(11/47)あたしという幼馴染がいながら?

 俺たちは町への道を歩いている。

 結論から言うと依頼は失敗したわけで。

 俺もリタも身体中にあざを作ってしまったわけで。

 リタなんか服がところどころほつれ隣で半べそをかいているわけで。

「なんだよ、コトンボって。人に油断させるようなネーミング付けるなよ。十分強いじゃないか」

 独り言のつもりで俺が言うと、リタが鼻水をすすりながら答える。

「普通はそんなことないし。初心者でも片付けられる案件だし」

 そう言って目元の薄っすらとした涙をあざだらけの腕で拭った。

「だってコトンボとか言っても別に特に小さくもないじゃんか」

「まだ小さいし。ケエジトンボが成長したら1メートルくらいになるし」

「1メートルって……そりゃそれに比べてたら小さく感じるかもだけど……。ところで、ヤゴって知ってるか?」

 俺は念のためリタに確認する。

「なにそれ?」

「トンボの子ども、かな?」

「トンボの子どもはコトンボなんだよ?」

「まあ、そうなんだろけど」

 まあ、そういう世界なのだろう。

「何言ってるのかわからないし、本当に……本当にカイってコトンボより使えなーい!!」

 リタは両手を握りしめ赤く染まってきた夕方の空へ向かって叫んだ。

「リタだって逃げ回るばかりだったじゃん」

「だっていつも案内役で行くだけだし。戦うようなギフト持ってないし。誰かがいつのまにかぱぱっと退治してくれてたし」

「それ、完全に戦力外じゃん!」

「なにさ!」

「なに開き直ってんだよ!」

「カイなんて、泉までの道も知らなかったし、ぬかるみでコケるし、コトンボにやられっぱなしだし、しゃがみ込んで自分だけ守ってたし、逃げる時も遅れて着いてくるし、おごってくれないし、金目のものを盗らせてくれなかったし、そもそも銅貨も何も持ってないし、貧乏だし、メガネとかいう変なの顔に付けてるし」

「うるさいっ!」

「カイなんて、泉までの道も知らなかったし、ぬかるみでコケるし、コトンボにやられっぱなしだし、しゃがみ込んで自分だけ守ってたし、逃げる時も遅れて着いてくるし、おごってくれないし、金目のものを盗らせてくれなかったし、そもそも銅貨も何も持ってないし、貧乏だし、メガネとかいう変なの顔に付けてるし」

「コピペで文句を言うなっ!」

「コピペ?」

 リタが不思議そうな顔をし、騒々しくもバカバカしいやりとりが一旦終わった。

 穏やかな壁が見えてきた。

 とぼとぼとした足取りであっても歩いていれば町に着く。

 そう、歩き続けていれば目的地に着くのだ。

 あれ?なんか名言っぽくない?

 そんな発見をよそにリタが声を出す。

「あーあ、仕事は失敗してもお腹はすくんだよね」

 仕事は失敗してもお腹はすく、か。

 ふむふむ。

 あれ?これも名言っぽくない?

「カイ?ちょっと。聞いているの?」

「あ。悪い。聞いているよ。『仕事は失敗しても腹はすく』んだろ?これって名言っぽくない?」

「ちょっと何言ってるのかわかんないんだよ?」

「え?そう?」

「コトンボに頭打たれすぎた?それとも元から?」

「おい」

「まあいいじゃない。早くなんか食べようよ。仕事手伝ったんだからおごってくれるんだよね?」

「一文無しはかわってないっつーの」

「ええー。何かモノで払うとかツケとかあるじゃない」

「昨日やってきたばっかりのヤツにツケなんてさせてくれないだろ」

「じゃあ着てるモノで払うんだよ?」

「新顔で全裸になったら町にいられねえよ」

「そうなったらむしろ進んで前のめりにデズリーから追い出すよ?っていうか、新顔じゃなくても全裸の怪しい男なんて追い出すに決まってるんだよ?」

 ……腹立つし。

 まあ、でも仕事を助けてくれたのは事実だし。

 お礼も兼ねて飯くらいはと思いなおすと、ちょうどシャーロットの宿屋へとさしかかる。

「「じゃあ、ここでどう?」」

 二人の声が重なった。

 リタが俺の正面に回り込んだ。

「ひょっとして……、このお店知ってるの?」

「店じゃなくて宿屋だよな?知ってるというか何というか。金もないのにさ、いろいろと世話に……」

 と、俺の言葉が終わらないうちに、リタは入口へと駆け出していた。

 かなりの勢いで扉を開け放つ。

「ちょっとっ!シャーロットっ!」

 俺もリタに続いて中へと入ると、シャーロットがおっとりとこちらを見た。

「何大きな声出してるの?リタ?あらカイさんも一緒なの?お帰りなさい」

「シャャャャャャーロットォォォォォォォ!何でこんなヤツの世話してるんだよ?」

 リタがシャーロットの前に仁王立ちで叫んだ。

「ああ、カイさんのこと?昨日知りあって。いろいろ困っているみたいだから」

「全く、シャーロットは!知らない男の世話なんて!もしかして食事だけでなく泊めたりもした?」

「ええ。満室だから私の部屋になっちゃったんだけど」

「シャーロットの部屋?ベッドは一つしかないじゃない。カイは?床に転がしておいたの?」

「まさか。ちゃんとベッドで寝たわよ」

「それって、もしかして……一緒に?」

「うん、一緒に」

 シャーロットのその答えにリタがわなわなと震えている。

「あたしという幼馴染がいながら?こんなどこの何の骨かもわからいない男と?」

「ちなみにお金も貸してくれた、シャーロットいい人」

 俺は素直に申告する。

「カイはまたコトンボにでもやらていればいいんだよ?っていうか……シャャャーロットォォォ?」

 リタのわなわなが増し、声はうなり声に変わる。

「シャーロットは優しすぎ!っていうかそういうの超えすぎだから!こんな、こんな……、泉までの道も知らなかったし、ぬかるみでコケるし、コトンボにやられっぱなしだし、しゃがみ込んで自分だけ守ってたし、逃げる時も遅れて着いてくるし、おごってくれないし、金目のものを盗らせてくれなかったし、そもそも銅貨も何も持ってないし、貧乏だし、メガネとかいう変なの顔に付けてるようなヤツに」

「だからコピペでディスるな!」

 俺の突っ込みをよそにシャーロットがリタに確認する。

「じゃあ、二人ともお仕事は失敗だったのかしら?」

 俺はリタと顔を見合わせ、

「「はい」」

 と、声も合わせてうなだれた。

 シャーロットの声色が一層優しくなった。

「そうなの。じゃあ、お疲れですね。早速ご飯の用意をしないとですね」

 そして笑顔で、

「仕事は失敗してもお腹はすきますからね」

 と、続けた。

「「……名言」」

 俺とリタはまた声を合わせてしまった。

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