【ゲーム原作案コンテスト版】その手枷に祝福を!

夏川りん

序章

 無間地獄むけんじごく――そこは最も重い罪をおかした亡者が落ちる地獄の最下層である。奈落の底に落とされた亡者達は、止むことのない責め苦に叫び声をあげていた。ここでどんなに叫ぼうともかみに声など届きはしない。ただ犯した罪の分だけ、払いきれない代償を負い続けるよりほかはない。ここはそういう地獄である。


 そんな亡者の声を上から聞いていた少年は、手のひらにある鬼灯ほおずきに息を短くふきかけた。ほんのりと鬼灯に光がさしこみ、闇に溶けていた黒髪と浅黒い肌がぼんやりと映し出されていく。鬼灯の灯りを片手に、少年は暗がりの螺旋階段をゆっくりゆっくりと降りていく。


 さて、どれくらいたっただろうか。少年が最後の一段を下りきると、あたりは火の海であった。ゆらめく陽炎かげろうがあちこちに立ち込めており灼熱しゃくねつの地獄がたしかにそこにある。その陽炎の中にわずかに人影が映りこんでいるのを見ると、少年は躊躇なく火の海に飛び込んでいく。不思議と火は避けるようにゆらめき、少年は少しも熱くない様子である。


 そこには一人の亡者もうじゃの男が倒れていた。鮮やかな赤髪の男は炎にまかれながら、臓物を無数の蛇やむしに食い荒らされている。引き締まった腹筋の上を湿っぽい音を響かせながら、男の体から蛇が出たり入ったりと楽しそうにうごめいていた。男は少年の存在に気が付いたのか、わずかに身動きをすると、長い髪がはらりと体を滑り落ちていった。少年は足をとめて、男の顔を覗き込んだ。


「元気そうだな」


 男は気だるげに視線だけを少年に寄越すと、おかしそうに喉をくつくつとならした。


「世にも偉大な閻魔大王えんまだいおうサマがこんな最下層に何の御用だよ」


「お前も気づいているだろうが、今の地獄はまともに機能すらしていない。今はとにかく人手が足らずに首がまわらないんだ。――――亡者の手も借りたいぐらいにな。」


 協力してくれ――と閻魔大王とよばれた少年は男の妖しく光る赤紫色の瞳を見つめた。男は少年をみつめたまま、つまらなそうに口をいがませる。


「このまま俺をここから出すわけは、ないよな。どう俺を使うつもりだ」


「お前の記憶と力を全て消す。手枷てかせをつけたまま、咎人として働いてもらうつもりだ」


 男は一瞬目を丸くすると、大声をあげて笑いはじめた。腹を抱えて転がりまわるので、喰らいついていた蛇がずり落ちて血や肉片があたりに飛び散っていく。閻魔大王はただ、温度のない瞳でその光景を見ていた。


「俺を『何も知らないバカ』にさせてまでお前の元で働かせるとはな。こんな面白いことはここ千年はなかった!」


 笑い声はたちまち業火の中に消えていくが、男の嘲笑は確かに閻魔大王には届いていた。閻魔大王は静かに男へ告げた。


「お前の新たな名前が必要だな。――コウセツというのはどうだろうか。」


 その名の意味を理解すると、男――コウセツはゆっくりと口を歪めて、わらった。


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