不書不読

小狸

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 小説を書こうと思った理由は何ですか。

 

 そう問われた時、私は何と答えるだろうか。


 多分、答えることはできないと思う。


 そもそも問われることはないだろう――という諦観的回答はさておくとして、しかし、私自身もどうして小説を書いているのか、分からないのである。


 書き始めたのは、高校受験の頃だったと思う。


 勉強しても勉強しても成績が上がらなくなった。やり方が間違っているのだろうと思って、色々な人の話を聞いたりした。塾にも通って課題をこなしてみたけれど、成績はある一点から上にはいかなくなった。


 その辺りからだ。私が人生を諦め始めたのだ。


 その時の私は、何となく勉強のこと以外のことがしたくなった。そこで始めたことが、小説を書く、ということだったように思う。


 どうしてそれを選んだのか――は、やはり思い出すことができない。


 ただ何となく、小説投稿サイト『ノベルン』が流行していたから、ということに尽きるだろう。私は流される人間なのだ。そのまま『ノベルン』へと、断続的に投稿を続けるようになった。


 書くのは、所謂私小説の類である。


 陰鬱な私小説を書いていた。


 流行している異世界転生や悪徳令嬢などとは相性が合わない――というか、うん、当時の私は、そういう流行りを馬鹿にしていたのだと思う。


 別に私は、小説家になりたいから書いている訳ではないのだ。


 自分の感情を吐露したいのだ――とか。


 そんな風に思っていたのだろうと思う。


 そうしてだらだら小説を書きながら、受験勉強が身に入る筈もない。第三志望でもない、どうでも良い大学にセンター試験利用入試で合格して、そのまま四年間を過ごした。


 漫然とした人生だった。


 大学三年の時だった――自分の将来を改めて考えなければ、となったのだ。


 その時私は初めて、小説家になろうと思ったのである。


 ずっと書いているし、きっと私には才能があるのだと、当時は勘違いしていた。


 


 


 受験からも、就活からも。



 逃げる時に、小説を選んでいた。


 大して調べもせず――有名な小説大賞に応募しまくった。


 勿論もちろん、そんな都合良く作家になれれば、世の中には小説家が溢れていることだろう。


 箸にも棒にも引っかからなかった。


 大学四年になって、流石に私は焦り始めた。


 出版社からは、以前連絡が来ることはない。一次選考にすら残らない。ただ漫然と、その日の苛立ちや世の中の理不尽を『ノベルン』に短編として投稿しているだけだ。


 やばい。


 このままだと私は、駄目になる。


 そう思うようになって、ようやく私は、就職活動を始めた。


 まあ――就職できるはずもない。


 小説家になるための繋ぎとして、そちらに就職したいのですが。


 ――などという低い意識で内定を得られる程に、今の世は簡単には出来ていない。いや、正確にはいくつか最終面接や内定の連絡も来ていたけれど、私はそこに足を運ばなかった。内定辞退の連絡すらしなかった。


 頭の悪いことに、小説家になった自分を夢想して、副業として小説を書けるだけの余裕のある仕事ではなかったからである。


 今から思うと本当に馬鹿だ。


 それがちゃんとした私になることのできる、最後のチャンスだったというのに。


 それから、最終面接や内定の連絡すら来なくなり、周囲の人々は内定が決まるようになった。


 友達には、既に内定が決まったと嘘を吐いていた。


 見栄を張りたかった――というか、落ちこぼれだと思われたくなかったのだろう。


 どれだけ自意識が肥大しているのか、という話だ。


 馬鹿である。


 本当に馬鹿である。


 学科の教授や周囲の人々に話せば、ひょっとしたら何とかなったかもしれないというのに。


 私は、小説に逃げたのだ。


 小説は私にとって、逃亡の手段でしかなかったのだ。


 それを私が理解するのは、もっと先の話である。


 そして今。


 大学四年生の十月。


 投稿用の小説を執筆することもなく。


 はたまた企業にエントリーシートをしたためることもなく。


 未だ内定の一つのないまま、私は『ノベルン』にて、陰鬱な私小説を更新し続けている。


 この場所ならば、小説を投稿すれば誰かが見てくれる。


 星を付けて評価してくれていた。


 応援してくれていた。


 コメントを付けてくれていた。


 いいねしてくれていた。


 しかし、十月に入って、めっきりコメントも、評価も減った。


 理由は明確である。


 はっきりと――逃げる場所として、小説を利用し始めたからだ。


 ――


 四十を超える私の短編も、誰からも評価されなければ、ただの文字の羅列でしかない。


 そしてある日。



 私はまた、陰鬱な私小説を更新した。その日は体調の悪い日であったので、気分を短い小説にまとめたものだった。


 小説投稿サイト『ノベルン』では、どれだけその小説に閲覧者が付いたのかを、投稿者は把握することができる。


 一週間、サイトを訪れていたものの。


 一人として、閲覧者は表れず。


 数字は零のまま、微動だにしなかった。


 そこで私は初めて。


 死のうと思ったのだった。



不続つづかない

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