第7話 迷宮に水を流して魔物を効率的に狩りつつ、その素材を村に持ち込んでついに薬師と物々交換を成功させるなど

「がはは、笑いが止まらんな!」


 あれから三週間。

 迷宮の入り口に作った自宅で、あったかい羊毛布団(妙に固いので毎日ほぐしながら使っている)にぬくぬく包まって、快適で規則正しい生活を送りつつ、毎日こつこつと水路を作り続けてようやく今日。

 とうとう、川の水を俺の家の前まで引っ張ってくることに成功したのだ。


(床下に川の水を流して……ムカデのところまで水が届くようにして……ははは、溺れまいと暴れてやがるぜ!)


 三週間。俺自身の匂いだか、俺の食べてる食べ物の匂いだか知らないが、餌の匂い?につられて、ムカデたちはうじゃうじゃと入り口付近に押し寄せてきていた。

 気色悪いことこの上ない。だが、これだけ団子状に集まってくれるのは好都合。

 今のうちに、100ヤード先に送った空中床(最初に飛ばしたあの空中床である)を変形させてムカデたちを閉じ込める。

 前も後ろも空中床、みっちり塞がって逃げ場はない。これでムカデたちは脱出することが不可能になった。


 あとは簡単、床から川の水を流すだけ。とはいえ川の高低差がそんなにないので、ムカデたちのいる空間を全部水で埋めるようなことはちょっと無理で、ひと工夫を凝らす必要があった。

 そう、迷宮の壁も空中床にしてしまうのだ。

 何故かって?

 岩壁なら足を引っかけて天井まで登れるが、空中床はつるつるだから登れない。終わり。


「がはは! そーれそーれ、溺れたくなきゃ頑張ってつるっつるの空中床の壁を上ることだな。ししし、全部水で埋まらねーって言ってもよ、腰ぐらいの高さまでは水が溜まるんだよ! うひゃひゃ、簡単すぎて笑っちまうぜ!」


 じゃっぽじゃっぽと暴れるムカデたち。仲間を押しのけて我先にと上に上に登ろうとする不届きな奴も現れる。

 そんなやつにはお仕置きで、頭上に空中床を作って邪魔をする。これでよし、誰も生き残るまい。

 ざまあみやがれ、人間様を舐めるんじゃねえや、今まで人間たちをさんざ食い殺してきた罰だ、知らんけど、とムカデに天誅を与える途中でふと気づいてしまう。


(ん? あれ、待てよ……?)


 これって最初から空中床を腰の高さで広げておいて、上に行けなくしてから川の水を流せば、全部水で埋め尽くせたんじゃなかろうか。

 というか水を流すも何も、最初からずっとムカデを閉じ込めておけば、ムカデを餓死させることもできたのでは。


「……まあいっか、これからは川の水をわざわざ持ち運んでこなくてもよくなったんだし」


 じゃぽ、と哀愁漂う音がひとつ。

 今一つしまらない終わり方ではあったものの、無傷の完勝には違いないのだ。ムカデの素材も傷一つ付けずに収集できるし、まさにいいことづくめ。

 ちょっとした反省点はあったものの、それは次の戦いに活かせばいい。今はこの大量のムカデを解体して魔石を回収する作業をしないといけなかった。






 ◇◇◇






「ほーれどうよ、傷一つないムカデたちだ! 三十四匹も集めたぜ! さあさ、高い値つけたもの順で取っていきな!」


 大量のムカデをもう一度村に持ち込んで、露天まがいの叩き売りをおっぱじめる。

 刀傷もなければ、殴殺された後も、焼かれた後もない、本当にまっさらの綺麗なムカデである。

 小手やら膝当てなどの防具にしてもよし、中身の肉を煮ても揚げても焼いてもよし、毒を薬にしてもよし。

 きっと高値で売れるだろうと俺は踏んでいた。


 だが、誰も来ない。

 びっくりするほど誰も来ない。


「……おいおい、みんなどうしたよ? 遠巻きから見てないでさ、欲しけりゃこっちにやってきなよ。別に俺は魔石じゃなくて物々交換でもいいんだぜ? ほれよ、そこの獣人族のお嬢ちゃんよ、こっちにきて買いなって」


 村の住民たちは、何故か全員遠巻きからしげしげと眺めるだけで、こちらにやってこない。何かにおびえているのかもしれない。もしくは何かしらの通達があったか。いずれにしても不自然だ。

 代わりに厳つい男衆たちが武器を携えてやってきた。全員鬼気迫る表情を浮かべている。嫌な予感がするので、念のため抜剣して構えておく。


「……どの面下げてのこのこやってきたァ? ああ?」


 頭領格の男が胴間声を張り上げた。威嚇のつもりらしい。

 だが一気に襲いかかってこないところを見ると、この威嚇は“牽制”って感じがする。


「はぁ? 人様に面構え説教できる顔かよ? こっちはもっと不細工な顔にしてやってもいいんだぜ、ははは」


「この前みたいに尻尾巻いて逃げることになるぜ? それに今度は本気ってやつだ、命が惜しけりゃどっか行きな」


「はーんそりゃ記憶違いだ。尻尾巻いて泣きべそかいて逃げたのはどっちか、もっぺんきちんと思い出させてやろうじゃねーか」


 場がにわかに殺気立つ。避けられない衝突の予感。ぎりぎり一線を踏み越えたか踏み越えてないか、そんな緊張感がある。

 今一度俺は冷静になった。戦うのはちょっとまずい。


「……へへ、冗談だよ、落ち着きなって。今日はあんたらに儲け話を持ってきたんだよ」


「あぁ?」


 そう、儲け話である。

 こいつらをぶちのめすのは簡単だが、次の儲けに繋がらない。とにかく今後も安定して魔物の素材を売りつけられる取引先を作りたいのだ。多少安く卸したとしても問題はない。こっちはほとんど手間を掛けずに魔物を狩ることができるからだ。


 それよりも今もっと深刻な問題がある――それは村八分扱いを受けていること。

 先程の出来事がすべてを物語っている。住民が誰も近寄ってこない。住民との交流がまるっきり断たれている。そうなりゃ当然、重要な情報も降りてこないし、人の手を借りなきゃいけない場面に出くわしても全部諦めるしかなくなる。


 ここはぐっと堪える他ない。短気は損気。腕力に任せて何もかも滅茶苦茶にするにはまだ早い。


「このムカデ、実はとある洞窟にわんさか湧いてたんだけどよ、そいつがお前たちの村に向かおうとしてた・・・・・・・・んだ。そりゃもう気色悪い光景だったぜ? うじゃうじゃうじゃーってな! でさあ、これを見逃すのもありだと思った。俺に取っちゃ村八分受けてる・・・・・・・どうでもいい村だからよ?」


「……! てめぇ……!」


 さあ、ここからは口先三寸の勝負。ただの素材として売るのではなく、付加価値を付けて値を吊り上げるべき場面だ。即ち、身の安全保障を買うか買わざるか、というお話だ。

 直接的な言葉は使わない。ただ意味深なことを呟いて言外にそれとなく匂わせる。相手に想像させるだけでいいのだ。人間ってやつは、威圧的な言葉を思いつくのは限りがあるが、あれこれ想像を巡らせるのは限りがない。


「あーあ、誰かムカデを買ってくれねえかなあ。全然誰も買ってくれないんじゃ、わざわざ身の危険を冒してまでしてムカデを仕留める意味なんてないもんな。今度ムカデを見ても、ちっともやる気が出ねえかもしれねえや」


「……っ、外道が!」


 頭領格の大男が吐き捨てるように吠えた。心底悔しそうで、まさに吠え面かく、ってやつである。

 にしてもどちらが外道だろうか。この島に立ち寄った初日に、寄ってたかって荷物を追い剥ぎしようとしたことは未だに忘れていない。精々悔しがるといい。

 俺のわざとらしい演技が続く。見かねた村人の一人が、手を挙げて前に出てきた。


「……買うわ」


「ん? いいのかい? 俺はこの頭領に恨みがあるからよ、個人的にはこの頭領から搾り取ってやろうかと思ってたんだが」


「薬師よ。ムカデは有用だから、ありがたく買わせてもらうわ」


 ふわあ、と煙草たばこの煙を吐き出しながらその村人――樹人族の娘が名乗った。アルラウネ氏族のアルルーナ、と言う名前らしい。にこりともせず手を差し出してきたので、俺は少々面食らってしまった。

 よほど度胸があるのか、あるいは生に頓着がないのか。どろっと濁ったような暗い瞳がいかにも特徴的であった。


「そうね……肝は乾燥粉末に、毒腺は神経毒に。それだけの数のムカデだったら、結構いろんな調薬と交換してあげられるけど、どうかしら」


「……十分十分! いいぜ、薬はいくらあっても困らない! よーし、じゃあ村のはずれで物々交換と行こうじゃないか! 俺はしばらく待機しておくから、いい感じの薬を持ってきておくれよ」


 すっかり俺は上機嫌になった。

 当初の目的からはちょっと外れるが、これはこれで儲けものだ。

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