美少女テイマ-は桃色スライムから逃げ出したい
おしゃかしゃまま
第1話 美少女テイマ-は桃色スライムから逃げ出したい!!
「はぁ……はぁ……まっ……って……」
「ダーメ」
息づかいの荒い少女の声と、くちゅくちゅと音を立てる粘液の音。
少女の名前はウェイブ。
あらゆる魔物を使役する美少女天才テイマー。
彼女が今行っていること。
「まっ、って。お願いだから……」
「ダメダメ。ほら、逃げないで……」
それは、もちろん。
「逃げるに決まっているでしょうが!!」
逃走だった。
ウェイブの後ろを、ピンク色の巨大なスライムが追いかけている。
「なんでー? ご主人様のこと、モモはこんなにも大好きなのにー?」
「大好きだからって追いかけていいわけじゃないのよ!」
ピンク色のスライムの顔が、膨れる。
「ひどい! ご主人様がモモをこんな風にしたくせに! 責任とって!」
「そんな風にした覚えはない!」
きっかけは、一時間前にさかのぼる。
ウェイブは、新しい仲間を求めて草原にやってきていた。
そして、そこで、桃色のスライムを見つけたのだ。
桃色のスライムは明らかに弱っていたので、ウェイブは持っていた回復薬を与えてみた。
すると、桃色のスライムは元気になったのだが、なぜか巨大化もした。
さらにテイムまで完了し、異様なほどになついてしまった。
結果として、ウェイブは仲間になった桃色のスライム、モモに追いかけられることになったのだ。
「まってまって、ご主人様ー」
「いやぁあああああああ!?」
優秀なテイマーであるウェイブは、身体能力も高いのだが、それでも限界がある。
一時間走り続けて、ウェイブの足はもう動かなくなっていた。
「……あ」
小石につまづいて、ウェイブは倒れてしまう。
そのウェイブに、周囲のモノを飲み込みながら大きくなったモモが取り囲むように近づいてくる。
「うふふふ……もう逃げられないね」
町の宿屋よりも大きいモモが、うれしそうに微笑む。
「ひぃ……」
がばっと大きく開いたモモが、そのままウェイブ包み込もうとする。
「ご主人様……」
(……食べられる……!)
恐怖で目をつぶったウェイブは、しばらく待っても何も起きないことを不思議に思って目を開けた。
すると、光の壁がウェイブの周りを覆っていた。
「なに、これー?」
モモが光の壁を壊そうとするが、光の壁はモモの体を通さない。
『……間に合いましたね』
どこからか、神秘的な声が聞こえてきた。
「え……だれ?」
『私は人と魔物をつなぐ、テイマーの神ターナー。ウェイブ。私はあなたをずっと見守っていたのです』
「タ、ターナー様?」
テイマーの神、ターナーのことはウェイブも知っていた。
魔物と人の争いを憂い、常に涙を流している優しい神様だ。
美少女天才テイマーであるウェイブは、もちろんターナーのことが好きである。
(……イケメンだからね!)
優しい神であるターナーは、肖像画を作られることも多い。
そのどれもが綺麗で、ウェイブはターナーの絵を集めることが趣味だった。
ウェイブがテイマーを目指したのは、ターナーの肖像画の美しさが要因の一つである。
あこがれの存在が自分を守ってくれたことにウェイブが感動している間に、ターナーはモモにも話しかけた。
『荒ぶるスライムよ……あなたも冷静になりなさい』
「うるさいなぁ。なに、この変な声。私とご主人さまとの時間をジャマしないでー」
『へ、変な声? ん、ん。変な声ではなく、私はターナー。スライムよ。その体格では、下手なことをするとあなたが慕うご主人様まで傷つけてしまいますよ? だから、落ち着きなさい』
「傷つける? なに言っているの? 私はご主人様を傷つけたりしないよ」
モモは不思議そうに顔を傾ける。
「私はただ、ご主人様に気持ちよくなってほしいだけだよ?」
純粋に、モモはそう言った。
「……」
『……』
「だから、この変な壁、じゃまー」
モモがそういって力を込めると、光の壁がミシミシと音を立て始める。
「ひぃいい!?」
『バ、バカな!?』
ターナーの焦った声に、ウェイブの悲鳴が大きくなる。
「タ、ターナー様! こ、ここれ、大丈夫なんでしょうか!?」
『……く。まさか、これほどの強さとは……しょうがありません。どうやら私も本気を出すしかないようですね』
覚悟を決めたようなターナーの声に、ウェイブは慌てる。
「ほ、本気とは? もしかして、ターナー様の御身に何か……」
『心配しないでください……ただ、私がその世界に現界するだけということです』
「現界!?」
つまり、神様が人間の世界にやってくるということだ。
『といっても、私の体を模した分身を送り込むだけですが……』
「ターナー様の分身?」
ごくりとウェイブののどが鳴る。
肖像画を書かれることが多いターナーだが、本当の姿を見た者はいない。
ターナーの逸話や、まれに聞こえてくる神託の声から、イメージで書かれているだけなのだ。
「つまり、ターナー様の御身を見られる?」
『ふふ……そんなに期待するようなモノではないですよ……』
淡い光の粉が、光の壁とウェイブの間に流れていく。
『はぁ!』
光の粉が人型を形成したかと思うと、強烈な光が周囲を照らした。
光の衝撃で、モモの体が弾かれる。
「いたいー」
「まぶしい……!」
ウェイブは目を閉じる。
しばらくすると、強烈な光から徐々に視界が回復してきた。
「もう、大丈夫ですよ」
「ターナー様……」
優しい声が聞こえた。
ゆっくりと、ウェイブは目を開ける。
そこにいたのは、小太りのおっさんだった。
小太りのおっさんが、言う。
「私が、ターナーです」
「おっさんじゃねーか!!」
ウェイブの絶叫が響いた。
「お、おっさん! え、ターナー様はどこ!?」
「……私が、ターナーです」
「だから、おっさんじゃねーか!!!」
ウェイブは泣いた。
肖像画に書かれている美青年とは似ても似つかない、おっさんがターナーの正体だった。
これまで積み上げてきたイメージが、ガラガラと崩れていく。
力なくうなだれているウェイブを見て、ターナーはつぶやく。
「そんな……泣くほど喜んでくれるなんて、照れますね」
「照れじゃないんだよ!」
テヘペロとするおっさんに、殺意しかわかない。
そんなことをしている間に、光の衝撃から覚めたモモが体を広げていく。
「うう……おじさん、ジャマだよー」
「させません!」
おじさんこと、ターナーが手を広げると、モモの体が弾かれる。
おっさんの見た目でも、神様の力はあるようだ。
「さぁ、ウェイブさん! 逃げますよ!」
「……うん」
完全にテンションが下がったウェイブは力なくうなずく。
歩き出したウェイブをかばうように、ターナーはモモを前にして手を広げた。
「私が相手をしますよ! スライムさん!」
「むむむ……ジャマをするなー!!」
モモがターナーに襲いかかるが、ターナーの神様の力で弾かれる。
「ぬぬぬぬ! やりますね!」
「むむむむ!」
ギリギリとお互いの力が拮抗する。
「しかし! 私は負けない!」
「むむむむむー!!」
お互いが全力を出そうとしたときだ。
「うぎゃぁああああああああ!?」
突然、ターナーに雷が落ちた。
「……え? 何が?」
走り出して、モモから距離をとれたウェイブが不思議そうに雷が落ちたターナーをみる。
ターナーは丸焦げになっていた。
何が起きたのかわからなくて首を傾げているウェイブに不思議な声が聞こえてくる。
『私は、愛と花の女神、リリア』
「今度はリリア様!?」
リリアのことも、ウェイブは知っていた。
とても綺麗な女神様である。
『危ないところでしたね。ウェイブ。私は貴方を見守っていました』
「危ない……?」
確かに推しであるターナーが小太りのおっさんで、色々危機ではあったが、何かおかしい。
「あの、危ないとは?」
『美しい貴女と、美しいあの子の間に、あのような汚らわしいおっさんが挟まるなんて、許されない』
「……はい?」
リリアが何を言っているのか、ウェイブはマジでわからなかった。
『美しきモノの間に挟まるモノは、全て排除を! 当然だよなぁ!!』
「何を言っているんですか!? リリア様!」
「ご主人様!」
リリアの言葉に困惑している間に、モモがウェイブに迫っていた。
「ひぃ!?」
ウェイブは慌てて逃げ出す。
「あはは! 待ってよご主人様!」
『さあ! 行くのです! そして美しい光景を私に見せるのです!』
「この女神! 敵かよ!」
ウェイブは叫けびながら全力で駆けだしていく。
『……ウェイブよ! 私を呼び出しなさい!』
すると、先ほど雷に打たれたはずのターナーの声が聞こえてきた。
「ターナー様!? 無事だったのですか!?」
『先ほどのは私の分身です。今度こそ、私が止めてみせます』
「わかりました! ターナー様! 助けてください!」
光の粒が人型となって落ちてくる。
「参上!」
「やっぱりおっさんだ!」
小太りのおっさんが、ウェイブとモモの間に立ちふさがる。
「さぁ! 私が相手……ぎゃぁあああああああああ!?」
そして、雷が落ちた。
『間に挟まるんじゃねー!』
ターナーが丸焦げになっている。
「速攻でやられているじゃないわよ!」
ウェイブは走り出す。
こうして、天才美少女テイマーと、巨大なスライムと、おっさんの神様と百合の間に挟まるおっさんをゆるさない女神の、壮絶な逃走劇が開始したのだった。
美少女テイマ-は桃色スライムから逃げ出したい おしゃかしゃまま @osyakasyamama
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