大文字伝子が行く61
クライングフリーマン
大文字伝子が行く61
午前9時。丸髷署。執務室エリア。副島はるかがやって来た。
「たのもーう。」道場破りのような文句で大声を出す和服美人に皆、呆然とした。
総務課の女性警察官が、受付のプレートのある所まで来た。「どういったご用件でしょうか?免許証の更新ですか?」
「生活安全課というのは、どこだ。」「あ。この辺の机の者が担当しておりますが、生憎皆出払っておりまして。」「ん?今9時だぞ。もう出勤していたのか?区役所とは違うな。」「あ、いえ、あの。」
見かねた署長がやって来た。「生活安全課にご用でしょうか?」「愛宕警部補に会いたい。私は副島という。」「愛宕は今、シロアリ駆除の相談で、相談者のお宅にお邪魔しております。15分もすれば帰って参りますが。君、内藤君。相談室にご案内して。それから、お茶ね。」
「はい。了解しました。」
相談室。内藤巡査がお茶を持って来た。「急いで帰ると連絡がありました。今暫くお待ちください。」丁寧に礼をすると、内藤は出ていった。
執務室。「ただいまー。はい、内藤ちゃん。」とみちるはミニパトのキーを内藤に渡した。署長がやって来て、「みちる。寛治君、何かやらかした?」とひそひそと尋ねた。
「なんで、叔父さん。」「なんか怖いおねえさんが来ている。」「和服着ていた?」「うん。」
そこへ、愛宕が息せき切って返って来て、相談室に入った。みちると署長が、ドアを薄く開けて覗いて見ると、愛宕は土下座をした。
そっと、閉めると署長はみちるに尋ねた。「知ってる?」「大文字先輩の先輩。寛治さんの先輩でもある。あ、小学校の書道部の先輩。おっかないって言ってた。」と、みちるは説明した。
愛宕がドアを開け、みちるを手招きした。みちるは手を左右に振ったが、愛宕が腕を引っ張って入った。
「お前が、愛宕の嫁か。」「はい。白藤みちるです。」「白藤?夫婦別姓か?」「いえ。通称です、戸籍は愛宕みちるです。」「ふうん。」
「愛宕。警察官でありながら、こんな可愛い嫁がいながら、報告一つまともに出来ないのか?」
「申し訳ありません。上司の私が、犯人達を拘置所に入れた後、直帰を命じたので、愛宕は大文字さんに報告を失念し、大文字さんは、後処理完了の愛宕からの報告をまだ受けていないのでしょう。」と、青山警部補は庇った。
「そうか。では、その報告とやらを今から大文字にしよう。」と、副島は出てきた。
副島に続いて、青山と出て行く愛宕にみちるは『電話しておく?』とジェスチャーをするので、愛宕は『すまん』と手刀のジェスチャーをし、『すみません』と署長に合図を送った。
伝子のマンション。「と言うわけだ。」と副島が言うと、「先輩。報告が遅れてすみません。」と愛宕が謝った。
「いいよ。お前も疲れていたんだろうし。」と伝子が言うと、「臭い芝居だな。まあ、いい。大文字、EITOに連れて行け。」「は?」「訓練場があるってテレビで言ってたぞ。」
二人の会話を聞いた高遠は、「一佐に迎えに来て貰いましょうよ、伝子さん。」と伝子に言った。「そうだな。そうしよう。副島先輩、弓道の段位をお持ちでしたね、確か。」
「ああ。二段だ。」「それは素晴らしい。書道だけでなく、弓道とは。」と青山が手放しで褒めた。
EITOベースワン。天童達剣士が、表が騒がしいので、剣道場エリアから出てきた。
「何事です?」と天童はなぎさを見付けて、尋ねた。「おねえさまの書道の先輩が見学にいらしてます。その副島先輩が弓道もやられるということで、今、田坂が着替えを手伝っています。」と、なぎさは応えた。
着替えコーナーに行っていた副島と田坂が出てきた。
天童達も一緒に見学すると言うので、なぎさは案内した。
弓道着に着替えた副島は、素早く構えると矢を放った。矢継ぎ早という表現にぴったりの早さで矢を放った副島はふうと息をついた。矢は全て真ん中に刺さっていた。
拍手が巻き起こった。副島は満足げだった。「ここで師範をしてやってもいいぞ。」と言う副島に、慌てて「書道教室の師範は、どうされるのですか?」と伝子が言うと、「それもそうだな。だが、もし闘いに手が足りないようなら、少し手を貸すのはやぶさかではないぞ。」「ありがとうございます。」
伝子は深くお辞儀をした。
午後1時。伝子のマンション。「みんな笑っているけど、生きた心地しなかったですよ。」と愛宕が言った。皆、ニヤニヤしている。
「そう言えば、伝子の男言葉、あの子の影響なのよ。愛宕君は知ってるわよね。」「はい。」「山城君も。」「はい。」
「えええ?そうなんですか?」と依田と福本と物部が驚いた。
「伝子は私と大げんかしてから、男言葉になった。小学校の時、剣道も少しやっていたから、腕っ節も強かった。中学の番長が他の中学と抗争する時、伝子に助っ人を頼んだ。伝子は見事に平定した。」綾子は懐かしそうに言った。
「その頃から今に通じる片鱗はあったのね。スケバンでも無かったんですか?」
あつこの言葉に「スケバンはやらなかったけど、用心棒には呼ばれたわ。」と綾子は説明した。
「やっぱり先輩は凄い。」と、蘭が言った。
「それに引き換え、あの先輩の先輩はただ偉そうなだけだわ。お墓の前で土下座なんてやり過ぎよ。」と、みちるは言った。
チャイムが鳴った。伝子だった。「ただいまー。学、コレ、しまっといて。」と伝子は高遠にココアを渡した。「店長が気を利かせて、店に置いてあるインスタントよりは高級なものを仕入れてくれたよ。」
「店長?おねえさまはお姉ちゃんの店に寄ったの?」「ん?おねえさま?まあ、いいか、どうでも。」
みちると伝子の会話に、高遠は「副島センパイが気に入ってくれるといいですね。」と割り込んだ。
なぎさは、「EITOから知らせが来ました。副島はるか氏はEITOの準隊員として採用するって。」と報告した。「そうか。ペーパーも合格して『しまった』か。まあ、普段は書道教室あるしなあ。」
「書道教室やっているんですか。塾ですか。」と福本が尋ねると、「うん。自宅で週2日、お寺で週1回。こっちは無料。ボランティアだな。」と応えた。
「それで、住職が間に入ってくれたんですよ。」と愛宕は言った。「流石だなあ。」と言った物部は、「そうだ、高遠。そのココアが気に入らないようなら、仕入れてやってもいいぞ。俺はココアなんて嫌いだから店には出さないが、ルートはある。」と言った。
「ありがとうございます、副部長。」と高遠が言った時、EITO用のPCが起動した。
「大文字君。同時多発火災だ。爆弾予告と関係あるかどうかは分からないが、ちょっと行ってみてくれ。一佐。このポイントが一番近い。大文字君を連れて急行してくれ。今、出動出来るオスプレイはない。メンテナンス中だ。」と、地図のある箇所を挿して理事官は言った。
「了解しました。ジープで急行します。」となぎさが言うと、画面は消えた。
「愛宕君、今日、車は?」とあつこが言うと、「非番ですが、パトカーで来ています。」と愛宕が応えた。「でかした、警部補。なぎさ。パトカーが先導するわ。」「オッケー!!あ。みちるは留守番。高遠さん、同時多発のポイント、抑えておいて。」
伝子となぎさとあつこと愛宕は慌ただしく出ていった。高遠はEITOのPCを起動した。依田と福本と物部は交通安全教室の打ち合わせに入った。明日は物部も参加するのである。南原の代わりの接待係として。
火災事件現場Aポイント。既に消防が消火活動をしていた。久保田警部補がやって来て、「近所の住民が、放火犯人らしき人物を目撃しています。モンタージュに回しました。」と伝子に報告し、「愛宕は今日、非番じゃないの?」と言った。
「今日は、私の運転手よ、ダーリン。」と言うあつこに「人使い荒いなあ。休ませてやれよ。」と久保田警部補は言った。
愛宕はただ、にやっと笑っただけだった。
何か爆音のようなものが近づいて来た。オスプレイだ。空自のオスプレイである。
オスプレイは何か風船らしきものを燃えている民家に投下した。風船は落下途中で膨らみ、落下した。大きな風船は破裂して、水が四散した。野次馬は水浸しになった。見ていた伝子達も水浸しになるところだった。
「野次馬を、もう少し遠くに避難させないといかんな。」と、久保田警部補の後ろからやって来たのは、前田空将と副総監、それに橘陸将だった。
「副総監、これは?」「うん。空自も特殊チームを正式に発足させた。MAITOだ。あれは、その新兵器『消火風船』、サイレントバルーンだ。」と副総監は説明した。
「MAITO?」「Mighty Air Self-Defense Force Independent against Terrorism Organizationの略だ。」伝子の疑問に空将はにやりと笑って言った。
「無論、警察にも連携を取り、EITOとも連携を取る。今回は絶好のスターティングポイントだ。各所の同時多発火災に既にバルーンを投下すべく向かっている。鎮火は出来ないが、消防の消火活動の支援にはなる。どうかね、大文字君。」と空将は伝子に尋ねた。
「素晴らしい。でも、放火犯は早く捕まえたいですね。」「その為に情報活動がある。消防にも必要かも知れないな。」と副総監は言った。
午後3時。EITOベースゼロ。会議室。「バルーンのお陰で各所鎮火に向かっている。各所での目撃証言によるモンタージュの解析を急いで行う。さて、今回はヒントがないが、『死の商人』の仕業だと思うかね?一佐。どうだ。」と理事官はなぎさに尋ねた。
「何とも言えませんね、今のところは。現場の遺留品は?」「まだよ、なぎさ。量が多いからね、時間がかかるわ。」
「もし、『死の商人』が絡んでいるとすると、何故火事なんだろう?」と伝子は言った。
「それと、先輩。火災被害者の共通点があるかどうかも気にかかりますね。」と愛宕が珍しく発言した。
午後5時。伝子のマンション。「学。今夜はバターライスが食べたいな。」
「どうしたの、急に。まあ、いいや。バターライス一丁!」「誰に言ってんの、シェフ。」
二人が笑っていると、EITO用のPCが起動した。「アンバサダー。大変なことが分かりました。」「何です?」「それぞれの火災現場の目撃者、顔はよく覚えていないが、トレーナーを来た人だっていう意見が一致しているんです。全てではありませんが、現場付近の防犯カメラに、それらしき人が映っています。明らかに同一人物ではありませんが、同じトレーナーです。」草薙は写真を見せた。
「特徴あるんですね。」「その通り。紺色のトレーナーで、TOSHIKOのロゴが入っています。」
「人物名?ロックバンドの名前とかかな。」「組織名では見つかりませんでした。誰かのファンクラブの、言わばスタジャンみたいなものかと思いましたが、意外と10件も見つかりました。TOSHIKOを名乗っている人物は、NewTubeで多く見受けられました。」
「ニューチューバーってやつですか。」「今、NewTubeに許可を取り、直接尋ねて貰っています。そういうトレーナーを販売またはプレゼントしているのか?と。」
「仮に、そのニューチューバーのファンだとして、全員放火犯なら、組織的放火ということになりますね。」
「草薙さん、そのトレーナー、刺繍が入っていますよね。衣料関係で足取り取れないですかね。アメリカとかで、訳の分からない日本語、漢字のシャツとか売っていますよね。作らせた人の感性でかっこいいとか理由で。」
「うーん。じゃあ、プランBとして、衣料品メーカーでも当たってみますか。」
翌日。類似放火が続いたが、その都度空自は応援に出てバルーンで消火していた。
午後3時。伝子のマンション。「やっと、捕まりました。流石、高遠さんですね。ニューチューバーでは、皆知らないという返事。ダメ元でメーカーを調べてみたら、、都内の小ロットでオリジナルトレーナーを販売しているメーカーが見つかりました。そのメーカーでは、有り難いことに顧客リストを大事に保管していて、横浜のある会社に販売したようです。中津興信所に調べて貰ったところ、どうも表向きとは違って、所謂『半グレ』のようです。久保田管理官にも連絡してあります。」
「EITO出動だ。一旦、EITOベースに来て、作戦会議をしてくれ。」
高遠は、話の途中で既に台所のバルコニーの用意をしていた。
午後5時。EITOベースゼロ。会議室。
「ということだ。みんな、心してかかってくれ。」草薙が入って来た。「アンバサダー。半グレは市松商会。社長は大松五郎。場所は、ここです。」と草薙は伝子に地図を渡した。
午後6時。伝子達が市松商会に行ってみると、貼り紙が1枚あるのみだった。
『よくここを突き止めた。褒めてやるよ、大文字伝子。この地図の場所に来い。仲間を連れて来ていいぞ。』
午後7時。指定された場所、廃工場。
「待たせたな。」とワンダーウーマン姿の伝子が声をかけると、拳銃を持った男が現れた。「連れを呼べよ。」と大松が言うと、大松の部下がパラパラと現れた。伝子が長波ホイッスルを吹くと、ワンダーウーマン軍団が現れた。
「やれ!」という大松の号令に、彼らは襲いかかってきた。伝子は三節痕で、なぎさはヌンチャクで、あつこはトンファーで、みちると増田はペッパーガンで闘った。金森はブーメランを投げ、あかりはシューターを投げ、結城と早乙女は怯んだ敵を投げ飛ばし、大町、馬越、右門は電磁警棒で対峙した。
田坂は一歩退いて、弓で矢を放った。男達は拳銃を持っていたが、役に立たなかった。20分もすると、男達は倒れていた。
隠れていた大松が、田坂を撃った。田坂はかわそうとしたが、右腕を拳銃の弾が貫通して、弓矢を落とした。
その時、嵐のように走って来たワンダーウーマンが、田坂の弓矢で大松の肩を射貫いた。
そのワンダーウーマンは、大松の肩に刺さった矢を手でえぐった。大松は悲鳴を上げた。
伝子は、そのワンダーウーマンを平手打ちした。「止めろ!無抵抗の相手をいたぶるな!」
そのワンダーウーマンは、えぐるのを止めた。
「いいのか、大文字。俺は敵だぞ。お前や仲間を殺しに来たんだぞ。」「よく見ろ、大松。お前の部下は1人でも死んでいるか?私たちは殺し屋じゃない。助ける代わりと言ってはなんだが、お前の知っている『死の商人』の他の計画は何かないか?ヒントだけでも欲しいんだ。」大松は黙っていたが、『水道』。それくらいなら耳にしたことはある。」と応えた。
「『段ボール作戦』って聞いたことはないか?」「それは、聞いたことがないな。別のルートのじゃないか?」「別のルート。」「ここまで吐いたんだ、嘘は言わない。マフィアのルートは、蜘蛛の巣のようにあちこち入り乱れている。俺は金を貰って、命令に従っただけだ。詳しい事は知らない。」
後から入って来た警官隊が半グレを逮捕連行していった。
マスクを脱いだ伝子は、頭を下げようとした。が、そのワンダーウーマンはマスクを脱ぎ、こう言った。
「ここで、お前が頭を下げたら、士気が下がる。お前は行動隊長なんだろう?理事官から詳しく聞いている。成長したな、大文字。いや、アンバサダー。助けがいるようなら、いつでも呼べ。まあ、今夜は見学の積もりで押しかけたんだけどな。」そう言って、副島は伝子の頭を撫でた。
ワンダーウーマン軍団は、予期せぬ展開に驚いていた。「なぎさ。副島準隊員をお送りしろ。あつことみちるは田坂を病院に連れていけ。あかり。お前は明日から特訓だ。」
「シューターですか。」「違う。国語と社会の勉強だ。警部と早乙女さんは、教育係を頼みます。」「了解しました、アンバサダー。」と、結城も早乙女も応えた。
「大町、金森、増田、馬越、右門。明日は休みを取れ。解散。」
ワンダーウーマン軍団が去った後、廃工場は、しんと静まりかえった。
―完―
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