲイルとジークは、たった二人で伝説のドラゴンの討伐を成し遂げてしまった。

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