はらって、せんぱい。

からいれたす。

はらって、せんぱい。

「せんぱい、起きて下さい」

「うん、なんだ。寝たばっかりなんだ……よ、おぉぉ?」

 目の前に、透明なアホの子がいた。なに言ってるんだオレ。


「あ、反応しました。私が見えますか?」

「どうした、いつの間にウチに入った。あとどうして半透明なんだ?」

 ちょっと後ろが見えてんぞ。 


「いや、帰りに事故に会いまして」

「一大事じゃないか?」

 サラッとなんか言ってるんだが。


「気がついたら先輩にくっついて離れられなくなってました」

「取り憑かれてんじゃね、オレ」


 これが昨夜のこと。


 で、今日、出社したらこいつの話で持ちきりだった。でもこいつは平常運転すぎて実感がわかない。お化け? になっても変わらずに、くるくる表情が変わってよく笑うヤツだ。


 だた、出社するなり部長に声をかけられた。


月尾つきおくん、ちょっといいかしら?」

「はい、部長なんでしょう」


「先輩、部長のどこ見てるんですか~?」

 うるせーな、だまってろよ。話に集中できないから。それでも脇からボソボソと言われるので、こっそりとツッコミだけをいれておく。


「先輩っていおっぱい好きですよね。もうおっぱいって呼んでもいいですよね?」

「まて、平板へいばんにアクセントを代えて先輩っぽく読んでもおっぱいにしかならねぇゾ」


「またまた嬉しいくせに、おっぱい、せんぱい、胸いっぱい」

「韻を踏むんじゃねぇ」


「胸いっぱいってハーレムですよねぇ」

「おまえ、脳がんでるだろう?」

 その発想はねぇよ。


「私、なんだか、せんぱいって言葉がえっちな気がしてきました!」

「うるせぇなぁ。おっぱいが好きなのは認めるけど、自分がなりたいわけじゃねーんだよ」

 あとえっちな濡れ衣やめろ。


「認めちゃった。へんぱい」

「変な言葉作るな!」

 混ぜるな変態。



「ところで~~君は~~、どうして私の胸の前ででぼそぼそ言ってるのかしら」

「あ、ぶ、部長。なんでもないです」


「あなたの趣味は否定しないけれども、度を超えるとセクハラになるわよ」

「すいません」


「まぁいいわ。それで取附とりつきさんの葬儀の件お願いね」

「あ、はい」


 まったく、なにを話されたのかほとんど聞けなかったじゃないか。


「ふふ、でも先輩の声は聞かれちゃってますね」

「お前のせいだろうがぁ」

 ニヤニヤすんな。その目もやめろ。まったく。


「人のせいにしちゃ駄目です、めっ」

 うぜえぇ。


「おい、アホ後輩、いつものノリで話しかけるんじゃねぇ。不審がられただろうが」

「なにを言ってるんですか、私たちは結婚しているんだから、このノリはかわりませんって」

「いや、してないからな」


「もう魂が蕩けあってるから、結婚みたいなものですよ」

 はて、結婚とは。


「とりあえず、明日お寺でお祓い……お経あげて貰うから、安らかにいっとけ」

「うわ、へんぱいってば、いけず~。お祓いっていいかけましたよね?」

「その呼び方定着しちゃうのかよ……」


「私の胸が慎ましいから要らないなんて、ひどいですよぅ」

「そうじゃねぇぇぇ」

 外聞が悪すぎんだろうが。


  ◆ ◆ ◆ 


「お経での除霊は効果がなかったなぁ」

「へっへ~ん。まったく効かないですよ~」


「おまえ、悪霊だろう? ふわふわしやがって!」

「先輩の声以外聞く気がありませんもん。私の耳に念仏ですよぅ」

 こいつ面倒くさい。


「そもそも読経してる坊主の鼻を摘んでやるなよ。急に声が変になって葬儀中に必死に笑いを堪えるオレの立場を考えろ!」


「へんぱいの笑いの沸点が低すぎるのがいけないんですぅ」

「鼻濁音連発のお経なんてギャグなんだよ!」


「私的には木魚のリズムでロボットダンスのほうが良く出来たとおもうんですけど」

「あほ。坊主のワキでわちゃわちゃしやがって、まったく悲しい気分にならねぇわ」


「まぁ、葬式なんて残った人の気持を切り替える儀式ですから」

「身も蓋もねぇな。成仏用のお布施がたりなかったか」


「こうやって人は宗教に傾倒していくのですね」

「そんなわけあるか。ばーか、ばーか、このちっぱいめ」


「人の身体的特徴をからかうのは駄目なんですよ。めっ」

「めっ、ぢゃねぇーーーー」

 あーもー。どうにかしろよ、神様!


「しかたねぇ。帰りに神社でお神酒と塩貰って帰るか」

「あ、へんぱいったら祓う気まんまんですね」


「オレのプライベート防衛戦だからな」

「夫婦間に隠し事はなしですよぅ」


「墓石に赤文字で名前を掘られるような関係じゃねぇからな」

「またぁ~照れちゃって! 先輩は現し世うつしよ、私は幽世かくりよの違いはありますけどー」

 おい、なに指先を合わせてもじもじしてるんだよ!


「その違いはでっかすぎないか?」

「細かいことは気にしないですよぅ」

 大物か!?


 とりあえず、今日はもう手がないので、スーパーでつまみでもかって、対策でも考えながら飲むべ。たまにはお化けと飲む日も悪くないよな。


「ところで、ワインが飲めないへんぱい。なにを買ってるんですか」

「いつまで付いてくるんだよ。ニンニクと聖水と十字架だよ」


「おやおや~、私の好きなカマンベールチーズと生ハムにワインですねぇ」

「気のせいだよ」

 目ざといな。まったくよ。


「とりあえず、帰ってきたし飲むぞ、まぁ付き合え」

「なんだかんだで優しいですねぇ」


「まぁお前だって好んでプカプカしてるわけでもないだろうしな」

「へんぱいに付いてるのは居心地いいですけどねー」

 そんなもんなのか?


 そう言って、自分の向いに配置したグラスに後輩の好きだったワインを注いでやる。それからしばらく、くだらない会話をして過ごす。


 よく一緒にメシを食いに行ったり、飲みに行ったけど、話のネタは尽きないんだよな。それでも会話は少なくなり、途切れた頃。


「じゃ、そろそろそっちのお神酒とお塩を味見させてください」

「いいのか? 俺が用意してはいるが、正直後ろめたさもある」


「まぁ中途半端ですし、先輩優しかったですから、少しだけ同棲もできたし」


「いつかそっちにくよ」

「ふふっ、嘘でも嬉しいですね。しばらく来ないでいいですよ」


 それから、彼女に塩とお神酒をふりかけてやる。


「ぎゃ~~~~ぁぁぁあああぁぁぁ~って、言ってみたり?」

「なんでびくともしないんだよ」

 ぴんぴんしてやがるんですけど。


「私、もともと神社の娘ですし。塩をつまみにお神酒飲んでたんですよぅ」

「なんだ漢だな。それとこのお神酒と塩で祓えないのは関係があるのか?」

「耐性できちゃってるみたいです」


「あほか! 悪霊退散!」

「ちょ、ニンニク投げないでくださいよぅ」


「流石にスーパーでは十字架と聖水は売ってなかったけどな」

「なんか吸血鬼と勘違いしてませんか?」


「あーもー。なんかどうでも良くなってきたわ」


「とりあえず、一緒に記念写真でもしときますか。お祓い失敗記念」

「わーったわーった。くっつくな、いやすり抜けるな」


「じゃ、よろですぅ」

「てかお前、写るのか? いいけどさ。とるぞ」


 カシャ。


 とりあえず、スマホで撮った写真をワキから首をツッコんで覗き込んでくる。


「酔っぱらいの得意技の手ブレですね」

「そんなに酔ってねぇ」


「じゃあ。いつの間に残像とか使えるようになったんですか?」

「お前が微妙に重なるものだから、ブレた写真みたいに映るんだよ!」


「へー」

「へーじゃねぇ。写真の顔が認識できないだろうが!」


「次いこう次。ポーズはこれでどうかな?」

「シャツの腹のところに顔だけ出すな」


「えーケチだな。今しかできない夢のコラボですよ。秘技彼シャツ貫通」

「とてつもなく印象が悪いゾ」

 てか貫通されるのはちょっと居心地が悪い。


 それから。


「へんぱい、私ひとつだけ除霊の方法思いつきました」

「なにその自己提案型」


「今だからこそいうんですけど、私、先輩のこと好きなんですよ」

「さらっと言ってきたな」


「うへへ。ビックリしました?」

「びっくりもしたけど、お化けに告られて途方に暮れてるのもある。というかだ、そんなのふよふよ浮かぶ前に言ってこいよ」


「いやー。体があったら心臓がバクバクしちゃってだめですよぅ」

「想像できない理由だったわ」


「肉体というくびきから解き放たれたことによって可能になりました」

「ましたじゃねーよ」


「で、ですね。心残りといいますか。へんぱいとちゅ~したら成仏できるかもです」

「いや、おれもお前のことは憎からずおもっていたが……まぁ、するか」


 目をつぶるお化け後輩に唇を重ねた。


 結局。


「へんぱい大変です。閉じた唇にベロが貫通しますよ」

「おい、成仏してねーじゃねぇか! てかなにしてるんだよ!」

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