(26/47)正直者が何を見るのかを見せておくれよ

 俺たちは川から少し離れた土手を泉へと進んでいった。道の両脇には短い草が茂っている。

 メッキーさん師匠は相変わらず滑らかなスピードで歩み、俺はその後を遅れないようについていく。

 土手を歩いたのは川のすぐ横だといつ攻撃がくるかわからず、俺には荷が重かったからだ。

「まあ、ボクは川を進んだほうが良いんだけどね。魚屋だし。ははっ!」

 師匠は楽し気にそんな事を言うが、今の俺には怖すぎる。

「例えばデズリーの人たちが不幸だと思うかい?」

「いえ、楽しそうに生きていると思います」

「そうさ。今まで以外のことに、当たり前以外のことに、気づかなければ、望まなければ、幸せなのさ。ははっ!」

 師匠が振り向いて笑った。

「ただね、本当に皆がそうだとも限らない。気づく者や望む者もいるだろう。そうしたら苦しいだろうね」

「……はい」

「しかも、経験がないから、慣れていないから、かなえる方法もわからず、望んでいいのかもわからず、何となくのもやっとした気持ちだけを抱え続けることになるだろう」

 歩く足元で石が転がり音を立てた。

「まあ、エウロペここはそういう世界だ。そういう秩序の世界だ。支配されていると言っても良い。ここ数百年は人は変化が無いほうが良しとされているのさ」

「ここ数百年?」

「そっちの方が都合が良いヤツがいるってことさ。ははっ!」

「都合が良いやつ?」

「まあ……ね。だけど望みに気づいてしまうことで不幸になるケースだってあるわけさ。不幸な人が少ないなら、今はまだそんな世界も無しじゃないってことではあるけど。元からのキャストだからプレイヤーも兼ねてないし直接の参加もできないけど、現状に対してボクらも不満がないわけじゃない。要は皆んなの気持ち。皆んなの気持ちが半分と、あとは残り半分は……、カイ君次第だよ」

「俺が半分も?割合多すぎません?」

「ははっ!そうかい?まあ、まだ大人しくしておいた方が良いさ。その世界にはその世界なりに積み上げてきた秩序や作法があるから成り立っているのだからね」

 また足元で石が転がった。

「おっ!これは大物がきそうだ。ははっ!」

 師匠は俺を制止し立ち止まると身構えた。

 竿を手に取り一振りすると一挙に先ほどよりもぐんと伸び十メートルほどになる。

 目の前の道が盛り上がった。

 爆音とともに土が裂け散らかされた。

 すぐさま何やらが飛び出した。

 魚?

 魚だ。

 竿のニ倍はあるだろう巨大な魚が頭上遥か高くから急降下してくる。

 太陽に照らされた表面が鈍い銀色に光った。

「ははっ!大当たり!マグロだ!」

 マグロ?

 土から?

「インマグロさ!これは売り物にしたいから傷つけないようにしないと。ははっ!」

 そういうと頭上に掲げた竿を手首からぐるぐると回し始めた。

 風が集まり渦を作り始める。

「『カートインスピン』!」

 師匠は竿の先端をインマグロに向けた。

 渦が一直線に向かってゆく。

 気流に捉えられたその巨体はスピードを落としぐるぐると回転している。

「か・ら・の~っ!『テグスパーティー』!」

 渦の外側で回っていた釣り糸がインマグロに巻きついた。

 巨大な全身が覆われその肌も見えなくなった。

 ゆっくりと竿を下げる。

 完全に動きを奪われたマグロもゆっくりと着地する。

「おいで」

 俺は師匠の言葉に従い横たわっている獲物に近づいた。

 で、でかい。

「し、師匠、こんな大きいの持って帰れるんですか」

「ん?簡単さ。『ミクロアレンジャー』!」

 そう唱えると身体に巻き付いている糸がよりぎゅっと収縮し始めた。

「ね」

 師匠は竿を立てて握り拳大ほどになったインマグロをぶらぶらさせた。

「糸をほどくと元通りになるから大丈夫さ」

 そう言うと糸を切ってマグロをポケットへ入れ、

「これも全部オリジナルのギフトさ。ははっ!」

 と、ウインクをした。

 

 

 

 

 

 

「要は満足も諦めも一緒って事さ」

 女神エビアンヌの泉に着くと師匠はそう言った。

「どちらも頭打ちってことだよ。ははっ!」

 そう言うと師匠は倒れている大木に腰かけた。

「じゃ、ボクは適当に休んでいるからさ、諦めずに頑張ってきたまえ!」

「ええ?俺だけっすか??」

「三度目の正直ってやつさ。正直者が何を見るのかを見せておくれよ。ははっ!」

 ……それってバカを見るんじゃなかったっけ?

 ばん。

 師匠が俺の背中を叩いて押した。

「おぅわっ!?」

 俺は二歩三歩と前によろけた。

 当然、師匠よりも泉に近づくわけで。

 そうなると、コトンボたちの矢面に立つわけで。

 案の定、一斉に俺に向かって飛んできた。

「うおぉ~っ!?」

 痛い痛い痛い!!!

「カイ君、頑張れ~(笑)」

 いやいやいや、『(笑)』ってどういうことっ?師匠っ?

 そんな事を思っている間にもコトンボは俺の身体へ突っ込んでくる。

 痛い!痛い!痛い!

「ははっ!早速魅せてくれるねえ」

 身を丸くしてガードをすると背後が見えた。

 俺を超えて向かっていったコトンボたちは師匠の手前で落ちていった。

「こんなのはギフトを使わなくたってできるよ。ははっ!」

 コトンボたちを短い竿を軽く振り叩き落としている。

「それにね、カイ君。キミには新たなギフトがあるだろう?」

 心の準備もないまま攻撃されたからすっかりパニックになっていました。

 そう、そうだった!そうなのでした!ちくしょうめっ!

 身を丸くしながら俺は叫ぶ。

「『チェーンショーメー』!」

 途端にゆっくりと流れる時間。

 見えるぞ!俺にも敵が見える!

 何やら突っ込んでくるようなので、ひょいと避ける。

 お、またきた。

 同じように、ひょいと避ける。

 おや?

 あれ??

 これ、避けているだけじゃない?

 これだと退治できてないんじゃない?

「ははっ!ははっ!は~っははっ!ホント、楽しいねカイ君」

 師匠は針の先に何かをつけると竿を振った。

 それはコトンボの間を素早く抜けて到達した。

 ん?素早く?

「それくらいのギフトだとボクのスピードにはまだまだって感じかな?そんな事よりこれを使うと良いよ」

 受け取ったものは……虫かご?

「捕まえてその中に入れると良いよ。非力なコトンボがスピードを出すには距離が必要だからね」

 くぅ~っ!師匠ぉ~っ!流石っす!

「だからたくさん捕まえて。いっぱいになったらまた適当に作るから」

 師匠はコトンボを短い竿を振って唱えた。

「『ツリー・ツリーハウス』!」

 釣り糸の先の針が跳んでいき着地する。

「ははっ!」

 引き上げると虫かごのようなものがかかっていた。

「師匠ぉ?それ何のためのギフトなんですか?」

「ん?小さな魚を一匹ずつ釣るのも面倒だからさ。川底とかに沈んでいる小枝でカゴを作って囲って釣っちゃえば良いかと思って」

「それで『釣りーツリーハウス』……」

「ははっ!オリジナルのギフトさっ!」

 ……でしょうね。。。

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