月世界の白昼夢
清泪(せいな)
僕はアリゲーター
元々無音の宇宙空間だが、パイロットの聴覚を用いた操縦技術の補完や、無音空間という不安やストレスを取り除くため擬似的な効果音が機体やパイロットスーツには聴こえる仕組みがあるが、それも機能してないのか一切の音がしなかった。
先程までの戦闘が嘘のような静けさだ。
シートに倒れるようにもたれかかり息を吐く。
ヘルメットのバイザーが僅かに曇り、直ぐ様鮮明さを取り戻す。
身体が冷えているのか、体温が下がっているのか。
モニターの端にバイタルデータエラーを伝える信号が点滅していた。
目が霞んで文字がよく読めなかった。
バイタルデータの上に機体の損傷具合を表示する画像が映しだされていた。
人型の機体。
その頭部と胸部だけが緑色に表示され、腕部、腰部、脚部は黒く表示されている。
それが機体の事を表示しているのか、自分の事を表示しているのかわからなくなった。
先程から身体に力が入らない。
ビーム兵器というものが実現するなんて遠い未来の話だと思っていた。
人型の兵器に乗って宇宙空間で戦争してるというのにその考えは覆らなかった。
SF映画や小説、アニメなどで観られるように戦争の主兵器は大きな人型になった。
子供の頃の憧れか、人というモノへの憧れか、はたまた固執か。
そうして大きな人型に乗って、人が持っていた武器を大きくして持って戦う。
マシンガンやバズーカ。
戦場は地球上から宇宙空間へと移るものの手に持つ武器は変わらない。
宇宙空間ではそれらの実弾薬がスペースデブリとして漂い、新たな地雷となった。
戦争は変わらない。
擬似的な効果音がマシンガンの音をコックピット内に響かせる中、ずっとそう思っていた。
ビーム兵器なんて空想の世界の産物だと。
全天周囲モニターが眩い光を捉え、パイロットの視界保護の為に処理をかけている。
画像のちらつきでそう判断したときには、機体が大きく揺れ動き視界がぐるぐると回り始めた。
リニアシートが衝撃を和らげる為にと機能していたが、それがかえって宇宙空間に放り出されたような錯覚を生んだ。
襲い来るGに身体は圧迫されて吐き気を催し、意識が遠退いていった。
何の姿も見ることはなかった、ただ眩い光だけを視認しただけだ。
救難信号は自動的に発信されているが、助けられたところで何か報告できることはあるだろうか?
光を見た、ただそれだけだ。
機体に搭載されたコンピューターは、その情報を記録し処理できてるのだろうか?
偵察任務の為に母艦より離れた位置にいる。
母艦は救難信号に気づいてくれただろうか?
全天周囲モニターに映しだされる静寂な宇宙空間にスペースデブリが数多く浮かぶ。
本来ならパイロットの視覚処理補足為にデブリは事細かくは表示されない。
ある、と認識出来る程度のデータとして3Dモデリングされる。
しかし、今表示されてるのは自機と同機体の残骸の鮮明なモノだ。
鮮明な、仲間の死体だ。
肉眼で見てるような錯覚に陥る。
視界が回る。
機体はただ漂うだけではなく、緩やかに回転してるのかもしれない。
動かない身体、動かない首。
動かない視点に、共に偵察任務に出ていた仲間たちの残骸が映る。
哀しさや怒りなど込み上げてこなかった。
自分もすぐに同じになると、そう淡白な感想だけが思い浮かんだ。
指を差された気がした。
漂う残骸の中、もうろくな形を保ってないコックピットらしき残骸から、指を差された気がした。
一つ、二つ、三つ──。
共に偵察に出たのは二人のはずだった。
しかし、指を差されたのはもっと多くの数だ。
ホラー映画のように新たな死を待ち構えてるのかと思った。
お前も死ぬんだ、そう指を差されているのだと思った。
しかし、不思議とそこに恐怖を感じなかった。
コイツはここにいるぞ。
大丈夫、落ち着いて。
誰かに自分の場所を伝えようとしている。
誰かに生存者の場所を伝えようとしている。
そう思い至った時、回る視界の中で幾つもの救難信号が点滅しだした。
静寂な宇宙空間にノイズが聴こえる。
「・・・・・・えるか、聞こえてるのか? 頼む、応答してくれ。生きてるんだろ、応答してくれ! こちらは──」
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