第6話 訪れた別れ

 それは都会でも紅葉が始まった、穏やかな秋晴れの広がる日曜日。



その日、二人はパンケーキを焼いて遅めのブランチをした。その後、公園の紅葉を見に行こうと言う話になり、二人で散歩をしていた時、だった。



「久しぶりと言うべきかのう、シン」


「ババア……!」


「わ、シン!神様に向かって、ババアはだめでしょ!」


突然の事にはるかも驚いて動揺しているが、シンの神様への態度を慌てて注意する。


「チッ、分かったよ。ナニヨウデスカ?カミサマ?」


「舌打ちしないのー!もう!」


「うるさいなあ、はるかは」


「うるさくない!神様なのよ?!」


二人はいつものように言い合いを始めた。


「ふふっ、シン、丸くなりましたね」


そこにたおやかな神様の声がかかり、はるかは我に返って慌てて頭を下げる。


「す、すみません、神様の御前で……!」


「よいよい。頭を上げておくれ」


楽しそうに聞こえる神様の声に、はるかは顔を上げる。その横で、シンは相変わらずふてぶてしい態度で立っている。


神様は、全身から光と優しさが溢れているような、美しい方だった。神々しさに、圧倒される。


「はるか。こやつが面倒をかけましたね。礼を言います」


「い、いえ、そんな……!私も、楽しく過ごせましたし」


はるかの言葉に、優しく頷く神様。


「さて、シン。自分でも気づいているであろう?神力が上がったな?元の時代に戻り、我に仕えて貰うぞ」


「え……神力?妖力ではなく?」


「…………」


「そう、神力じゃ」


シンは黙り込んでいるが、それを横目に見ながら微笑んで神様は続ける。


「そうさな……この時代は、途中に様々な伝承や民話が重なり合い、九尾の狐は大妖怪と思われておるが、元は神獣なのだよ」


「!そうなんですか!……あれ?でも、シンはイタズラし過ぎて……?」


「そう、困り者でのう。狐どもは力が強い者が多くてな。自らの力に溺れ、あやかしへとなる者も増えた。九尾の狐は、そやつらを含めた狐たちの監視役と神の使いじゃ。シンは力の強さから一番の候補だったのだが、ただの力の強さだけを求め、このままでは人間の害になると危惧しておったのじゃ。神に仕えるなど、つまらん!と申してな」


「そう、だったのですね」


シンは憮然とした顔を隠そうともせずに、そっぽを向いている。……でも、否定はしない。きっと全て本当のことなのだ。ーーー神力が上がったと言うことも。




……結界を破られるとは思わなんだ。あのまま逃がすのはあまりに危険で、咄嗟に念じたのだ。アレを改心させる者へ出会える場所へ飛ぶようにと」


はるかは驚いた顔で神様を見た。そんなはるかに、神様はとても柔和な微笑みを向ける。


「人には想像が難いかも知れぬが……我らは時間と言う概念が、あってないようなもの。毎日、我に挨拶をしてくれる心優しいそなたの元に届いた時は、なるほどのう、と思ったものよ」


コロコロと笑いながら、神様は言う。鈴の鳴るような声ってこういうことか、とか、はるかは思った。


「心配もあったが、我の加護もはるかには授けられておるしな。様子を見させてもらったのだ」


「加護、を?私に?」


「そうだ。シンが来る前からであるぞ?そなたの挨拶は、毎日気持ちがいいのでな」


「だから、シンの力が私に届かなかったのですね」


「そうさな、それもあるが。他にも、な」


「他……?」


「おい、ババア。はるかに加護をくれてやってんのに、何でコイツはこんなに男運がないんだ?」


「ちょっ、シン?!」


ようやく口を開いたと思ったら、何を言い出すのよコイツ~!!はるかは涙目になりながら、シンの口を塞ぐ。


「なんだよ、離せよ、はるか。本当のことだろ」


「そ、男運だけ見たらそうかもだけど!友達には恵まれてるし、家族仲はいいし、総じて幸せなので!お構い無く!!何でここでそんな話を出すのよ!」


「……だって、腹が立つだろう。はるか、いい奴なのにさ……」


可愛い少年が、口を尖らせて心配してむくれてくれる。それだけではるかは幸せ者だ。


「……っ、シーンー!!」


「わっ、また、すぐ……!」


はるかは神様の前なのを忘れて、シンに抱き付く。シンも口では不満そうにしながらも、抵抗しない。


「コホン。言い訳をするようじゃが、あれは我のせいではないぞ?……まあ、あんな者どもと深い関係にならなかったのは、むしろ僥倖であろうとも言えよう?」


神様の咳払いって、レアじゃない?とか、恥ずかしさから現実逃避をして、はるかはシンから腕を離した。のだが、シンが手を繋いだまま離してくれない。


「シ、シン?手を……」


「そうかもしれないけれど。はるかが、たくさん傷ついたじゃないか……」


「シン……」


シンがはるかの手を握る手に、力が入る。心配の気持ちが、はるかに流れ込んで来るようだ。


「シン。ありがとう。……あのね、心配してくれているシンには言いづらいのだけれど……シンが来てくれてから、今まであったそんな事は、全部忘れられたの。ふふ、冷たいようだけれど、きっと本当の愛なんてものには届いていなかったのだと、思う。……そんなことより今、シンが心配してくれる、怒ってくれることが、何十倍も何百倍も嬉しいの。ごめんね?」


はるかはしゃがんで、シンに目線を合わせて伝える。


「はる……うん、そ、そうか。それなら、まあ、いいけどさ……」


二人は暫く見つめ合って微笑み合う。穏やかで幸せな時が流れる。


「コホン。そして大変心苦しいが、さすがに時間だ、シン。これ以上は、時空が歪むからのぅ」


そんな二人に、神様が申し訳なさそうに告げる。神様の咳払い、二回聞けたなあと、はるかはまた現実逃避をする。


「……分かってるよ」


シンは離れがたそうな顔を隠さずに、はるかから手を離す。


「お主、まだ気づかぬか?最初から、不思議な気配には気づいておったのだろう?」


「?何を……っ、あ!そう、だったのか……」


神様の問い掛けに、シンは一瞬怪訝な顔をした後、何かに気づいたようだった。


「シン?」


「はるか。寂しいけど、俺はもう、元の時代に戻らないといけない」


「……うん」


分かってた。理解もしている。でも、はるかは溢れてきてしまう涙を堪えることが出来なかった。


「はるか。泣くな。必ず迎えに来るから」


「……迎え、に?」


「ああ、だから、少し待て」


「少しって……」


はるかは泣き笑いだ。妖怪でも神様でも、少しってどのくらいなのだろう。人間のはるかには見当もつかない。けれど、シンの優しさは心に染みて来る。



「約束だぞ」



シンはそう言って、はるかの頬にキスを落とす。そして神様と共に笑顔で消えて行った。……呆気なく、でも、はるかの気持ちに余韻を残して。


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