第28話 学園と魔法
「懲りたか」
「よく俺の作った迷宮から脱出したな」
「お前の目的はなんだ。この学園に魔法を広めて何をするつもりだったんだ」
「魔法軍を作って、俺の育った村のやつらを皆殺しにしてやるんだ」
「なんだって! わざわざこっちの世界に来たのはどうしてだ。それなら向こうの世界で勝手にやっていればいいだろう」
「聞かせてやろう、お前に」
校庭の上空で花火が弾ける。夜風が異世界人の長い前髪をなびかせた。
「俺がいた世界では魔法が使えるのが当たり前だった。生まれつき、俺だけが魔法を使えない。そのせいで村八分にされて、家族からも白い目で見られてきた」
「生活が立ち行かなくなったのを家族は全てお前のせいにしたと」
「そうさ! そんな折、噂を聞いたんだ。山奥にいる魔女の噂だ。俺は会いに行った。たしかに底には魔女が居て、大きな釜をかき混ぜてた。その魔女から俺は魔法の力が増幅される小瓶をもらったんだ。それを飲めば、俺は魔法が使えるようになって村の中に、家の中に居場所ができると思ってた。浅はかだったよ」
「実際に使えるようになってるじゃないか、魔法」
「こんなの! 使えるうちに入らない。攻撃魔法以外は無いも同然。絶望した。しかも俺は魔法使いの家から村に帰る途中、森の中で迷った。そして魔法陣を見つけたんだ。その先が、ここに繋がっていたって訳だ」
「それが4月のことか」
「そうだ。俺はひとりの生徒に見つかってしまった。そいつは自分の才能不足を嘆いていた。勉学に励んでも上手く行かず、成績が振るわずに家族からも期待されていない。俺たちは仲間だ。それが生徒会会長の親衛隊にいたアイツだ」
「そこですでに会っていたのか」
「ああ、校内では全く遭遇しなかった。小屋でだけ会える存在だった。俺は学生のフリをして校内に潜入。アイツに魔法の瓶を飲ませて、強い魔法でカリスマ的存在になり、人を集めさせた。その中に、事実を誤認させる能力を手に入れたやつが居た。おれはその力を借りて学校に潜入したんだ。開いている寮の部屋を勝手に使った」
「それで俺が使うはずの部屋がなかったんだ」
「お前たちが来るのは予想外だった。何事もなくお前たちを帰すしかないと思った。そのうち魔法軍ができあがれば、俺の世界に戻って村を焼き払うまでだ」
「アイツが生徒会長を脅したのは、アイツの勝手だ。俺は魔法軍が作れたらそれで良かったから。アイツの力をどう使うかは自由にさせた」
「それで、その話のどこに共感するところがあったよ」
「てめえは恵まれて育ったんだな。だからわからないんだろう、一人だけ排除されて居場所がない俺の気持ちが」
「俺は分かるよ」
友人がまっすぐ異世界人の目を見ていった。
「俺はね、かわいいものとか、女の子の格好とかが好きなの。だから小学校からいじめられて学校にいけなくなっちゃった。けどね、一人だけ友だちができたんだ。ほら、ここに」
友人が俺を指差す。
「彼は帰国子女で、転校してきたんだ。俺にも普通に接してくれた。俺その時、俺の気持ちがお前にわかるかよって思ったんだ。だけど、彼は彼で、海外で一人だけ日本人の環境で孤独感を感じていたんだ。俺たちは友だちになれた」
「お前は本当に世界で一人だけの不幸者だったのか。こっちの世界に来るまではよかった。アイツはお前と同じ苦労を知っていたんだろう。どうしてそこで、真っ当に頑張ってみようって思えなかったんだ。どうして怒りを増幅させていったんだ」
生徒会の親衛隊のやつは魔法の力で生徒会長を脅して、この異世界人は魔法の力で軍隊を作って村を焼き払おうとした。どちらも魔法を使って一番にすることではないだろう。
「俺が強い魔法を使えるようになるまで、俺には居場所がない。村八分は続くんだ」
「てめえの世界にはその村から出ていくやつはいないのか」
「旅人も軍人も、魔法が使えないやつが着く仕事じゃない」
「金持ちの家の下人だって、都会に出て商売を始める手もある。お前は無意識に固執してたんだ。今まで一緒に過ごしてきた人たちの考え方を改めさせたいとか、変えたいとか。人を変えることはできないんだ。変わる気のあるお前しか、お前が変えることはできない」
「意味が分かんねえよ」
イライラから足踏みをする異世界人。無理だ、これ以上説得する言葉が俺には思い浮かばない。だいたいイライラしてて話をちゃんと聞ける状態じゃないだろこいつ。俺は友人にアイコンタクトを送る。続きを頼んだ。
「つまりね、君の持っている魔法には、君の世界での使い道があるんじゃないかなって話。だって空間にある部屋数を把握して自由に動かせるようになったんでしょ。俺びっくりしたよ。最上階に居たはずなのに、君の魔法で一階にいたんだ。それってワープみたいで、すごく重宝される力だと思うな」
「向こうに居場所がないなら、もう少しこっちにいればいい。色々言っちまったけど、全員から嫌われている場所にいるのって辛いだろ。ここならお前も普通に必要とされる」
ひときわ大きな花火が弾けて、俺たちは話し合い中にも関わらず視線を奪われる。
「俺、お前と一緒に過ごした時間が凄い楽しかった。あと、さっきの言葉も嬉しかったよ」
「なにさっきの言葉って」
「秘密」
俺は指を口元に当てた。
「そうだ、広い世界、見に行こうぜ」
俺は2人を連れて裏門を出た。懐かしい俺の愛車がある。しばらく置いておいたけど、エンジンかかるかな。
「隣、乗れよ」
助手席に異世界人を誘導する。車を知らないのか、マジマジと車を見ている。
「特別だよ、普段は俺の特等席なんだからね」
なぜか得意げな友人は、後部座席に乗り込んだ。
「はい、シートベルトつけて」
「なにベルト?」
「これこれ、はいドライブ出発しまーす」
「いえーい」
異世界人のシートベルトを止めてあげて、俺は夜の山を下る。友人も盛り上げてくれる。窓を開けると冷たい風が吹き込んできた。
「俺たちは大人だったわけだけど、お前は何歳だったの」
「俺も大人。15歳」
驚いて真横を向いてしまった。危ない、前を見ないと。向こうの世界での成人は、15歳でも成人らしい。昔の日本みたいだ。
「小っちゃ。ほぼ十個下じゃん」
「は? お前らおっさんなの」
「お前の世界ではおっさんかもな」
「だいたい同い年くらいだと思ってたのに」
ヨーロッパの人って若く見えるもんな。平均的な日本人だと二十歳過ぎても子供と間違われるらしいし。車の窓から顔を出してみたり、手を出して風を浴びたりしている。
「こら、危ないよ」
慌てて手を引っ込める異世界人。
「ほら、星綺麗だよー」
後部座席から友人が助手席の異世界人に話しかけている。俺らが年上って分かってからちょっと大人しくなるの可愛いな。
「まだ15なのに、一人で身の回りのことやって、しっかりしてるなぁ。ていうか勉強よく分かったな」
「本がいっぱいあった。俺の村は貧乏だから、本は読めない」
「そっか。だから放課後、いつも図書室にいたんだな」
全部一から勉強したんだ。あまりに不遇な環境と、ひたすらな努力。小手先の説得でどうにかならないほど、根深いものなんだと思う。なんというか、安全圏からは好き勝手言えるから。
「言葉もそっちと違うだろう。それもこっちに着てから覚えたのか?」
「いや、こっちの世界に来たら自然と言葉と文字は分かるようになってた」
「へー謎だな」
アクセルから足を離していても下りの傾斜のキツさにスピードが上がっていき、やんわりブレーキを踏みながら山道を下っていく。ライトの付いたガードレールに沿って急カーブ。一気に森が開けて、車を一時停止する。ウインカーを点灯して国道に合流した。
「ほら、街が見えてきた。寮の窓から見えてた明かりがこれ」
いろんな店のネオンやビルの明かりを車で走り抜ける。
「星じゃかったのか」
「空にあるのが星だろ。山の下にあるのは建物の明かりだよ」
「知らなかった。ここにも人が住んでるのか」
「そりゃあ。もしかして、学園の中がこの世界のすべてだと思ってたの」
「うーん、よく考えてなかった」
「ちょっと腹減らないか? 食べてこうぜ」
ハンバーガーのドライブスルーに寄る。電気のついた看板の前に一時停車して、メニューを選ぶ。
「何食べる? パンに魚が挟まってるやつと、ベーコンが挟まってるやつと、牛肉が挟まってるやつがあるよ。ポテトつけような」
「ベーコンがいい」
「お前はいつもの?」
「うん。あとアイス食べたい」
「じゃあアイス二個な」
俺はハンバーガーだけでいいや。アイスは友人と、助手席でお腹空かせてるこいつにあげよう。マイクに向かって注文して、車を走らせ窓口で受け取る。ポテトは大きいやつを頼んでおいた。飲み物は俺がアイスコーヒーで、後はオレンジジュースふたつだ。
「ほら、人いたろ」
「女の人がいた」
「学校には男しかいなかったもんな」
「俺の村にも女の人いたぞ」
「そりゃいるだろうよ。いなかったらお前生まれてないだろ」
友人の注文したやつは後ろに渡す。紙袋の中からいい匂いがする。ポテトを先にちょっとつまんじゃおう。
「アイス溶けるから先に食べな」
「いいの」
「学校ではどうやって買い物してたの。お金とか」
「あいつがお金くれた。魔法の液体分けてあげたお代だって」
あいつとは、生徒会長を脅してた生徒会長の親衛隊のやつだろう。異世界から来て金が無いのを見かねてカードにチャージしてあげたんだな。
アイスをひとくち食べて、一気にガツガツ食べ始めた異世界人。
「コンビニでアイス買わなかったの」
「いっぱい買ったらお金なくなるから」
節約してたんだな。買ってあげてよかった。年相応の喜び方に見える。
「パンは?」
すっかりアイスを食べ終わった異世界人が、紙袋に手を伸ばしている。ベーコンレタスバーガーを手渡してあげる。
「これサンドイッチ?」
「いいや、ハンバーガー」
「ちょっと辛い」
「マスタード抜けばよかったな。食べられそう? 残していいよ、ポテト食べな」
そう言うと、首を横に振ってハンバーガーに齧りついて、口元についたソースを舌で舐め取っている。オレンジジュースを差し出すと、少しして空になったらしく、ズゴゴゴと音を立てている。
「もう入ってないよ」
残念そうに飲み物を置くと、ポケットをガサゴソ漁っていた。
「金払う」
そう言って異世界人は、学園で使っているカードを差し出してきた。
「これは学校でしか使えないよ。いいよ、これは俺のおごり」
「どうやって仕払ったんだ?」
「スマホ決済」
スマホ決済の二次元バーコードを見せてやると、画面を見て眩しいって顔をしてる。決済画面って自動で画面の明るさがマックスになるもんな。
「あとはこういうお金で払うんだよ」
後ろから、友人が百円玉を見せてあげている。
「俺の世界のお金に似てる」
通貨が銀貨なのかもしれない。
その後、高速に入ってその辺りを巡って、一周して学園に戻ってきた。山を登り、再び裏門に車を停める。
「そろそろお互いの世界に戻ろうか」
俺と友人は大人の世界、こいつは異世界に帰ろう。
「広い世界を見せてくれてありがとな。お前たちみたいに、大人の力を借りずに生きてみる」
本当は大人の力が借りれたらいいが、そうもいかない人もいる。彼はそれで良いのだと思う。憑き物が落ちたような顔をしている異世界人の頭に手をぽんと置いた。まあ、彼のほうが背が高いので、俺が手を伸ばすんだけど。
「なんか困ったら、またこっちの世界に来いよ。理事長がなんとかしてくれる」
あの理事長、人がいいからな。
小屋の前に来た。光り輝く魔法陣がある。外は静かで、花火が終わって生徒はすでに寮に戻っているようだ。
「迷惑かけたな。ありがとう」
「彼がお世話になりました」
友人が俺の方に手を置いた。確かに俺はこいつにお世話になった。勉強を教えてもらったり、一緒に問題児を捕まえたりした。
魔方陣の上に立った異世界人は、だんだん薄くなって、消えていった。向こうの世界に行ったんだろう。
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