Voice
@left-hander
第1話
緑深い森の中、一人の少女が一目散に何かから逃げている。月のように美しい長い髪をなびかせ、豊かな胸が荒い呼吸に合わせて何度も上下していた。
少女を追っているのは二匹のオーク。少女と変わらぬ背丈ではあるが、粗野な刃物を持って少女を追い詰めつつあった。
筋力の限界が足に現れ、少女はむき出しの地面に顔から突っ込んだ。すぐに立ち上がろうとしたがオークに行く手を阻まれてしまった。
にじり寄るオーク。口からはいやらしく唾液がしたたり落ち、この後の悲劇を予感させた次の瞬間。
「ZG#&●▲iX!」
荒々しい、だが全く聞いた事の無い言葉がどこからか射られた。オーク達にも当然その言葉が届いている。
少女と同じぐらいの歳の少年が、オークとの間に颯爽と割って入った。
精悍な顔つきと薄い唇から再び謎の言語が放たれる。
「Byg◆dΠΨGdvV!」
魔法の詠唱呪文とも違う、人の言語体系には無い発音とイントネーション。その謎の言語がオーク達には通じているようで、動きを止めた。しかも同じような言語で少年に語りかけ始めたではないか。
「GrdvviΘΨgBGβ?」
少年もそれに応え、やり取りはしばらく続いた。
しかしオーク達は武器を下ろそうとせず、敵意があらわになった。一食触発の気配が辺りを包み込む。
すると少年はまた異なる言語で叫んだ。甲高い声が森中にこだまする。
オーク達の足元が急に暗くなった。次の瞬間、突風と共に巨大な怪鳥が舞い降り、オークに立ちふさがった。威嚇の一声は耳をつんざき、腹に響いた。
オークたちはその姿に恐れおののき、森の中へと一目散に逃げていった。
少年はオークを見届けると今度は怪鳥ににこやかに話しかけた。怪鳥は穏やかな声で鳴き、再び空へと飛び立っていった。
「大丈夫?立てますか?」
少女の母国語ではない言葉。だが少女はすぐに脳内の回路を切り替えた。
「……大、丈夫、です。ありがとう……」
比較的流ちょうな言葉だったが、少年には母国語との微妙なニュアンスがすぐに分かった。
「あれ?この国の人じゃなかったですか?」
少年は状況を察してすぐに言葉を切り替える。
『その感じだと、もしかしてガハトかな?』
少女は聞きなれた言葉が耳に届き、体の力が抜けるのが分かった。
『ええそうなの。ガハトから来る途中に魔物に襲われてしまって』
『1人ですか?ご家族は?』
『ええと、ちょっとわけあって1人で。そうだわ!馬がモンスターに驚いて逃げてしまって』
慌てて立ち上がろうとしたが足の怪我のせいでふらついてしまう。そこを少年が力強く抱き支えた。
『まだ動かない方が』
意図せず顔が吐息がかかるほどに近づいてしまい、二人ともハッとして顔を離した。
『す、すみません!』
『い、いえ、私の方こそ……』
急な胸の高鳴りに驚く二人。何とかごまかそうと話題を変える。
『そ、そうだ、まだ名前をお聞きしていませんでしたね。あなた、なんとおっしゃるの?』
『リディオ、リディオって言います。もしかしたらそちらの国の言葉では発音しづらいかも』
『リ……ディオ。リディオね』
音を確かめながら名前を呼ぶ少女。
『ありがとうリディオ。申し遅れました、私はガハト王国第三王女、フロレンツィア・ガハトと申します』
『第三、王女、様……?これはとんだ失礼を!ラムサーニャ渉外庁特別外交官見習い兼、領主世話役のリディオです』
『え、なんて……?』
『狭い国で人材不足でもあっていろいろと兼任せざるを得なくて。早い話が通訳です』
「ああ」と納得するフロレンツィア。
『あなたの肩書だから話すけど、もうすぐ私の父である国王とあなたの国の領主とで大事な話し合いがあるの。私も関わってるからその下見に来たつもりだったんだけど……。ね、あなたモンスターとも話せるの?あんな大きな鳥まで』
リディオのやったことに興味津々で目を輝かせる。
『あのくらいならまあ』
『そんな簡単なもの!?他にもしゃべれるの?』
『はい、例えば……』
リディオは口元に両手を置くと、人とは思えない声で鳴き叫んだ。
すると茂みの奥から1頭の馬が現れた。フロレンツィアも驚きを隠せず目を見開いている。
『まあ、こんな感じで。近くにいてくれてよかった』
『うそ……。馬まで……』
フロレンツィアはリディオの能力にあっけにとられるばかりだった。
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