(5/47)『イッセー・カイ』に決めました!
「着きました」
シャーロットが木で造られた扉を開けた。
「わたしの食堂兼宿屋です。中へ入ってください。さあどうぞ」
俺は勧められるがままに歩みを進めて入っていく。
見ると正面にはカウンター。
通路を挟んで右手に階段。
手前には十人くらい座れそうな大きなテーブルが一つと、四人掛け用のテーブルが二つ。
「あまり立派なところではないですが、座ってゆっくりしてください」
シャーロットは荷物を持って階段の横、カウンターの右奥へ入っていった。
俺はとりあえずカウンターに近い大テーブルの椅子に座る。
背もたれもない、シンプルな木の椅子だ。
だけどなかなか座り心地が良い。なんていうか、馴染む。
脚の間に両手を入れ椅子の感触を確かめつつ、辺りをぐるっと見渡す。
柱は黒ずんでおり年季の入った建物ではあるがむしろ温かみを感じる。
きっときちんと手入れされ続けてきたのだろう、埃っぽさなんて微塵もない。
現役で活躍し大切にされているのがわかる。
不意にわくわくが湧き上がる。
この覚えのない世界にますます好意を感じる。
うん、楽しみだ。楽しめそうな世界だ。
シャーロットがコップを二つ持って出てきた。
そのうちの一つを俺の前に置いて座る。
「お茶です。良かったらどうぞ」
と、両手を組んであごを乗せ話を始めた。
「IDカードもないんですよね。その……、何も覚えてないのですか?」
「うーん。なんていうか半分くらい?断片というか欠片みたいなものはあるんだけどなあ。知識はあるけど思い出みたいなものがない感じ?」
「何か手掛かりになりそうな記憶はないですかね?」
「どうだろ?自分に関することが特にあやふやなような。見た目もこんなんじゃなかった気がするし」
俺は両腕を頭の後ろで組んで軽く伸びをする。
「手掛かりになるかもしれませんので訊きたいのですが」
「何?」
「秘密にしておきたいなら言わなくてももちろん大丈夫ですが。……あなたの
「ジージー?」
「
「グロウ・ジェム?」
なんだそれ。
「GGってなに?」
「六歳の時に教会に行ってオフィシャライズしませんでした?それも覚えてません?」
「教会?オフィシャライズ?」
「ご両親から譲り受けたり買ってもらいませんでした?自分で用意する人もいますが」
うーん?
なんだって?。
「うーん、思いつかないなあ。で、GGってあるとなにか良いの?」
「良いっていうか、GGは誰もが一生で一つだけしか持てないのです。みんなGGのギフトに応じた職業をするんですよ」
「へえ、ギフトねぇ?」
「なんて言うのでしょうか、GGは一生モノの道具……ですかね。だから一般的にはそのお家ならではGGというのが普通なので、そこから何か手掛かりをと思ったのですが」
なるほど。
うーん、知らない世界の話だ。
とすると……、やっぱり!
「シャーロット!わかったよ!」
「え!何かわかりましたか?」
「俺、ずっと遠いとこから来たんだよ!たぶん!」
「ずっと遠いところですか?」
「そう、ずっと遠いところ。で、その、やっぱり……。ここは異世界だと思うんだ!」
「イセカイ?」
「うん。きっと、異世界だよ!」
「イセカイとはなんですか?」
そうだよ、異世界だよ。この違和感、異世界に違いない。
「あ。っていうより、俺が異世界から来たことになるのか?」
「だから、イセカイってなんですか?」
「細かいことはいいや。異世界だ。うん、異世界に間違いない!」
「もぅ分かりました。決めました!」
お。いいね。
何かわかって何か決まったらしい。
「イセカイ、イセカイばかりなので……」
シャーロットは何やら上目づかいで俺を睨んでいる。
あれ?やばい?
ちょっとはしゃぎすぎたかも?
「そう、イセカイ、イセカイばかりなので……」
シャーロットは二度うなずいた。
「……あなたの名前は『イッセー・カイ』に決めました!」
……はい?
「だって、この先名前がないと不便でしょうし」
まあ確かにないと不便だとは思うけど、名前ってそんな感じで決まっちゃうんだっけ?
「お似合いですよ?イッセー・カイさんっ」
と、シャーロットは首を横に傾けて微笑んだ。
……まあ、いっか。似合ってると言ってくれるならこれで。だって、どのみち本当の名前もわからないんだし。
「ありがとう!シャーロット!」
立ち上がりシャーロットの手を握り締める。
「気に入ったよ!『イッセー・カイ』。俺の名前はイッセー・カイだ!」
「じゃあ、さっそく、お祝いしましょう!」
と、シャーロットは立ち上がってくるっと回るとカウンターの向こうへ消えた。
うん、『イッセー・カイ』ね。悪くない。いいじゃないか。
「そうだ!では今後何とお呼びすれば?」
シャーロットの声だけが聞こえる。
「呼び方?」
「はい。イッセーさんなのか、カイさんなのか」
この世界ではどっちで呼ぶとか慣習ないのかな。
じゃあ。
「そうだな……『カイ』で頼む」
と、笑顔のシャーロットが戻ってきた。手には木製のジョッキを二つ持っている。
「カイさん。はい。キエールを持ってきました。これで乾杯しましょう」
中を見るとなにやら泡立っている液体が。
ビール的な?
「これ、お酒だよね」
「はい。そうです」
「えっと、ここの町……」
「女神デズリー様の加護の町、デズリーです」
「そうそう、デズリーでは、何歳からお酒飲んでいいの?」
「飲みたくなったらですよ。この町デズリーだけでなく、大女神エウロペ様が見てくださるこの世界『エウロペ』全部そうだと思うのですが」
なるほど。
なんていうか大らかな世界なんだな。
いいぞ!
「そっか、そうなのか」
「はい。では……カイさんのお名前に乾杯です!」
シャーロットがジョッキを近づけてくれた。
俺もジョッキを掲げ軽く合わせる。
「かんぱーい!」
ごくり。
うん、これがのど越しってやつだな。
苦いけど、美味い。
「知り合いもいないし一人だけど、わからないことが多いけど、デズリーで楽しくやっていけそうだよ。ありがとうシャーロット」
俺はシャーロットに改めて頭を下げた。
「良かったです。
「それに?」
「カイさんはもう、一人ではないですよ。わたしもいますから」
うう。
いい
ちらり見ると美味しそうにキエールを飲んでいる。
俺もつられてジョッキを傾ける。
シャーロットの白い頬がほんのりと赤く染まってきている。
笑いがこぼれる度に、動きを同調する胸にも目が行ってしまうのはアレだけど。
アルコールが気を利かせてくれて話が弾む。
何がおかしいのか交互に笑い、順番にジョッキを傾けて。
シャーロットが料理も作ってきてくれたのだが、これがまた美味くてキエールが更にすすんで。
ジョッキのお代わりで、ますます陽気になって。
それでまた二人してぐいぐいとキエールを飲んで……。
……たんだよなあ。
それが何でか今はベッドの上で。
しかも『もにゅ』に包まれていて。
そういえば、思い返して気づいたんだけど、なんか、俺……、記憶を失ってばかりいない?
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