第4話 未開拓迷宮を発見し、空中床を使って蓋をしながら進みつつも、これ無理に進まなくてもいいんじゃないかと気付いて住居を構えることにするなど

「おいおい、まじかよ! 未開拓迷宮じゃねーか!」


 洞窟を覗き込みながら、俺は思い切り声を上げて驚いた。洞窟の壁がうっすらと魔力を帯びて光っている。これは迷宮化した空間で見られる、特有の現象である。

 さらに"魔払いの首飾り"が強く反応している。騎士団員のうち、従騎士エスクワイア以上のものだけが貸与される、魔物の気配と反応する装飾品。この装飾品が通常よりも大きな反応を示した場合、迷宮ダンジョンに足を踏み入れた可能性が高い。


 もちろん専門家が調査を行って、魔力反応の紋様などを採取して、迷宮化現象かどうかを同定する必要があるが、こんな辺鄙な島にそんな専門家がいるはずもない。


(どうする? 未開拓迷宮だった場合は、帝国国土調査院に報告の上、考古学者を連れてきて調査を行う必要があるんだが……)


 さっと頭の中で天秤にかける。損得の判断は一瞬でついた。

 報告書類を書くのが面倒くさい。報告による利益も大して得られない。調査には時間がかかる。価値のある資源が見つかったら国有地にされてしまう。

 ――正直なところ、帝国に報告するメリットがほとんどなかった。


 もちろんこの洞窟迷宮が危険度の高い迷宮である可能性も捨てきれない。その場合はあらためて帝国にきちんと調査してもらい、迷宮を無害化するために派兵してもらう必要があるだろう。

 だが、せっかく目の前にやってきた好機を棒に振っていいのだろうか。


(ちょっとだけ、ちょっとだけ自分で調査してみようかな……? 別に今すぐじゃなくてもさ、俺一人で手に負えないってわかった時点で報告すればいいし……それに、今の俺には《空中床》があるわけだし)


 自分の中にわずかに残っている倫理観。一方で、あまりにも甘美な"迷宮独占"という響き。

 比較するまでもない。申し訳ないが、本当に比較するまでもなかったのだ。

 自分に無実の罪を着せて、こんな辺鄙なところまで飛ばした帝国に対して義理立てを行わなければならない理由なんて、もはやほとんど見つからなかったのだ。






 ◇◇◇






《空中床》を発動して、洞窟の入り口からするりとまっすぐ滑り込ませる。奥の壁にぶつかるまで、空中床を進められるだけ進める。牽制、索敵、調査。とにかく何かしらの手ごたえがあれば、そこに障害物、あるいは魔物が存在するという証明になる。


(……? うーん、よく分からねえや)


 残念なことに俺はあんまり頭がよくないので、何となく100ヤードぐらい進んだんじゃね、ぐらいしか分からない。

 果たして100ヤードが空中床の移動の限界なのか、それとも何かに突き当たったのか、先に検証しておくべきだったなと後悔する。だが過ぎたことは仕方がない。

 なのでもう一回、今度は地面すれすれから1フィートぐらい浮かせて、もう一度空中床を滑らせる。地面を這う魔物がいればこれに引っかかるし、地面に障害物があるかどうかもこれで分かる。結果、60ヤードだか70ヤードあたりで何かにあたって止まったような感触があった。


 きぃ、とかすかな声が聞こえる。魔物だろう。


(……あ、俺気付いた、馬鹿なことをした! これ迷宮の入り口の大きさに合わせて《空中床》を拡大縮小すればよかっただけじゃないか!)


 まさに鍋に落とし蓋をするようなイメージで。

 迷宮の入り口の縦と横の長さに合わせた空中床を展開して、それをゆっくり奥に進めていけばよかったのだ。

 そうすれば空中床が引っかかった場所までは安全に歩いていける、という何よりの証明になる。


 思わず舌打ちしそうになるが、これはこれ、今更気付いたが仕方がないといえば仕方がない。

 ということで今から迷宮の入り口の大きさに合わせて《空中床》を発動し、それを楯代わりにしてゆっくりと前に進んでいくことにする。


 ――少し歩くと、大きなムカデが複数匹いた。


「……わあ」


 ムカデたちは、空中床を齧ろうと四苦八苦していた。ごりゅ、ごりゅ、とあんまり心地よくない音が続いている。結構怖い。

 これがもし生身の人間であれば肉をぶちぶち食いちぎられたりするんだろうな、と嫌な想像が脳裏をよぎった。


 落とし蓋作戦、やっててよかった。


 本来であれば、後ろに回りこまれないように急いで逃げ出さないといけないところだ。普通ならこれは逃げるべき。間違いない。数の不利があるし、足元を這いまわる固い虫を駆除するのは結構大変な作業だ。

 何よりムカデの魔物には麻痺毒がある。ちょっと油断して足元を刺されたりしたら、もうその時点で死を覚悟するべきだ。

 一匹ずつおびき寄せて丁寧に殴殺する、というのが騎士団で習う慎重策。退路を確保して、魔術を使えるやつを連れてきて熱で蒸し殺したり、槍で距離を取って突き殺したりするのが通常の騎士団のやり方だろうか。


「ほれほれ、どうした。こっちに来れないってか。けっけっけ、不思議がってやがるぜ、馬鹿な虫けらだ、へへへ」


 道を塞いでいるのでこちらに来れないはず。

 本当に空中床が破られないかちょっと耐久性は心配だが、これでしばらくは時間が稼げる。さてどうしたものか、とぼんやり考える。

 もちろんすぐに答えは見つからない。いいアイデアは出ないものだ。


「あ、でも隙間ちょっとあるの怖いよな……一応埋めとくか」


 すでに出現させた空中床って拡大できないんだろうか、と考えて魔力を込めると空中床がちょっと広がった。予想通りだ。

《空中床》その6、すでに出現させた空中床についても、魔力を消費して大きさを拡大、縮小させることができる。


「……まてよ? 隙間がなくなったし、いったんこのまま放置しておくのもありか……?」


 すっげえことに気づいてしまった。魔物退治する必要全くないじゃないか。

 入り口からまだ70ヤードぐらいしか進んでいないが、ここまでの距離で迷宮の地面を掘ったりして、魔石が出ないかどうか調べるのもいい。

 もちろんムカデどもの隙を見計らって、空中床で作ったこの壁を徐々にじりじり奥に押し込んでもいい。

 好きな時に隙間を作って、そこから剣や槍で突き刺すのもいい。


 閃いた。


「ここに住もう。そうしよう。案外快適な洞窟だし。寝るのは怖いからちょっと離れておいて……うん、空中床の耐久力の検証もできるし」






 ――後から振り返ってみると、この「迷宮の入り口をふさいで住居を作る」という判断が、俺の人生にとって一番大きな転換点だったかもしれない。

 構えた住居がやがて、素材を売りに出す店になり、人がどんどん集まり、一つの集落になるまでは、もうしばらく先のことであった。











 ―――――――――――――――

 ■アルバ・セコールジュカ Lv.6

【ジョブクラス】

 商人Lv.1

【特殊スキル】

《空中床》

【通常スキル】

「剣術4」「槍術3」「盾術3」「馬術1」

「罠作成1」「直感1」

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