彼岸花屋

丫uhta

彼岸花屋


彼岸花ひがんばなはいかがですか?」


 みせ民家みんかなら大通おおどおりのわきで、れているにもかかわらずあか唐傘からかさしたかおえない男性だんせいがいた。


 とおぎる人々ひとびとは、男性だんせいあやしむようていた。


 男性だんせいは、背負せおってるかごから球根きゅうこんをこれよがしにしていた。


彼岸花ひがんばなはいかがですかぁ?……」


 ◆


「けっ!気味きみわるい! おやっさん!なんなんだいありゃ!?」


 斜向はすむかいの蕎麦屋そばや平太郎へいたろうは、きらよう暖簾のれん隙間すきまから彼岸花ひがんばな男性だんせいにらんだ。


「あいよぅ!つけ蕎麦そばぁ!ん? あー、ありゃあ彼岸花屋ひがんばなやつってなぁ。最近さいきんちまたうわさになってる正体不明しょうたいふめい商人アキンドだな。妖怪あやかしけてるってはなしもあるが……まぁてのとおり、あぁやって彼岸花ひがんばなってるんだ。たし最近さいきんだと、刀鍛冶かたなかじ芝吉しばきち隣町となりまちでアレから彼岸花ひがんばなったってはなしだぜ?」


「カーッ!縁起えんぎでもねぇ!芝吉アイツは、わってるからなぁ」


 平太郎へいたろうは、てるよううと蕎麦そばすすった。


「だはは!ロクにはたらきもしねぇでよめかねめしってる野郎やろうがよくうぜ!」


 店主てんしゅ言葉ことば平太郎へいたろうは、はしめた。


「あぁ?じゃあはらわねぇ!」


 平太郎へいたろうは、舌打したうちしながらせきつと出口でぐちへとあしすすました。


「へぇへい、今回こんかい見逃みのがしてやんよ。そのかね彼岸花ひがんばなでもってきな!」


 店主てんしゅは、そうってうつわあらはじめた。


 ◆


彼岸花ひがんばなは、いかがですかぁ?」


「……やいおまえ!」


 平太郎へいたろうは、っすぐ彼岸花屋ひがんばなや近付ちかづいた。


「おや、いらっしゃいませ」


 彼岸花屋ひがんばなやは、いた様子ようすでゆっくりと平太郎へいたろうにお辞儀じぎをした。


「…近付ちかづきゃ余計よけい気味悪きみわりぃなぁ、おまえ……」


 平太郎へいたろうは、唐傘からかさのぞもうとしたが、口元くちもとまでしかえなかった。


「それ、彼岸花ひがんばなってんのか?」


 平太郎へいたろうは、彼岸花屋ひがんばなやってる球根きゅうこん指差ゆびさした。


「はい。そうでございます」


 男性だんせいは、球根きゅうこん平太郎へいたろうしてせた。


「けっ!縁起えんぎでもねぇ。そんな気味きみわりぃもんだれうんだよ?他所よそでやってくれや」


 平太郎へいたろうは、きらよういて男性だんせい馬鹿ばかにするようった。


がいしてしまいましたか……それは失礼しつれいいたしました。貴方あなたとおり、べつ場所ばしょことにします」


「とっとと一昨日おとといきあがれってんだ」


 平太郎へいたろうがそううと彼岸花屋ひがんばなやは「それでは…」と平太郎へいたろうあたまげるとあるした。


 そのときだった。


彼岸花屋ひがんばなやぁ!」


 いさましいおおきなこえがどこからかこえて平太郎へいたろう彼岸花屋ひがんばなやは、こえのした方向ほうこうかえった。


「おぉ!?ありゃあ鍛冶屋かじや芝吉しばきちじゃねぇか!おうい!!」


 そでげたふくてるあたまにハチマキをいた芝吉しばきち人混ひとごみをけながらはしってていた。


「うお!?平太郎へいたろうじゃねぇか! はぁ!はぁ! おまえ彼岸花ひがんばないにたのか?」


「ああ!?なんで、ワシがわなきゃいけねぇんだ!?彼岸花ひがんばななんて縁起えんぎでもねぇ!」


 そう平太郎へいたろう無視むしして芝吉しばきちは、彼岸花屋ひがんばなやよう近付ちかづいた。


「そんなことより!彼岸花屋ひがんばなや旦那だんなぁ!まえにおたくったあの彼岸花ひがんばななんなんだいありゃあ!?」


 芝吉しばきちあせっている様子ようす平太郎へいたろうは「そぉらろ、どうせロクでもねぇにあったんだろ?」とニヒルみをかべた。


芝吉しばきちさん、きなさってください。わたしっている彼岸花ひがんばなは、普通ふつう彼岸花ひがんばなでは、ありません。購入こうにゅうしたかた理想りそうかなえるはな。……そうですね。悲願ひがんばな。とでもいましょうか」


「……へぇっ!?」


 ながすつもりでいた平太郎へいたろうは、彼岸花屋ひがんばなや言葉ことばおもわずズッこけけそうになった。


 芝吉しばきちえば、こしかして、すっかり尻餅しりもちいていた。


「な、なんやと…!?」


「おいおま!なにってんだ!? 噓八百うそはっぴゃく!!このペテンが!そんなバカなはなし!あるわけがないやろ!!」


 平太郎へいたろうは、彼岸花屋ひがんばなやめるよう近付ちかづいた。


「……ごもっともです。ですが、ずは、芝吉しばきちさんのはなしいてからうたがってみてはどうでしょうか?」


 彼岸花屋ひがんばなやは、すここまった様子ようすで、ころんでる芝吉しばきちのばばした。


 芝吉しばきちは、彼岸花屋ひがんばなやつかんでよろけながらがった。


「……平太郎へいたろううそじゃねぇ。おらぁ、隣町となりまちでこの旦那だんなから興味本位きょうみほんい彼岸花ひがんばな球根きゅうこんったんや」


 うたっていた平太郎へいたろうだったが、かじようみみてた。


「おらぁながあいだ女房にょうぼうとのあいだ子供こども出来できなくなやんでいた。まち医者いしゃ相談そうだんしてもはなしにならんだ。でも、二週間にしゅうかんほどまえ隣町となりまち彼岸花ひがんばなった。そんで旦那だんなわれたとおりにかえってえた!したら今朝けさ彼岸花ひがんばないていたんや!そんで!つまが…女房にょうぼう妊娠にんしんしとったんやぁ…!うっうぅっ!」


 感極かんきわまった芝吉しばきちは、目柱めばしらさえてきながら彼岸花屋ひがんばなやかえるとあがめるようあたま地面じめんけた。


「ほんまに…ほんっまに感謝かんしゃしてる!あんたは、神様かみさまや!本当ほんとうに…つま共々ともども本当ほんとうにありがとうございます…!」


 その様子ようす平太郎へいたろうは「んなアホな…」といはするが、すでうたがことすらどうでもくなっていた。


芝吉しばきちさん。どうかあたまげてください。私達わたしたち商人アキンドは、お客様きゃくさまささえがあってこそ。お客様きゃくさまこそが、神様かみさまなのです」


 彼岸花屋ひがんばなやは、かがむと芝吉しばきちなぐさめるよう背中せなかさすった。


面目めんぼくねぇ…!面目めんぼくねぇ…!」


 芝吉しばきちは、がりながらなみだぬぐった。

 がった芝吉しばきち彼岸花屋ひがんばなやは、すこ安心あんしんしたかのよういきみじかいた。


「なぁ旦那だんな今度こんどは、家庭かていやしなためにもかね必要ひつようなんや!だからたのむっ!オラに彼岸花ひがんばなをもう1つだけ!ってくれねぇか!?」


 芝吉しばきちは、いのようんでせた。


「はい!勿論もちろんですとも。ですがひと約束やくそくしてください。かならず、いまいている彼岸花ひがんばなれてからうええてくださいね? 彼岸花ひがんばなには、どくがありますから」


 彼岸花屋ひがんばなは、そううとかごから球根きゅうこんを1つして「お1つ50もんでございます」とった。


「ありがとう…!ほんまにありがとう…っ!」


 芝吉しばきちは、はららしながら銭袋ぜにぶくろから50もん彼岸花屋ひがんばなした。


「はい。……おだいたしかに。おげ、まことにありがとうございます」


 彼岸花屋ひがんばなから球根きゅうこんった芝吉しばきちは、財宝ざいほうよう球根きゅうこんつめていた。


 そして、啞然あぜんとする平太郎へいたろうた。


「なぁ!おまえったらどうや?へへっ!はなで50もんは、すこたかもするけど、はなきゃ夢心地ゆめごこちふたけりゃ宝山たからやまや!よぅし!早速さっそく仕事しごとじゃあ!」


 芝吉しばきちは、うれしそうにうとあっというはしってった。


「な、なにおこっとるんや……??」


 ポカンとくちける平太郎へいたろうわき彼岸花屋ひがんばなは、そのからろうとしていた。


「あぁ!お、おい!どこにく!?」


 すかさず、平太郎へいたろうは、彼岸花屋ひがんばなめた。


「はて?どこに…と? どこにでもきましょう。それでは……」


 平太郎へいたろう言葉ことばかえ彼岸花屋ひがんばなは、平太郎へいたろうにお辞儀じぎをしてふたたあるした。


 芝吉しばきちはなし平太郎へいたろうは、自分じぶん彼岸花屋ひがんばなや他所よそくようにったことわすれていた。


「ああ!ちょっ!ちょっとってくれい!!」


 平太郎へいたろうは、あわてて彼岸花屋ひがんばなけた。


「わしにも!わしにもわせてくれやぁ!」


 平太郎へいたろうは、いそいで銭袋ぜにぶくろから100もんした。


「おめぇ、つぎ何時いつこのまちるのかかんねぇから2つう!」


 彼岸花屋ひがんばなは「これはこれは」と平太郎へいたろうかえってかごから球根きゅうこんを2つした。


「それでは、注意ちゅういひとつ。かならず1つずつお使つかください。2つ使つかさいは、1つ彼岸花ひがんばなれてからにしてくださいね。彼岸花ひがんばなには、どくがありますから」


「へへっ!かっちょるかっちょる!あ、わるかったな!縁起えんぎでもねぇとかったりして。しっかし!彼岸花ひがんばなじゃのうて悲願花ひがんばなたぁ!こりゃあい!またこのここときおごらせてくれや!」


 平太郎へいたろうは、そううと2つの球根きゅうこん両腕りょううでかかえながら上機嫌じょうきげんいえかえった。


 ◆


「あんた!ええ加減かげんにしぃや!!」


 いえかえった平太郎へいたろうだが、いえはいった途端とたんつま節子せつこ怒鳴どならられていた。


「うるっさいおんなや!わしゃいそがしいんや!!あっちっとれ!シッシッ!」


 平太郎へいたろうは、球根きゅうこんかくようけて節子せつこはらった。


「もう勝手かってにしい!!」


 バン!!


 節子せつこは、乱雑らんざつめていえからった。


節子せつこのヤツ、ったな? へっへっへっ!よぉしよし…! はてなぁ?えるのは、どこでもいんかな!?」


 ガラガラ!


 平太郎へいたろうは、いえまえあなると早速さっそく球根きゅうこんを1つえた。


「あっ!みず必要ひつようやな!うひひひっ!」


 平太郎へいたろうは、ニヤきながらいえ裏手うらて井戸いどからみずんでがったつちやさしくけた。


 ジョバジョバ!


はよいてくれぇなぁ? あー!たのしみじゃ!わしにゃあ、どんな理想りそうかなうんやろかぁ!?」


 ◆


 そのよるうたしていた平太郎へいたろうは、ましてゆっくりとがった。


「んあ?……おーい節子せつこぉ?めしぃまだかぁ? わしゃはらったぁ」


 部屋へやは、すっかりくらくなって、節子せつこないのは、明白めいはくだ。


なんや、節子せつこのヤツ。まだかえっとらんのか。ったく、どこまでほっつきあるいてんだかなぁ……?」


 平太郎へいたろうは、いききながら囲炉裏いろりけて、自在鉤じざいなべこめはじめた。


 ◆


 平太郎へいたろうは、茶碗ちゃわんいて、ゆかだいになりいびきてていた。


 そのゆめは、平太郎へいたろうはじめて節子せつこったことだった。


 隣町となりまちからやってたと節子せつこは、盗人ぬすっとってこまっていた。

 そんな節子せつこを、当時とうじ漁師りょうしをしていた平太郎へいたろうは、いえむかこめさかなをご馳走ごちそうした。


「なんやと!?その盗人ぬすっとっとるぞ!?」


 平太郎へいたろうは、節子せつこからいた盗人ぬすっと特徴とくちょうからいさんで盗人ぬすっといえなぐんだ。


 節子せつこは、そんな平太郎へいたろう姿すがたれて「あの…もしければおちゃでも…?」と平太郎へいたろうさそうのでした。


 それから、く、二人ふたりはじめた。


 まちまつり、あが花火はなびもと


「おまえひゃくまで。わしゃ九十九きゅうじゅうくまで」


とも白髪しらがえるまで」


 二人ふたりは、たがいのあいちかったのでした。


 ◆


 めればとっくにあたりはあかるくなっいた。


節子せつこ…? まだ、かえっとらんのか…?」


 平太郎へいたろうは、からだこしてまわりを見渡みわたした。



 そうつぶや平太郎へいたろうは、ふと、あし古傷ふるきずれた。


 それは、あらしなかかわおぼれていた子供こどもいのちからがらたすけたときったきずだった。

 きずってから仕事しごともロクに出来できず、何時いつしか平太郎へいたろうは、まわりのひとねたそねようになっていました。


「節子……?」


 ゆめおもし、ちいさくつぶやいた途端とたん節子せつこことおそろしく心配しんぱいになった。


「わしのド阿呆あほうが!!」


 バン!!


 平太郎へいたろうが、いえすといえまえには、人集ひとだかりが出来できていた。


「なんや…?これ?」


 平太郎へいたろう人集ひとだかりをながめていると、団子屋だんごや看板娘かんばんむすめ千子ちこが「あ!平太郎へいたろうさん!」といながらあわただしく近付ちかづいてきた。


千子ちこ!こりゃ何だ!? ひとまえで…いや!いまは、そんなことどうでもい!!千子ちこ! 節子せつこは、んかったか!?昨日きのうからかえってんのや!!」


 すこおどいた千子ちこは、平太郎へいたろう言葉ことばかおくもらせた。


「せ、節子せつこさん……と、りあえずて!!」


 千子ちこは、平太郎へいたろうつかむと人集ひとだかりにはしした。


はな千子ちこ邪魔じゃますんな!! せつは……」


 かれるままに人集ひとだかりをけて中央ちゅうおうれてかれる平太郎へいたろう


 人集ひとだかりは、えんになっていた。


 そのえんなかには、はらから大量たいりょうながしてからだまるめてたおれている節子せつこ姿すがたがあった。


「な、なんや…?これ……」


 平太郎へいたろうは、わりてた節子せつこ姿すがたこえふるわしながらつぶやいた。

 眩暈めまいげても平太郎へいたろうは、フラフラと節子せつこ近付ちかづいた。


平太郎へいたろう……」


 円の前列に立つ芝吉しばきちかおしかめる。


可哀想かわいそうに……」「辻斬つじぎりか、すえやな……」「これじゃあ、もうそとるのもこわいわ」


 まわりのこえみみかすことく、平太郎へいたろうは、つめたくかたまった節子せつこせた。


節子せつこ? なぁ返事へんじしとくれぇ!なあ!だれや…?だれ節子せつこったんやぁ!?」


 平太郎へいたろうは、さけびながらまわりを見渡みわたした。


節子せつこぉ…!!」


 節子せつこきしめながらいていた平太郎へいたろうだったが、ふとかおげた。


彼岸花ひがんばなは…?」


 平太郎へいたろうは、そうちいさくつぶやくと節子せつこをゆっくりとかして「退くんや!退いとくれぇ!!」とこえあらげながら人集ひとだかりをけていえかった。


「お、おい!平太郎へいたろう!!」


 芝吉しばきちは、平太郎へいたろうけると平太郎へいたろうは、いえまえって地面じめん見下みおろしていた


「どうことや…?なんでや……」


 昨日きのうえてみずあたえたとはえ、ありなかった。

 彼岸花ひがんばな綺麗きれいいているのだ。


「え、これって…? まさかお前……!?」


 かおのぞかして彼岸花ひがんばな芝吉しばきちは、顔色かおいろあおくしながら、平太郎へいたろうた。


「っ!なにが……なに悲願花ひがんばなじゃい!! これが!わしの悲願ひがんだとうのかぁ!?わしゃこんなことのぞんでねぇ!!……こんなもんっ!!」


 平太郎へいたろうは、悲願花ひがんばなつかむと一気いっきっこいた。


「お、おい!平太郎へいたろう!!なにしとるんや!?」


 芝吉しばきちは、悲願花ひがんばなつか平太郎へいたろう羽交はがめした。


はなせ!芝吉しばきちぃい!!このっ!」


 気付きづけば人集ひとだかりの視線しせんは、あばれる平太郎へいたろうけられていた。


「こんなとき花遊はなあそびか!?」「よめことより、はな優先ゆうせんするのは薄情はくじょうにもほどがありますよ!?」「しんじられない!」


「じゃかあしぃい!!節子せつこんどらん!!コレでよみがえるんや!!かえってくるやぁあ!!」


 平太郎へいたろうは、芝吉しばきち拘束こうそくほどくとふところから、もう一つの球根きゅうこんして悲願花ひがんばなっこいたあなえた。


平太郎へいたろうのヤツ…」「可哀想かわいそうに、んでしまったらしいな…」「そっとしておいてあげよう」


 人集ひとだかりは、平太郎へいたろうあわれみの言葉ことばびせてかえってった。


「……もう、なにわねぇよ。でも、おまえもこれでようかったろう?おまえは、ひど人間にんげんや」


 土を払いながら立ち上がる芝吉しばきちは、そううと人集ひとだかりと一緒いっしょった。


「好きなだけ言ってろ。わしゃ、待つ。ここで、待つんや。謝らなきゃいけないんや……!!」


 平太郎へいたろうは、はなみずあたえてくのをっていた。


 節子せつこ死体したい処理しょりされても、見向みむきもせずに、只管ひたすら正座せいざして彼岸花ひがんばなくのをっていた。


 ◆


 ちて民家みんかあかりりがともはじめたころ


 平太郎へいたろうは、自分じぶんいえから夕飯ゆうはん支度したくをしてる節子せつこ面影おもかげた。


「せ、節子せつこっ!?節子せつこのか!?」


 平太郎へいたろうは、まるくしてゆっくりとがった。


 節子せつこ面影おもかげは、平太郎へいたろうくと微笑ほほえみながら手招てまねきをした。


節子せつこっ…!かえっててくれたんやな……? ごめん。わしが、わしがわるかったっ!」


 平太郎へいたろうは、なみだながしながらいえはいった。


 ◆


 それから数日すうじつったある


 まちは、いつもどおりのにぎわいであふれていた。


 しかし、その一方いっぽうちまたでは、こんなうわさっていた。


「おいおい、いたかい?みやこの方でも出たって……」「れい辻斬つじぎりのことか?おっかねぇよなぁ」「そうそう、まったくだよ。すえやなぁ…」


「…カーッ!まったこまったもんだい!平太郎へいたろうよめさんの一件いっけんから辻斬つじぎりだって!? そのせいでせっかくったオラのかたなれやしねぇし!はなさかかねぇ!おやっさん!けんちん蕎麦そばぁくれぇ!」


 芝吉しばきちは、湯飲ゆのみのさけしてった。


「んん?」


 ふと芝吉しばきちは、うしろをかえった。


彼岸花ひがんばなは、いかがですか?」


 暖簾のれんこうでは、彼岸花屋ひがんばなやあるいてるのがえた。


「あっ!?ちょっ!旦那だんなぁ!彼岸花屋ひがんばなや旦那だんなぁ!!」


 芝吉しばきちは、店前みせまえとおぎる彼岸花屋ひがんばなやあといそいでけた。


「……へいおちぃ!…ってあり?」


 ◆


旦那だんなぁ!!」


 芝吉しばきちこえ彼岸花屋ひがんばなや男性だんせいは、かえった。


「おや、これはこれは。芝吉しばきちさんではありませんか。いつも御贔屓ごひいきありがとうございます」


「あぁ!いや、こちらこそ。ってそんなじゃねぇんだよ!旦那だんなぁ!」


 芝吉しばきち言葉ことば彼岸花屋ひがんばなやは「…?ともうしますと?」とくびかしげた。


旦那だんなまえにオラと一緒いっしょ平太郎へいたろうってヤツ、おぼえてるか?」


「ええ。もちろんおぼえてますとも。その調子ちょうしはいかがでしょうか?」


「それが……んじまったんだよ。旦那だんなからった彼岸花ひがんばなえて、よめさんが辻斬つじぎりにころされて。平太郎へいたろうのヤツ…首括くびくくりょったんや…! オラは、べつ旦那だんなせめめるつもりは、微塵みじんもねぇ! だけどな、平太郎へいたろうおなもんってからにゃあどういうことりてぇんや! もし偶然ぐうぜんかさなっただけってんならそれでええ!!なんってんならかせとくれ!」


 芝吉しばきち言葉ことば彼岸花屋ひがんばなやは、すこ沈黙ちんもくしていたが「かりました」とはなしはじめた。


正直しょうじき辻斬つじぎりにかんしましては偶然ぐうぜん不幸ふこうとしかいようがありません。ときに、芝吉しばきちさん。平太郎へいたろうさんは、彼岸花ひがんばな同時どうじに。または、1ついているにもかかわらず2つ彼岸花ひがんばなえてましたか?」


 彼岸花屋ひがんばなや言葉ことば芝吉しばきちは、うなづいた。


「……たしか、平太郎へいたろうのヤツがったそのつぎには、いてたんや!こんなん普通ふつうありえんやろ!?」


 彼岸花屋ひがんばなやは「やはりですか…」と残念ざんねんそうにった。


えてからはなちがうのは、悲願花ひがんばながそのひと理想りそう沿ってくからです。もし、とく理想りそうかたえますと、悲願花ひがんばなは、そのひと自身じしんわすれてしまった本来ほんらい理想りそうおもさせるためにくのです。普通ふつうは、球根きゅうこん栄養えいようからそだつのですが、悲願花ひがんばな球根きゅうこん栄養えいようは、ひとよくどくです。栄養えいようは、ひとこころなのです」


 彼岸花屋ひがんばなやは、かごから球根きゅうこんしてせた。


どく?…よくからんが、オラのえた悲願花ひがんばな。まだかんのやけど、いつになったらくんや?それと、2つえたらどうなるんや…?」


 芝吉しばきちは、警戒けいかいするようすこきながらった。


悲願花ひがんばなは、理想りそうかなえるはなですが、理想りそうによっては、にくときもあります。たしか、芝吉しばきちさんは、刀鍛冶かたなかじでしたね?でしたら、いま辻斬つじぎりのほとぼりがめれば、はないて、繫盛はんじょうすることでしょう。そして、2つ同時どうじに、または、1つれてないにも関わらず2つえれば、そのかたは、悲願花ひがんばなどく過剰かじょうびておくなりになります」


「そんなバカな…!」


 芝吉しばきちは、彼岸花屋ひがんばなや言葉ことばあたまかかえた。


「でも、たとえ、そのひとくなってもはなには、理想りそう宿やどってますのではなきます。……ただ、それがかなずしもしあわせをはこぶとは、かぎりませんが……平太郎へいたろうさんは、最後さいごなにのぞんでいたかかりますか?」


よめさんやな……よみがるんや。かえってくるんやってっとったよ」


「そうでしたか…。1つれるのをっていれば。また、べつかたちとして、おくさんは、平太郎へいたろうさんのもとかえってきたでしょうに……可哀想かわいそうに」


 彼岸花屋ひがんばなやは、ふと道端みちばたある一匹いっぴき白猫しろねこた。


 白猫しろねこは、民家みんかまえには、そなえられるよういている一本いっぽん彼岸花ひがんばなまえあゆみをめると、きながらだれかをようはじめた。


「……残念ざんねんですよ、本当ほんとうに…」


 彼岸花屋ひがんばなやは、球根きゅうこん背中せなかかご仕舞しまった。

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