(44/47)苦戦しとるのう

「くっ。この馬鹿力女め!」

 デトックスが忌々しげな形相で大声を出す。

「こほん」

 が咳払い一つでその温度感を変える。

「いやいや、焦ることもないか。だいたい人間風情が何を言ってるんだい?アカトンボをやったぐらいであたしと勝負だって?」

 そして込み上がってくる笑い。

「くーっくっくっ。しかもあのぽんこつ君が?」

 デトックスはそう言うと身体を「く」の字に折り曲げて更に高笑いをした。

「はーっはっはっ!ぽ、ぽんこつ君が?この妾と?はーっはっはっ。こりゃ愉快だ」

 そして目をぎらつかせる。

「愉快すぎて不愉快だね。人間ごとき、しかもポンコツ君お前が妾と勝負だって。笑わせるんじゃないよっ!」

 デトックスは紅いファーを自分の足元近くに叩きつけた。

 その振動が俺たちの足元へも伝わってくる。

「で、この妾をどうやって倒そうというんだい?見せてやろう。こういうのもあるんだよ!」

 と、再度ファーを頭上に掲げ叫んだ。

「『ゴートゥーヘル』っ!」

 ファーは『ゴートゥーヘブン』のふわふわ感がなくなり、その先が針の先のように細くなり猛スピードでこちらへと向かってきた。

 まずい!

 その先には横たわっているリタがいた。

「リタ!」

「『タップステップ』!」

 俺の声と同時に素早く立ち上がったリタがギフトを唱えた。

 まるで踊るように華麗にファーをかわす。

 リタのいた場所に細いけども深々とした穴が残っている。

「ふふ。面白い。どれくらいダンスできるのか試してやろう」

「あれ?ボクのステップに魅せられちゃった?何度でも見せてあげるんだよ?」

「うるさいっ!『ゴートゥーヘル』!『ゴートゥーヘル』!『ゴートゥーヘル』!『ゴートゥーヘル』!!」

 デトックスのファーがリタに向かう。

 リタはそれを美しいステップでかわす。

 ファーが来る、リタがかわす。ファーがくる、リタがかわす。ファーがくる、リタがかわす。

 両者とも息があがってきている。

「ああ面倒くさい。じゃこっちからやるか!『ゴートゥーヘル』!」

 デトックスは別の方向、チィへ向かってファーを飛ばす。

「『ぬくぬくシールド』!」

 こちらもギフトを使いデトックスの攻撃を防いだ。

「よし!チィもいい感じじゃないか!」

 俺の反応にチィが小声で応えた。

「……カイ。だめ」

「だめ?どういうことだ?」

「チィのギフトだと何度も連続だと耐えられないかもしれないわ。修復がおいつかない」

「修復?」

 まじまじと毛布を見る。と、毛布に小さな穴が開いていた。ファーの先が少し突き出てたのだろう。

「そう。GGは壊れても持ち主が身に着けている間に自然と直るの。だけど破損によっては時間がかかってしまうのよ」

「なるほど、そうなのか」

「まあ、コトンボ未満だから知らなかったのも無理ないかもしれないけど」

 チィはこんな状況でも強気だ。

 デトックスが声をあげた。

「くそっ!人間ごときが!」

 悔しがっている声が届いてくるところを見ると、それはまだ暴露バレていないようだった。

「しかし、攻撃を防いだところで妾を倒さないとこの戦いは終わらないよ!『ゴートゥーヘル』!」

 今度は俺だちの後ろを狙った。

 細く突起を固めたファーが城壁に突き刺さる。

「これでどうさね!お前らが避けたとしても町自体を破壊してやる!」

 突き刺さったままのファーを指ではじきうならせ振動を与えた。

 と、壁に無数の日々が入り脆く崩れ落ちた。

「はーはっはっはっ!楽しいねえ。しかしお前らがどうやってこの妾を倒してくれるんだろうねえ。はーはっはっはっ!」

 デトックスは腰に手をあて高笑いをした。

 と。

「カーッ、カッカッ!」

 デトックス笑い声にかぶせひと際大きな笑い声がした。

「誰だいっ!」

 デトックスの表情が変わり、その声の主を探しだす。

 俺たちもその視線の先を追う。

 そこにいたのは……?灰色の物体……?

「モブ爺?」

「カーッ、カッカッ!苦戦しとるのう」

 モブ爺はみんなの注目を集める中、悠然と歩いてやってきた。

「モブ爺、こんな前戦に来たら危ないんだよ?」

 リタが気をつかって声をかける。

「カーッ、カッカッ!気にしなさんな、こんな老いぼれのことなぞ」

 冒険者たちがひやひやしているのを横目に俺の隣に立った。

「そうは言ってもさ」

 俺も気が気でない。

「お前は先日の夜、宿屋にいた爺さんだな。くくっ。長年生きていただけ度胸はあるみたいだね」

「そんなことはないがのう。長年生きているとちょいとばかり図々しく鈍くなってしまっただけじゃ」

 モブ爺はデトックスと会話をしても普段通りだった。

「ふっ。この妾にびびらないのは大したものだ。敬意を表して残り少ない命を奪うことは許してやろう」

「それはありがたいのう」

 ……モブ爺すげぇ。

 デトックスが圧を出しながら会話を続けるが、モブ爺は何事も感じないのか受け流す。

「まあ、そんなピリピリしなさんな。せっかくの美しい顔が台無しじゃ」

「おやおや、ずいぶん褒め上手だね。で?爺さんは何しに来たんだい?」

「デトックスさん、あんたを倒すためじゃ」

「なんだと!妾を倒すだと?お前のような老いぼれがかい?」

「いやいやいや、ワシには無理じゃよ。なので入れ知恵するだけじゃ」

「入れ知恵だと?笑わせる」

「カーッ、カッカッ!つまりこういうことじゃ」

 と、大きく息を吸い込んだ。

「いいか皆よ!出ずる言葉、これ全て真理なり!出ずる言葉、これ全て真理なり!カーッ、カッカッ!」

 モブ爺の大声に、その場のが静まった。

 ……え?

 一瞬の静寂のあとデズリーのみんながざわつき始める。

「モブ爺、何言ってるの?」

「これって、いつものやつ?」

「わざわざこの場に来てまで?」

 ……確かにみんなが言うように例のそれっぽいことにしか聞こえない。

 馬鹿にされてさぞ怒っているんだろうなと、俺はデトックスに視線を移した。

「な、なにを言っているのだ?爺さんよ!」

 あれ?デトックス?

「そ、そんなことはない!」

 何やら慌てている?

「カーッ、カッカッ!もう一度言うてやろう。出ずる言葉、これ全て真理なり!」

「うるさいっ!」

 言うが早いかデトックスはファーを持ち上げた。

「『ゴートゥヘブン』!」

 叫びとともに振り下ろしたファーは一直線にモブ爺に向かっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る