第17話 第三者視点:とある騎士団員たちの一幕

 帝国騎士団の「叙任の儀」において、誉れ高き幹部候補生はこのたび五人選ばれた。

 いずれも従騎士エスクワイアの身ででありながら、百人長ケントゥリアを名乗ることを許された優秀な士官である。品行方正、成績優秀、そして質実剛健。まさに騎士らしい騎士。


 しかし、彼らの運命は"託宣の儀"によって大きく別れた。


『騎士』にして《鋼の肉体》パテラ。

『剣豪』にして《飛翔》シェラック。

『大魔術師』にして《魔力増幅》ルネット。

『英雄』にして《技能模倣》トレフォイル。

 そして――『商人』にして《空中床》アルバ。


 従騎士の時点では優秀であったとしても、"託宣の儀"の結果が悪かったとあれば話は別である。

 真面目に修練を積めば、誰しもやがて騎士ナイトにまで上り詰める。そうなったとき、どんな職業位ジョブクラス技能スキルを授かったかが大きな差になる。




「アルバは、周囲の期待に応えることができなかった。やはり平民出身の彼には無理だったんだよ。生まれつきの血が結局僕らの命運を分けたんだ」


 模造剣を振るいながら、『剣豪』を授かった少年シェラックは端的に結論付けた。


 アルバと折り合いが悪かった彼は、目の敵にしていた男が半ば左遷されたことに安堵していた。

 学ぶことも多く、受け入れがたいことも多かった、かつての好敵手。

 実力伯仲の間柄でありながら、お互いに和解しあうこともなく、事あるごとに対立を続けた。

 そんな二人の決着は、公的な試合や名誉を賭けた決闘ではなく、ただ単なる"運"が決めた。


 すなわち、シェラックは選ばれ、アルバは選ばれなかった。

 才能があると判断されたのは、シェラックの方であった。


「――だから、パテラ、ルネット。私の妻になれ。あの男は君たちにはふさわしくない」


 やや苛立ちを隠し切れない口調で、シェラックは少女二人に詰め寄った。だが回答はない。沈黙だけが続いた。


「なあ分かるだろう? パテラ、ルネット、君たちが憧れていたアルバはもう、あの監獄島から帰ってこない。不正経理の罪で彼は二度と中央に戻ってこないさ。そうなればもう、君たちが迷う要素は皆無であるはずだ」


「……」「……」


「もう分かっているんだろう? 彼は平民。君たちの血筋とは釣り合いが取れない。君たちの実家は、彼との交際をきっと許さないだろう。ましてや彼に与えられた職業位ジョブクラス技能スキルときたら酷いものだ。彼に将来性はないよ。それともまさか、監獄島に行こうって考えているわけじゃあるまい?」


 問いかけるも、答えは返ってこなかった。

 無視されているのか、塞ぎこんでいるのか。いずれにせよシェラックにとっては面白くない話である。


 生まれつき貴族たらんと、先祖代々の名誉と使命を背負って邁進し続けてきたシェラックは、どこか適当でどこか能天気なアルバが許せなかった。癇に障るといっても良かった。何も背負っていない、何も特別な事情を抱えていないようなあの男に負けることだけは我慢ならなかった。


 やはりアルバと、目に見える形で明確な決着をつけておくべきであったか。


(……いずれ、決着をつけてやるぞアルバ。ある意味ではお前は、私との勝負から逃げたとも言える。決着が曖昧なままどこかに消え去ってしまいやがって。そのせいでパテラもルネットも、お前を断ち切ることができないままだ)


 実力伯仲の間柄。シェラックはそう考えている。

 だが時々シェラックは、どうしようもない不安を味わうこともあった。


 ――もしやアルバは本気を出していなかったのではないのか、と。

 あの短絡的で適当な男は、もしかすると自分のことを歯牙にもかけていなかったのではないのかと。


「……っ」


 シェラックは内心で大きく舌打ちをした。だがほぼ同時に、ままならない思いを胸に抱えて飲み込みきれずにもいた。


 白状すれば、不正経理の話はおそらく濡れ衣だと知っていた。あのアルバが不正経理など行うはずがないと、一番の好敵手であるシェラックは直感していた。だがしかし、シェラックは庇わなかった。


 もしかすると、パテラとルネットが、アルバに失望してくれるかもしれない。


 そんな淡い期待が、シェラックの違和感を押しとどめた。清廉潔白である騎士団員としてあるまじき背信行為。シェラックは、アルバのことを庇う選択を、ついぞ選べなかった。


 何が高邁な清き血ブルーブラッドであろうか。嫉妬が目を曇らせたのだ。


(……ふ、ふふ、アルバめ、私を恨むかね……。いや、恨むがいいさ。どうにも虫が好かなくて相容れないお前を、それでもなお私は、庇うべきだった。私がもし真の騎士なのであれば、お前を庇った上で、実力でお前に勝たなくてはならなかった)


 シェラックは再び剣を振るった。剣閃の冴えは、以前よりも鋭くなっていた。

 しかしそれを振るう少年の表情は、悩みを断ち切ることのできないまま懊悩としていた。

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