第15話 どうすれば
居間の敷物の上にペタンと座り、シルは髪を編まれていた。
シルの左手はまだ包帯が巻かれていて使い辛い。それでなくても髪を結うのは苦手なのに。今朝もなんだかグニャグニャした三つ編みになっているのを見たタリヤが吹き出して直しているのだ。
タリヤの魔術を目の当たりにしてもシルは逃げなかった。
タリヤに抱きついて大好きと言った。助けに来て下さって嬉しかったと照れ笑いしていた。
そんなわけで、シルはこの館を離れずにいる。
シルは綺麗にしてもらった編み目を指でなぞって、はにかんで笑う。そしておずおずとタリヤの首に腕を回し、ギュッとした。
「ありがとうございます、タリヤ様」
「いいのよ。シルを可愛くするのが楽しいんだもん」
タリヤはシルが愛おしい。そしてシルはやっぱりタリヤが大好きなのだ。
タリヤがどんな力を持っていようと、それは変わらない。
まだ世間を知らず、受けた好意に対して盲目に信じることしかできない幼い子を、と探したのがこのシルだ。そんな存在がタリヤには必要だと思ったから。その判断は大当たりだった。
出て行こうとするシルと入れ違いにカザクが姿を見せた。
「おはようございます、カザク様」
「おはよう。今日も刺繍か」
「はい。アルマさんがいろいろ教えてくれます」
楽しそうに早足で行ってしまうシルはアルマに刺繍を習っていた。縫い物を始めて時は経っていないが、いろいろな事を教えた方が興味を持てるだろうというアルマの方針だ。
怪我のせいで水仕事はできないから集中して取り組むのに丁度いい。アルマが張り切っているのがタリヤはおかしかった。
「シルの髪を編んでたんだろう。あの子も意外に不器用なところがあるな」
「そこも可愛いでしょ」
ふふ、と笑うタリヤはすっかり姉のような態度だった。いつもの甘ったれとは違う表情にカザクは目を奪われて、それからハッとなる。どうした、俺。
カザクは敷物に座るタリヤの脇にそっと腰を下ろした。タリヤの細かく編んだ三つ編みの一本を手に取り、指でもてあそぶ。
伏せた目でそんなことをするカザクが珍しくて、タリヤは上目遣いに見つめた。
私はこの人と、どうしたいのだろう。
十年間ずっと一緒にいて、ただ一人の対等な子どもで、何をしても甘えてもいいと思っていた。
離れたくないとは思うけど。こんな風に迷うようにされると、なんだか不安になる。
「――大丈夫? カザク」
気遣う言葉がタリヤから発せられてカザクは驚いた。小さく笑って髪を放す。
立てた膝に頬杖をつくと、カザクは物憂げにタリヤを眺めた。
ずいぶんと綺麗に育ったものだ。
この女を、どうすればいいものか。
カザクはいろいろと迷っているのだ。妃になどしないために。自分の元に留めておくために。
「タリヤは、ウォルフ殿下に嫁ぎたいと思うか?」
「……なんで?」
「いや……そういえばタリヤの意見は聞いてなかったからな」
王妃ミュリスにそんな提案をされてから二人でそれについて話していなかった。
双方共になんとなく口にするのが嫌だったし、その後すぐに誘拐騒ぎがあってそれどころではなかったのだ。
「私がお妃なんかになってどうするの」
「……なんか、ておまえ」
「ミュリス様の言うことって変。泉の番人になるのも王宮に閉じ込められるのも変わらないでしょ? 仕事が多い分、お妃の方が面倒くさそう。そんなの嫌ぁよ」
働かされることを全力で拒否するタリヤにカザクは失笑した。笑いながら呟く。
「俺が言ってるのは、そういうことじゃないんだが……」
「……じゃあ、何?」
カザクはまたタリヤに片手を伸ばした。だが今度は、ためらうように指が止まる。
いつも静かなカザクの瞳がわずかに揺らいでいるように思えて、タリヤは目を伏せた。なんだか落ち着かなかった。
そういうことではないと言われている意味はなんとなくわかる気がする。でもどうすればいいのか、わからない。
迂闊なことを言って今の二人が壊れてしまうのが、怖い。
「まあ、そういうことでもいい。俺達にはどうしたって政治的な価値があるんだからな」
カザクが本当にタリヤに問いたいのは、タリヤの気持ちだ。
だがそれを問うならば自らの気持ちをはっきりさせてからでないと公平ではない。カザクはまだ、それを上手く言葉にできなかった。
仕方がないので公な部分の話をする。
「これまでも十分面倒な立場だった俺達だけど、ここにきて太子妃候補なんて肩書きまで付いてきた。これで娘を妃にねじ込みたがってた連中から総スカン確定だ」
「うわ」
「あの王妃め、くだらないことを思いつく」
忌々しげにカザクは舌打ちした。
「シルを狙ったのは、俺やタリヤに揺さぶりをかけたい誰かだろう」
「……ただ可愛い女の子だから、なんてわけはないもんね。わかってる」
彼ら魔導師達に反感を持つ人間。それはつまり、マルキムと対立する者。
その心当たりはいくらでもあるが、誰もが高位の者だった。特定することはできないだろう。
おかげでカザクは苛ついていた。
タリヤを守るのはもちろん自分だ。そしてタリヤがシルを愛しているなら、シルもまた自分が守るべきものなのだ。
「王宮に入る気がないなら、自分達で身を守らなきゃならないぞ」
「……王宮に行く気なんて、ない」
タリヤはできるだけ意味を込めて答えた。
カザクがうなずく。できるだけ、意味を込めて。
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