神在月
エイドリアン モンク
神在月
「神無月」この地では「神在月」と呼ばれるこの時期、全国各地から神が集まり会議をする。本殿からは、集まった神たちが宴会をしているにぎやかな声が聞こえてくる。
そんな声を背にして、俺は山のような書類を抱えて廊下を歩いていた。
「あー、ちょっと君」
呼び止められて振り返ると、小柄で長いひげを生やした老人が立っていた。
「いかがされましたか?」
俺は書類を置いた。書類を抱えたまま話すのは、あまりに失礼な相手だ。老人はこの神社に祭られている神様だ。
「悪いがこの書類も一緒に持って行ってくれ」
神様は俺が置いた書類の山に、書類を一枚乗せた。
「承知しました」
誰かが冗談でも言ったのか、本殿から大きな笑い声がした。
「あの席に加われなくて、腐っているんじゃないか?」
「・・・・・・そんなことはありません」
「それならいいがな。こういう下積みの仕事が将来役に立つんだ。捨てる神あれば拾う神あり。そう思って頑張りなさい、若者よ」
「ありがとうございます」
神様は笑いながら去っていった。あの人が言うと、洒落なのか本気で言っているのか分からない。俺は書類を抱え直して、仕事場に向かった。
俺の仕事場は、歴史あるこの建物の一番端にある。ここにはほとんど誰も来ない、忘れられた場所だ。戻ると、俺の同期がパソコンの画面を憂鬱そうに見ていた。俺の部署は、彼女と二人だけだ。
「これ、追加分」
書類を机の上に置いた。
「そんなにあるの」
「まだまだ追加があるぞ」
「ほんと、神も仏もないわね」
俺たちは神様……の見習いだ。将来、神様の仕事を担うべく、今は修行もかねて様々な雑用をこなしている。
そう、全てのことを神様たちがやっていると思ったら大間違いだ。神様とて万能じゃない。それに、神様が賽銭を数える姿を想像したら、ありがたみが半減するだろう?
神様がやるべき仕事のほとんどを、俺たちみたいな見習いが必死でこなしている。
神様達は仕事の最後のほんの一部分、一番華やかで神々しいところだけをやる。
俺たちみたいに裏で働く存在がいるおかげで、何とかこの世界は回っている。その点では、人間の世界とあまり変わりが無いのかもしれない。
俺たちが今やっているのは、神様たちが話し合って決めた、縁結びの事後調査だ。俺の抱えてきた書類には、全国の神社から集められた縁結びの進捗状況が書かれている。それをまとめて、データベースをつくる。神の世界でも、統計やデータが用いられる。
最近、縁結びの結果は芳しくない。神様たちが決めた縁組は、現在半分くらいしか結ばれていない。当然、神社に縁結びをお願いに来た人たちは、何の進展のないことに腹を立てている。この状態が続くと長期的には参拝者が減る可能性がある。そうなれば経営……いや、神と人間の世界の関係に危機が生じる。
「ようやくネットのチャックが終わったのに……」
彼女が言った。最近では、ネット上のソーシャルメディアで書かれた内容も調査するようになった。
「みんな、どんなこと書き込んでるの?」
「ほとんどが苦情。神社でお賽銭をあげててお祈りまでしたのに、全然、縁が無いって。特に女性からの苦情が多いわ」
「不思議だよな。神様たちは人数分、ちゃんと縁を用意しているんだろう?」
「でも、結ばれるかどうかは最終的に本人たちが決めるものでしょ?最近は、草食系男子が多いからなかなかうまくいかないのよ」
「時代かねえ……」
「なんで、最近の男子は恋愛に消極的なの?」
「別に女子からアプローチしてもいいんじゃないの?男女平等の社会なんだし」
「いまここで社会学の議論をしてもしょうがないでしょ?で、草食系男子としてはどうしてだと思う?」
「俺は草食系じゃない」
「草食系日本代表みたいなもんじゃない」
そんなこと……あるかもしれない。
「……俺にもよく分からない」
旗色が悪くなってきたので、話を打ち切り、彼女の前に書類を半分置いた。
「はい、半分こ」
「えー、私はネットのチェックやったんだよ。少しは減らしてよ」
「昨日、俺がそう言ったときは減らしてくれなかっただろう?」
俺は書類に目を通し始めた。
「こういうのも、データで送ってくれたら処理が楽なのにな。なんでいまだに紙にこだわるかね」
「同感。この前、上に掛け合ったんでしょ?どうだったの?」
「これは各神社の神様に判子を押してもらわないといけない書類だからダメだってさ」
「うわ、時代遅れ」
「上役曰く、俺たち世代はなんでもデジタル化で楽をしているように見えるんだと。『俺が若いころは』と、うんたらかんたら言っていたよ」
「そうですか……」
彼女が大きなため息をついた。
「私たち、いつまでこんな仕事をするんだろう?」
雑用の仕事も色々だ。神様の付き人をする仕事、賽銭やお供え物の管理をする仕事など、華やかなものもある。
今だってそうだ。こうして俺たちが山のような書類と格闘している一方で、選ばれた見習いたちは、この地にやって来た神たちの先導や接待をしている。
そうした仕事を経験して実力を認められた候補は、エリートコースの道を歩む。将来、全国各地の有名神社の神様になることが約束される。
エリートコースから外れたから見習は、俺たちの上役みたいに大きな神社で見習いのまとめ役をするか、たわしか何かの付喪神、良くて離島の誰も来ないような神社に行くことが命じられる。神の世界も格差社会なのだ。
「私たちはあけても暮れてもこんな仕事じゃない」
「そうだな」
俺は書類に目を通しながら答えた。
「結局、私昨日の夜も寝てないのよ」
彼女は文句も言うけど、それ以上に仕事をする。
「世間では働き方改革とか言われてるけど……」
「それこそ『神話』さ」
「誰のための労働基準法だろう?」
「少なくとも俺たちのためじゃないな」
「ちょっと……」
彼女がこっちに来て、俺の顔を覗き込んだ。
「適当に受け流してるでしょ?」
「ばれかた」
デコピンをされた。
「痛い」
「罰が当たったのよ」
でこをさすった。
「でも、俺たちの仕事だって、悪いことばかりじゃないと思うぜ」
手元の書類を、彼女に渡した。書類には、ある夫婦の事が書かれていた。夫婦には子どもが二人いるらしい。
「この二人は、縁結びが叶って、結婚して子宝にも恵まれたんだって」
書類には、二人のなれそめが事細かく書かれている。
「ロマンチックね」
「苦情の方が圧倒的に多いけどさ、たまにはこういう嬉しい報告もあるんだよ。それを真っ先に見られるんだから、この仕事も悪くないと思うけどな」
「あんたって、欲がないのね」
「前向きな性格だと言ってもらいたいね
おどけて言った俺の言葉に、彼女がクスリと笑った。
「あー、私にも縁が来ないかな」
「仕事が終わらないうちは無理だな」
再び俺たちは黙って黙々と作業を進めた。
いよいよ最後の書類だった。気が付けば窓の外は薄っすらと明るくなっていた。これは、廊下で会った神に渡された書類だ。書類は、縁結びの決定通知書だった。
なんだ、俺たちの部署の仕事ではないじゃないか。
一体誰の縁結びだ?名前を見ると、俺と彼女の名前が書かれていた。
「どうしたの?急に固まって」
あくび交じりに伸びをしながら彼女が言った。
何と答えたらいいか分からなくなった。
「何の書類だったの?」
仕方なく、そのまま書類を彼女に渡した。
「えっ、これって」
彼女が書類と俺を交互に見た。
「無理無理、何の冗談?」
彼女は大笑いした。
「上の神様たちも、何考えてるのかな?こんな冗談、あり得ないよね……」
俺も一緒に笑おうとして、やめた。
ずっと前から機会をうかがっていたんだ。これも縁だ。
「なんで?」
俺は首をかしげた。
「俺は、あり得なくないと思うけど?」
真顔で答えた。イメージの中の自分は、もう少しカッコいいことが言えていたのに、実際は言葉が出て来ない。それでも、もう少しましな言い方ができないものかと、自分で自分に呆れてしまう。やはり俺は草食系だ。
彼女はどぎまぎする姿を見るのは初めてだ。でも、悪くない。
確信はない。でも、彼女も俺を嫌っていないのは確かだ……と思う。
彼女も心を決めたらしい。
「そうね……神様の見習が習わしを破るわけにもいかないし……」
なんとも色気もロマンもない、神の世界の恋バナだ。
神在月 エイドリアン モンク @Hannibal
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