第5話 私は、あなたを選びたい その3

 衝撃の初対面&初ご飯を済ませた後、ケビンさんはご自宅まで私たちを連れてきてくれた。ダイヤモンドヘッドの近くにある、高級住宅街の一軒家とは聞いていたが、家の大きさは、私の想像を遥かに超えていた。

「こちらに来て早々、孫がすまんね」

 リビングのソファに、私とケビンさんだけが座っている。樹さんは、着いて早々、マナちゃんに連行されてしまった。

「元気なお孫さんですね」

「死んだ妻と娘に似てるんだよ。ガハハハ」

 あなたにも似てると思います、という言葉を唾と一緒に飲み込んだ。

「本当は、イツキと2人きりがよかっただろう?何だかすまないね」

「いえいえ!そんな!お構いなく!」

 ここで私は思い出した。

「実は、お土産を買ってきたので……」

「お、日本のか。それはいいな」

 もともと知り合いの男性と聞いていたので、いい日本酒を買っていたのだ。

 マナちゃん用の土産も、ケビンさんに渡そうとするが


「君から直接渡してくれないか。マナは君の大ファンなんだ」

「それなんですけど……どう言うことなんでしょう?」

「君、SNSで写真投稿してるでしょ」

「何でそれを……」

「イツキから聞いているよ」

「えっ……!?」

「随分と相談に乗ってきたからねぇ……ガハハ」

 一体、何を知られているのだろう、怖すぎる。

「それで、君のSNSもイツキに教えてもらったんだよ」

「何で!?」

「マナが好きそうな画像がいっぱいあるからって。それを見せてやったら……ああなった」

「ああ……とは?」

「君のアカウントの大ファンになっちゃって、それからすっかりSNS中毒だ。今や動画の方も覚えて……」

「な、何かすみません……」

 身に覚えのないこととは言え、なんだか居た堪れない気持ちになった。

「謝るのはむしろこちらの方だよ」

 とケビンさんが言い始めた。

「イツキから聞いた。君が、彼とマナの繋がりを知ったと」

「はい……」

 きっかけは、交通事故みたいなものだったけれど。

「もし、マナが近くにいると辛くなるなら、ホテルを取ってあげようかとも思っていたが」

「いえいえ!大丈夫です!」

「そうかい?」

「はい!」

 それから、少しの間静寂が流れてからケビンさんは、ふっと顔を下に向け、ぼそりと呟いた。

「君は……いい子だね」

「え?」

「イツキが、君にゾッコンになるのも、わかる気がするよ」

「ぞっ……こん!?」

「普通の女性なら、他の女性が産んだ子供など、受け入れるのは難しいだろう」

「それは……」

 もしも、私が普通だったなら、そうだったかもしれない。けれど私のどこが一般的なのだと言うのだろう。

「違いますよ」

 樹さんには言えなかった本音。この人には、言える気がした。

 もともと、自分は、樹さんに好かれるような人間ではない。それどころか、男性と付き合うという奇跡が、私なんかに起きるはずはない。未だに、樹さんが、何故自分を好いてくれるのかは分からない。それでも、こんな自分に対して、樹さんはいつも優しくしてくれる。

嬉しい言葉をかけてくれる。それだけで、とてもありがたいし、むしろ申し訳ない。

 いつかは、樹さんは私に愛想尽かしてどこかへ消えてしまうかもしれない。その時に、どうやったら1人でまた生きていけるようになるかを、考えない日はなかった。1日も。

 そのようなことを、ぽつりぽつりと、自分の過去のことも交えながら言った。

「そうか」

 私が全てを話し終えてからケビンさんは私の手を握ってくれた。樹さんが私を握るのとは、少し違う力の入れ方だった。


 ケビンさんの手の温かさが、私の心に染み渡る。だからだろうか。私の口は、いつもよりずっと滑らかになっていた。

「マナちゃんのことは……」

 私は、聞かれてもいないことまで、話し始めてしまった。

「むしろ私、40歳で、この体型なので……おこがましいかもしれませんが、樹さんの子供をちゃんと産んであげることはできないんだろうなって……思ってるんです。だから、あんなにかっこよくて、頭も良い人の遺伝子を、マナちゃんが受け継いでくれたんだから、世の中が喜びますよ!すごく、良いことじゃないですか!立派な社会貢献を、樹さんはしてくれたんです!」

 ペラペラと、まあよくしゃべるな、と自分で思ってしまった。推しの俳優や歌手が結婚した時にSNSで呟かれたファンの人たちの言葉を、そのまま引用した。当時はわざわざそんな言葉を使わなくてもと思っていたが、今なら分かる。社会貢献、という言葉を使い、自分の心を落ち着かせようと、彼らが努力をしていたということを。

「だから、私なんかが、マナちゃんに何かを思うことはなくてですね、マナちゃんの方が私を嫌いになる可能性が」

「ユーカさん」

 ケビンさんが、私の話を止めようとする。だけど、私の口は、止まらない。

「推しの人の子供は尊いというか、愛でたいと言いますか……」

「ユーカさん」

「それに、樹さんとマナちゃんが本当の主役で、私はぽっと出の脇役と言いますか……そんな立ち位置でもお2人の人生に関わらせていただいたことの方が、とても貴重で……」

「ユーカさん!!」

 ケビンさんが急に大声をあげた。びっくりした私の口が、ようやく大人しくなった。

「私の話を、聞きなさい」

 それから、ケビンさんは、私の頭を撫でてきた。樹さんの撫で方によく似ていた。

「君は、イツキに……怒っていいんだ」

「怒っていい……とは?」

 この人は、急に何を言い出すのだろう、と思った。

「……私なんか……怒る資格なんて……」

 そもそも、何に怒る必要があると言うのか、とも思った。私が本気で戸惑っていると、ケビンが寂しそうに目を細めた。

「イツキが、少し可哀想になってくるよ」

「可哀想……?」

 何が、どうして、樹さんが可哀想という結論になるのだろう。頭の中で、はてなマークが踊っている。私の状態を、誰かに漫画のコマにでもして欲しい。そうすれば、ケビンさんにも私の動揺が伝わるはずだから。

「少し長い話になりそうだ、ちょっと待ってて」

 そう言うと、ケビンさんはリビングから早足で出ていった。

 私は、取り残された迷子の子供のような心境になり、だらだらと汗をかいていた。それから、ほんの5分後に、ケビンは戻ってきた。

 手には、写真立て。私の目の前に置かれたそれに写っていたのは、家族写真。ケビンさんと、明らかに日本人と分かる女性、そしてマナちゃんによく似た、ぽっちゃり体型の美女。

 これが、ケビンさんの家族写真であることは、どんなに鈍くても分かる。さらに、このぽっちゃり美女が、樹さんの子供を産んだということも。

 それからケビンさんから、色々な話を聞いた。

 彼が若い頃、日本からの観光客としてハワイに訪れていた女性に一目惚れして、結婚することができたこと。

 彼らの間にマオさんという名前の娘さんが生まれて、とても幸せだったということ。

彼の奥様は、マオさんが成人してすぐ、重い病にかかり、亡くなってしまったこと。

マオさんもまた、30代半ばで奥様と同じ病にかかり、41歳という年齢で亡くなってしまったこと。

 そして、マオさんはずっと、ケビンさんを1人にしておくことを申し訳ないと思っており、命のタイムリミットが迫っていた中で、やむを得ず樹さんを利用せざるを得なかったこと。

 マオさんがマナちゃんを産んだのも……41歳。

そしてマナちゃんのミドルネームは、マオさんの希望通り、彼の奥様の名前がつけられたらしい。

 話してもらった時間は、30分にも満たない。だけど、ケビンさんの話は私を泣かせるのには十分だった。

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