第1話 人生最後のデートだと思っていたのに その1
「森山さん。ちょっといい?」
何の前触れもなくリモートワークで使っているチャットツールで話しかけてきたのは、佐野美夜子さん。
ファッション雑誌から抜け出たような、整った顔立ちとスタイルを持っているため、とにかく社内外関係なく男性人気が高いのだ。ものすごく。
彼女に恋焦がれる男性社員達が、いつのまにか抜け駆け禁止のファンクラブを作っていた……という話も聞いたことがある。
そんな佐野さんと私は、ほとんど話したことはない。
オフラインでも、オンラインでも。
(佐野さんが私なんかに話しかけるなんて、珍しい)
私は今、派遣のWEBデザイナーとして働いている。
すでに2年目に突入しており、派遣3年ルール適用まで1年切っている。
私の契約は有期雇用。このタイプは同じ部署で派遣として働けるのは3年だけ。その後も同じ部署で働くには、正社員・契約社員・無期雇用派遣社員など、雇用形態を切り替えてもらう必要がある。つまり。上の人に何らかの形で気に入ってもらい、必要とされなくてはいけない、ということだ。
これまでのことを考えると、おそらく1年後には、この会社には私はいないだろう。心のどこかで、この切り替えはないだろう、と諦めている。
大学は自分でやりたいことを無理にでも選ばされる。自主性が、重んじられるから。
けれど企業には、そんなものはいらない。企業にとって都合が良い人間しかいらない。そして私は見た目だけで、都合が悪い人間認定をされるという強烈な洗礼を受けることになる。
1番見た目に気遣った時期は大学生時代。
お小遣いではなく、アルバイトという形で自分が好きに使えるお金を手に入れた私は、それまでは見向きもできなかったファッション雑誌を手にしてみた。
デパートで1個4,000円もするリップや30,000円のフレアワンピースは、私を普通の女の子にしてくれると思っていた。
もちろん雑誌に載るモデルや女優のようになれるとは思ってはいない。せめて街中でよく見かける「ちょっとおしゃれな女の子」くらいにはなりたいと思った。
当時買っていた服のサイズは、見栄をはってのMサイズ。
服によってはキツくて、1回で着るのをやめてしまったものもあった。1着5万円の服を破った時は、さすがに泣いた。
このように、普通のおしゃれ女子を目指してお金を注ぎ込んだ私は、普通の女子らしく、を意識した就職活動を始めた。
その就職活動の時こそ、「それ」が顕著に現れた。
最初は、エントリーシート。書類が一向に通らない。書いていた内容が合わないのだろうかと、最初はエントリーシートの書き方を本屋で買い漁り真似したこともあった。それでも落ちた。
似たような結果の友達もいたが、とんとん拍子に最終面接まで行く友達もいた。何が違うのか、本気で悩んだ。エントリーシートに書いてあるようなエピソードは大体一緒だというのに。
容姿が理由だと気付いたのは、似たような結果だった友達が急に成果を出し始めた時。「どうやったのか」と友人に聞くと「エントリーシートの写真をほんの少し加工してもらった」と言われた。
たったそれだけ。されどそれだけで、あっさり通過した。エントリーシートで書いた内容は全然変わってないというのに。
次にそれが現れたのは面接。面接官は皆、私と年齢はさほど変わらないであろう、イケメン美女が出てきた。迫力に圧倒された。自分は数年後にこうなれるのか、と夢さえ見た。
しかしその夢も、お祈りメールであっという間に崩れ去る。親指で操作をして、ほんの一瞬で天国から地獄へと真っ逆さま。
繰り返していく中、その痛みにも慣れていった。どうにか必死になって、自分を作り込み、選考を進めることができるようになった。
それでも、最後の最後でもう一度、それにぶち当たってしまう。
1つ、奇跡的に相性が良いと思える企業があり、とんとん拍子に最終面接までいくことができた。
運命の企業があるとはこう言うことかと、テンションが上がった。
一緒に選考を受けている中で、気が合う友達もできた。彼女とは「一緒に内定もらいたいね」とメールや電話で励まし合った。
内定をもらった後に、どんなお祝いをしようか。
我慢していたことをいっぱいしたいね。
ショッピングを楽しみたい。
ドラマや映画を飽きるほど見たい。
テーマパークで1日遊び倒したいし、旅行も良い。
そんなことを、彼女と2人で夜通し語り合った。
けれども、そんな日々は突然、終わりを迎えてしまった。
私の元には、お祈りメールが届いた。そして、友達は内定が出た。友達から直接教えてもらったのではない。友達がやっているSNSに「内定出た!第1志望!」と投稿されたのを見ただけ。
何故私が、という気持ちを抑えて「おめでとう」とメッセージを送った。それ以降、彼女からの連絡はぷっつりと途絶えた。
悩んでいてもしょうがない。
悔やんでいても、何かが変わるわけない。私は思いっきり泣いた後、頑張って就活を仕切り直した。
落ちては受け、落ちてを繰り返し、お祈りメールをもらうのに、耐性もついた卒業直前に、私は念願の内定をもらうことはできた。
比較的有名な企業の名前がついた会社だったので、連絡をもらった時は嬉しかった。家族も、喜んでくれた。
だけど私は、そんな苦労をして入社した会社を、たった2ヶ月で辞めてしまった。理由はパワハラ。
「使えない」
「グズ」
「給料泥棒」
研修中、先輩から延々と言われ続けた。
最初は「自分が悪いんだ」と踏ん張ったが、ある日突然会社に行けなくなった。
「これくらい、新卒なんだから当然だ」
人事部や上司からはそう言われた。けれど結局は、親の勧めで受けた医者から正式にドクターストップがかかった。
診断書を武器にして、私は後先考えずに退職願を出した。
この時の体重は、50キロ。食べられなくなった分、痩せた。それだけは、嬉しかった。
それから、体調が落ち着いてから、就職活動をした。それは冬のこと。
新卒たった2ヶ月でやめた私を雇ってくれるところはない。
「どうしてそれだけで辞めたの?」
「根性ないね」
「うちも無理じゃない?」
新卒面接の時よりずっと厳しい洗礼を、一次面接で受け続けた。
本当なら、就職してから一人暮らしをしたかったので、物件探しも3月から始めていた。だけど、このような状況になったため、急遽取りやめて実家暮らしは継続した。
「今度はいつ就職できるの?」
という家族からのプレッシャーも、日に日に強くなっていった。
この時期になると友人達から、次々と連絡が来るようになった。2回目のボーナス、という大イベントを控えていて、高級ブランド品を買うことや、旅行などの話題で盛り上がっていた。
私のことは、聞かれても答えたくなかった。気を悪くしない話題の逸らし方は、このタイミングで覚えた。
でもやはり、自分だけが置いていかれているようで、焦ってもいた。どうしようと悩んでいると、これまで見ていた求人と全く違う書き方をしている求人を見つけた。
『あなたに合う企業を見つけます。あなたのスキルに合わせて仕事を選べます。スキルアップのサポートも充実しています。さまざまな仕事を経験して、あなただけのキャリアアップをしませんか?』
今までは会社に合わせて、自分を変えることが正しいと考えていた。でも、そうじゃない生き方があるのか……と、新鮮だった。私はすぐに、この求人の連絡先にメールを送った。
企業に人を「派遣」する、というビジネスがあることを、この後すぐに決まった面談の場で、初めて教えてもらった。
自分にできることがあるかもと、大きく期待した。けれどそんなことは夢物語だと、すぐ知った。たった1ヶ月の未経験では、まず仕事にありつけないという現実を突きつけられた。
何日も電話を待った。ただじっと。それだけで、1ヶ月が過ぎた。
クリスマスもお正月も、生きた心地はしなかった。家の雰囲気も、暗く感じた。
ようやく電話が来たと思ったら
「やっぱりなしで」
と言われた。
それを何度も繰り返し、手に入れた仕事は、本当に未経験でもOKということで、すぐにでも働いて欲しい、と言われた。
本当に、嬉しかった。やったー!と心から叫んだ。喜びで叫んだのはいつぶりだっただろうか。
その日は久しぶりに外に出た。桃の花が咲き始めていた時期で、とてもいい香りがした。
書類を整えるだけ。
電話を取るだけ。
社員のお茶を時間になったら入れるだけ。
言葉にすると簡単だけど、それら1つ1つが、社員の仕事を効率化させるのに必要だということを、私は知った。
どうすれば喜んでもらえるか、を毎日考えた。一緒に働く社員は、とてもいい人ばかりだったので、よりこの人達の役に自分も立ちたいと、強く願った。
最初の契約期間は3ヶ月。お互いに特に問題がなければ、また更新をする。働く側が嫌だと思えば、契約が切れたタイミングできっぱり辞めることができる。この辞め方なら、面接の時にも「契約が切れた」と言えばいいから簡単だ、と教わった。最初聞いた時、ありがたいと思った。
今働いている会社ではずっと働きたい。更新されたい。そして社員の人も優しくしてくれる。
「いつもありがとう」
と言ってくれる。
きっと更新されるだろう……と、自信があった。
より自信を確信に近づけたかったので、頑張ってスキルを身につけることにした。この会社の人達に、必要だと、もっともっと、思ってもらいたくて。
仕事も、残業の依頼は断らなかった。
退勤後の時間は、すべて仕事のための勉強をした。その結果、夜起きている時間が長くなってしまい、私の体は糖分を欲した。
気がつけば、体重は65キロを超えていた。
それなのに、契約は更新されなかった。
梅雨に入る前だったその日のことは、忘れられない。
あっさりと電話で
「更新されませんでした」
の一言だけだった
本当に、簡単に切られるんだ、という現実を突きつけられた。その後、最終日までは、何事もなかったかのように振る舞うことで精一杯。ミスもいっぱいした。
そのミスですら、社員の人達は
「気にしないで」
と優しく接してくれた。
「森山さんともっと一緒に働きたかった」
私の最終日にそう言われてしまい、私はもう、苦笑いをするしかできなかった。
「私を選ばなかったのはあなた達の癖に」
と言わないようにするので、精一杯だった。
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