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二階建て程度の高さの、壁が白く塗られた教会だ。ただところどころ色が剥げ落ち、下地が出ている。近くで見上げると木の板が使われているようだった。
佐竹は軽く教会の木戸を叩く。返事はない。ドアノブを握ると、鍵は開いていた。
軋んだ音を立て、僅かに開けたドアから佐竹は滑り込むようにしてその内側へと入った。
ステンドグラスから差し込む明かりが床に天使を映し出していたが、木製の長椅子は幾つかは倒れ、幾つかは朽ちて穴が開いていた。敷かれていたであろう赤い
流石にここが現役で使われているとは思わない。
外観ではプロテスタントの教会かと思うほど質素だったが、内装からするとどうもカトリック系の教会だったらしい。壁や天井の装飾は薄れてはいるが、天使の絵が描かれていたことが分かる。
神というものの存在はこの世界しかなかった時代には認められなかった。いや、それぞれの宗教で信じる神はいた。だが神が実在するかどうかについては議論することは禁じられていた。何故なら存在を証明できないからだ。あるいは存在が証明されても、されなかったとしても、各方面で争いが起こるからだ。
しかし異世界というものが存在することが分かり、状況は一変した。
神はいた。しかもそれぞれの世界でそれぞれの形で、神は存在し、人間やそこに住まう生物に対して多大な影響を及ぼしていたのだ。
そんな状況下にあってもやはり佐竹は信仰を持たないし、何なら神の存在も信じてはいなかった。
前まで歩いていくと左右にドアを見つけ、それぞれ通路と部屋があることが分かった。とりあえず右手の通路に出て、一つの部屋に入る。そこには簡易のベッドとテーブルが置かれ、簡単な宿泊用の部屋として使われていたのだろう。埃をかぶっていたが、ひとまず座って休ませてもらう。
「しかし参ったな」
今日は高校に行くことは諦めないといけない。それどころか、家に帰れるかどうかも怪しい。
「それでは異世界に行かれてはいかがでしょうか?」
「いや、異世界は困るんだ。俺にはまだこっちでやりたいことがあるし何より同じクラスの窓辺さんから告白の返事を貰っていない」
「窓辺さんなら他に付き合っている方がいらっしゃいますから」
「え? いや、てか、あんた誰?」
いつの間に部屋に入ってきたのだろう。倒れていた椅子を立て、その金髪の女性は埃を払うとそれに腰を下ろす。
「女神ですけど」
「嘘だ」
「あなたは佐竹慎太郎さんですね。こんにちは」
きっと何かの勧誘の類だろう。目鼻立ちの整った金髪の女性は花で作ったようなワンピース姿にコスプレをして、ブルーのカラコンを入れた目を彼に向け、微笑んだ。
「あのー、部屋を出て行かれても困るのですが」
「何故だ?」
「あなたには私たちの異世界に来てもらいたいからです」
「断る。あんたもさっきのイセダイとかいう会社の社員か?」
「違います。彼らは……敵対者です」
どういう意味だ。佐竹は
「最初に佐竹さんを異世界に呼びたいと言ったのは私たちなのです。けれど、別の異世界の者が横槍を入れました。そして彼らに頼んだのです」
「えっと、それは俺の異世界転生がダブルブッキングしたということでいいのか?」
「ダブルブッキングがよく分かりませんが、おそらくそうです。ですが、先に声を掛けたのは私たち。異世界統括機構の申請時刻も私たちの方が一時間も早いのです。という訳で、是非私たちの世界にいらしてくださいませんか?」
「それは断る」
「では向こうの、ゴブリンとオークとスライムにまみれた汚らしい異世界に転生して、血なまぐさい冒険をなさいますか?」
「それも断る!」
「それならやはり私たちの世界にいらして、美女と美少女を並べて素敵な王国を建設していただく方が良いですね」
一瞬だけ考えてしまったものの、それについても再度佐竹は否定した。
「俺は異世界に行きたくない、というのが分からないのか?」
「それでは拒否なさる、ということですか? 既にもうあなたのご両親はお金を受け取られていますが」
「金!? いくらで俺を売ったんだよ、奴らは」
「さあ。私とは部署が違うので。ただ既にお金を受け取ったとなると契約は成立しているので、今から破棄する場合は違約金とかかかるんじゃないかしらね」
女神と名乗った女は笑みを作り、佐竹にそう言った。それは単なる笑顔ではなく、圧倒的優位な立場にある者が弱者に対して行う、余裕が滲み出たものだ。
「どうしても異世界転生しないといけないのか?」
「してもらわないと私たちの世界は滅びてしまいます」
異世界に行ってその世界を救う。
実はこの世界の人間が
ただ異世界に行くことは即ちこの世界とさよならするということだ。色々と理由を並べたが、佐竹は単純にまだ高校生としての自分を楽しみたかった。美女や特別な力より、ゲームに美味しいお菓子、少ないものの知人もいる。くだらない会話をして、笑って、その程度でいいから日常生活を続けたいのだ。
「困りました」
「それは俺の台詞だ」
二人揃って溜息をついたところで、地響きがした。
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