4.引き取る為にいろいろ準備する
翌日、道の凍結にひやひやしながら出勤した。
やヴぁい、山道やヴぁい。上りはまだいいけど下りが超怖い。軽トラだから走れてるけど普通の車だったら無理だったと思う。
だがこれも慣れるべきものだ。あのオウムを村で飼おうとするなら、この山道をどうにか克服しなければならない。なんだったら徒歩でだって越えられないことはないのだ。とか悲壮な決意までしてしまった。
……徒歩だとあの家を何時頃出てくればいいんだ? 有給残ってたっけか……。
バイトだから最悪休んだっていいわけなんだが、休んだ分の給料は0だしボーナスも下がるしな。できれば休むことは避けたい。信用ってものもあるし。
そんなことを考えながらも、慎重に出勤した。まだまだ寒いってのに作業着の下がすでに汗だくだよちくしょう。
そういえば本山さんもなんか言ってた気がするから聞いてこようと思った。
朝のラジオ体操を終えてから本山さんに声をかけた。朝のラジオ体操は全員事務所の前の駐車場に集まってするのだ。それは出勤している職員やパート、バイト全員である。あ、もちろん可燃ごみの制御室にいる職員は除く。ラジオ体操をしている間になんかあったらたいへんだし。
「本山さん」
「あ……山越さん。おはようございます」
本山さんは朝から疲れているように見えた。
「おはようございます。昨日のオウムのことって……本山さんはどうするかとか考えてますか?」
うまく質問できなかった。一応俺は引き取るつもりではいるが、もし本山さんが引き取るならと思ったのだ。本山さんはそれを聞くなりさっと青ざめた。
「ご、ごめんなさい。話はしてみたんですけど、うちではやっぱり飼えなくて……」
なんか悪いことをしたかなと思った。俺は手を振った。
「いえ、もし本山さんが引き取るならって思っただけなんです。俺、あの鳥を引き取ろうかなって勝手に思っちゃったんで……」
そう言った途端、本山さんが少し俯かせた顔をバッと上げた。驚いたように見開かれた目に凝視されて、少し戸惑う。
「本当ですか!? 山越さんがあの鳥を引き取ってくださるんですか?」
「え、ええ……一応、そのつもりですけど……」
すごい勢いだった。本山さんはそれを聞いてほっとしたように嘆息した。
「……ありがとうございます。その、せっかく生きてたんだからと思って……すみません」
「いえ……」
本山さんは自分が取り乱したことに対して恥ずかしく思ったらしく、頬を染めた。ひっつめ髪の女性である。黒髪の長さは肩より、もっと下までありそうだ。今まで特に意識したことはなかった。ただ、思ったより目が大きいなとか、俺が思っていたより実は若いのかなと思った程度ではある。(超失礼)
「じゃあ、俺が引き取るって獣医の先生に電話した方がいいですかね」
「あ、そうですね。ちょっと職員に聞いてきます!」
本山さんは慌てて事務所へ駆けて行った。事務所の中は窓越しに確認できる。俺もそろそろ粗大ごみ置き場へ向かいたかったから、外で待っていた。
作業着は丈夫だし、貸与されてる上着も厚手のものだからそれほど寒さは感じない。それでも風が吹けば寒いと感じる気候である。ここは川沿いにあるから、川からの風がけっこう冷たいのだ。
でも、村ほどではないと思った。
山を一つ越えるということもあるのだが、祖父母が住む村はとても寒かった。よくあんな寒いところで暮らせるよな。
事務所へ続く扉が開き、手招きされた。中で話をしないといけないようだ。ちょっと面倒だと思った。
「山越君があの鳥を引き取ってくれるんだって?」
わざわざごみの課の課長から直々に声がかかった。
「でも山越君はアパート住まいじゃなかったかな」
ああ、それでと合点がいった。
鳥は鳥でも絶滅危惧種だなんていう厄介な鳥なわけで、本気で飼うつもりはなく売り飛ばすかもしれないと思われたのかもしれなかった。ま、俺のこの見た目じゃそう思われてもしょうがないか。
身長は180cmに届かないぐらいだが、趣味で筋トレはしているからがたいはそれなりにいい。ちょっと白髪が出てきたので髪を短くして明るい茶色に染めている。目つきも悪いから30歳も過ぎてヤンキーと思われているのかもしれない。でもこんな風体なのは俺だけじゃないんだけどな。
「K村に祖父母がいるんですよ。なんで、鳥を引き取れるならK村に引っ越そうかと思ってます」
「あ、そうなのか。うん、うん、それならいいんだ」
やっぱり疑われていたようだ。
課長も人が良すぎる。
「あー、でも。アパートの引き払いとかはしないといけないんで、すぐに引き取るっていうのは難しいんですけどどうしたらいいですかね?」
「そうだよね……。って、おじい様には許可が取れたのかい?」
「はい、昨夜は祖父母の家に行って話をしてきたんで」
「はー、行動派なんだねぇ」
行動派なんて単語初めて聞いた。アクティブと言いたかったんだろうか。
「そういうことなら動物病院に連絡しておくよ。どれぐらいかかりそうかな?」
「そうですね……」
明日は土曜日だ。一応賃貸契約は解約一月前に言うことになっている。だが今は三月末だ。もしかしたらぎりぎりで引っ越しを検討している奴がいるかもしれない。
「一週間以内には引き取れるかと思います」
「わかった。伝えておくよ。こちらとしても助かる」
ってことで話がついた。実際に課長が木本医師に了解を取ってくれたので、俺は例のオウムを引き取れることになった。
昼休み中にアパートの管理会社に電話をして事情を話して引っ越したい旨伝えると、やはりまだ物件を探してる学生がいたらしくとんとん拍子に話が進んだ。
で、どったんばったんと慌ただしく過ごした一週間後、俺は晴れて例のオウムを引き取ることができたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます