第7話 それから
「行っちゃった……明日から頑張れるかなあ」
はるかはこれ以上泣かないように、天を仰いだ。
自分の気持ちとは真逆の、清々しい秋空が広がっている。
「もう、余計に、泣ける……」
はるかはやっぱり泣き止めずに、ハンカチで顔を覆って下を向いた。今までの生活に戻るだけ、と、自分に言い聞かせる。
すると、フッと視界に陰がさし、急に後ろから抱き締められる。
「え……っ?」
(こ、こんな気分の時に何?痴漢?最悪なんですけれどー!神様の加護は何処へ?!)
はるかが違った意味で、更に泣きそうになっていると。
「……会いたかった……俺の最愛。はるか……俺だ。シンだよ」
「うぇっ?!」
はるかは驚いて、涙が引っ込む。そして身動ぐと、思ったより簡単に腕から離れられた。
自称シンと向かい合う形になったはるかは、息を飲む。
そこには、美しすぎるとしか表現出来ないような男性が立っていた。
「再会が『うぇっ』って。はるからしいけど」
その、美しすぎる男性が楽しそうに笑う。けれど、はるかは半信半疑だ。
「はるか?」
「本当にシンなの?だって、さっき別れたばかりで……」
「ああ。千年前の俺だろ?約束したじゃないか。すぐに迎えに行くって」
言ってた。確かに言っていた。そりゃあ、こんなに短時間で、はるかだって忘れない。忘れないけど、頭と気持ちが追い付かない!!
「言ってた、けど、だって」
「俺は千年待ったよ。……はるかに触れさせて?」
そう言って、はるかの頬に彼の手が触れる。はるかは抵抗できずに佇むしかなかった。
「まだ、信じられない?」
はるかの緊張感が伝わったのか、ふっ、と眉を下げて困った笑顔を向けられる。
「確かに、シンの面影はあるけれど。話し方も少し違うし。……すごく綺麗だから、そうかもしれないけど、でも」
「話し方は千年経てば変わるだろ。ババアはずっとああだが……ああ、そうか、あと、これが足りないか?」
そう言って、彼は耳と、立派な九本の尻尾を出して見せた。それにはるかは慌てる。
「こんな、所で大丈夫なの?見られたら……!」
「大丈夫だ。他の奴には見えなくしている」
ずいぶんと神力が上がったようだ。
「これで分かったよね?はるか、抱き締めてもいい?」
「~~~!ま、待って!」
「何で?昔は……ってか、さっきまで自分から抱き締めて来たじゃないか。まだ信じられない?」
「ちが、違うの!そんな、だって急に大人になって来られても……!」
はるかはドキドキして、心臓が破裂しそうだ。恐るべし、九尾の狐の美しさ……!そりゃ、争いも起きるわ、傾国の美男美女になれるわー!そんな伝承になるのも分かりすぎる!!
「あ、そうか。俺はずっとはるかを見ていたけれど……はるかはそうじゃないもんな」
「え?ずっと?」
「ずっと。俺たちには時間の概念があまりないとはいえ、最愛を待つと悠久の時間に感じたよ。はるかを見守るのは、幸せだったけどね」
「え?」
「困った虫がつく度に、虫除けするのも大変だったよ。はるかは可愛いし優しいから、寄ってくるのは仕方ないけれど」
「………………………………」
「はるか?」
「今までの……全部お前のせいだったんかい!!!」
絶世の美青年におどおどしていた気持ちは遥か彼方に吹っ飛び、人生で一番の大声で突っ込んだはるかであった。
「え。そうだよ。当たり前じゃん。はるかにも待ってて、って言ったよね?」
はるかの渾身の叫びは、美青年にしれっと流される。
「言ったけども……」
あのまま公園にいても仕方ないので、二人ではるかの部屋に戻った。やはり彼はシンで、はるかの前をスタスタと歩いて普通に部屋にたどり着く。そしてその後のお茶出しまでスムーズだった。なんだか悔しい。
はるかの恋愛を邪魔をしたことも、シンは全くもって悪びれていない。はるかはガクッと力が抜ける感じがした。
「何、奴らと付き合いたかったの?」
「そ、いうわけではないけれど!呪いとか言われるしさ……」
「あれは上手い噂だったよね」
「いや、結構しょげたんですけど?!」
「……一応、これでもずいぶん我慢したんだよ?俺。神獣になったから人は呪えないし。本当は誰も寄せ付けたくなかったけど、歴史をいじって変えてしまうと会えなくなるってババアが言うから」
「え、これは、いじったに入らないの……?」
「本当は、俺が傍にいたかったんだ!しれっと学校に入って、小、中、高もその先も、はるかとイチャイチャしたかったのに……!!」
「え、ちょっと待って、怖い」
想われるのは嬉しい。嬉しいが、これはちょっとヤバいやつではないか?軽くヤンデレ?のような……。
「ヤンデレかあ、言われるとそうかもね」
「!また心を読んだわね?やらない約束をしたのに!」
「……ごめん。だって、はるかが怖いって言うし……不安だったから……もう、しないから、許して?ね?」
「うっ……!」
眩しい!この潤んだ瞳、眩しいのよ!!千年経っても健在なのね!……もう、この上目遣いに弱いのも覚えているなんて、卑怯だ。
「もう、全てが卑怯!」
「は、はるか?」
絶世の美青年がオロオロしている。これを見て怒り続けられる奴が、どれ程いようか。いや、いまい。
「顔が綺麗なのも、神力が高いのも、優しいのもヤンデレなのも、何もかもが悔しいくらい卑怯!……でも、戻って来てくれて、すごくすごく嬉しい」
「はるか!」
シンははるかをぎゅっと抱き締める。ああ、大きくなってもシンはシンだ、と、はるかは改めて思う。
けれど。
「けど、急にシンが大人になって、気持ちが追い付かないのも本当なの。あの、いろいろは……ちょっと、待って欲しい」
「うん。分かった。千年待ったから、今さらだよ。でももうずっと離れないからね?」
やはりヤンデレ気質だよね。抱き締める腕は緩まないし。でもまあ、いっか。と、はるかは開き直った。だってまた、手放したと思ったあの日常が続けられるのだから。
「あ、ねぇ。神様のお使いはどうするの?」
「んー?はるかの仕事中に済ませるよ」
「そ、そんなものなの……?」
「そんなものだよ。大丈夫、俺は優秀だから」
「自分で言ったわね」
二人で声を合わせて笑う。しみじみと、幸せだ。
「そうそう。俺らに子どもが出来たら、俺は人間にしてもらう予定なんで、その辺も心配しないでね?」
耳元で囁くように言われて、はるかは全身が真っ赤になる。
「だ、誰もっ、だって、まだ」
「うん、分かってるよー。念のため、ね?」
この顔は絶対にわざとだ!
「もう、知らない!」
「ごめんて~。はるかが可愛くて、つい」
「つい、じゃないの!」
甘え上手でヤンデレで、神様とも交渉できて、千年も年上のこの人には永遠に勝てないのだろうと思いつつ、少しは意趣返しをしたいはるかであるのだが。
(あー、はるかは何をしていても可愛い。意趣返しされたって、癒ししかない)
どうやら、シンには届きそうもないらしい。
本人が気づくのは、いつのことやら、だ。
呪われた努力美女と、神獣の賑やかな同居生活は、末永く幸せに続きましたとさ。
おしまい。
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