第24話 体育祭はハードスケジュール
「依頼の件だが、そちらの彼は生徒会の引き継ぎをしなければならないし、もうすぐ学園祭の準備が始まって風紀委員会も生徒会も忙しくなるんだ。だから学園祭が終わるまで学園に居続けてもらえないだろうか」
「なるほどそうですね、かしこまりました」
俺はただの風紀委員だからすぐ学園を去っても誰も困らないだろうが、友人は生徒会副会長だから、今学園からいなくなると公認の副会長は突然仕事もわからないうちに学園祭というおお仕事を任されることになってしまう。理事長の言う通り学園祭の後に去るのがちょうどいいタイミングと言えるだろう。
「これからは彼が言っていた、学園の敷地内に侵入していたという外国人を探して、見回りを強化するよ。また現れないなら、それはそれでありがたいけどね。これからは生徒たちの体から魔法が抜けていくのを待つだけだ」
学食に魔法の液体を混ぜたと、その生徒は言っていた。
「どうやって魔法の液体を学食に混ぜたか分かりましたか?」
「教えてくれたよ。シェフたちが入る外側の入り口から侵入して、鍋に混ぜていたらしい」
食材を運び入れたり、スタッフがとにかく出入りするから、常に鍵は開いているだろう。そこを突くなんて、指南した外国人はよく考えたものだな。そいつが見つからないままというのは気分がいいものではないが、もう一ヶ月以上経っているから、同じ不審者がずっと学園内にいるとは思えないし理事長が見回り強化で済ますのも仕方ないな。
「ほんとうに、いくらお礼しても気がすまないよ」
「困っていた生徒を助けることができて、笑顔が見れて十分のお礼が受け取れましたよ」
友人が微笑む。さすがに今回は俺もここの生徒たちに情が移ってしまって、生徒会長と風紀委員長が和解したときにはウルっと来たもんな。
「それでは後少しの間、よろしく頼みます」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。それでは失礼します」
「失礼します」
お辞儀して理事長室を出る。この階に生徒会室があるから、そのまま友人は生徒会室に直行するようだ。俺も風紀室に行って午後の見回りルートを確認せねば。風紀室もこの階だ。
「それじゃあ、午後も頑張ろうね」
「おう」
風紀室に行くと、不良が風紀委員長の仕事を手伝っていた。屈んで書類棚の下段からファイルを探している。
「いつの間にどっか行ってたんだよ」
「お前が寝てる間。委員長、お話が」
「どうした」
「先程理事長とお話をしてきたのですが、転校の日取りが決まりました」
委員長が目を見開いている。不良が近寄ってきた。
「まじでお前」
「親御さんの仕事か」
「はい、元から転勤が多い仕事で」
「いつ頃になる」
「学園祭までは風紀委員にいます」
「それは助かる。とにかく学祭は忙しくなるんだ。みんな浮き足立っているからトラブルが増えるんだ」
「そっか。お前、転校するんだ」
「おい、頼んだファイルはどうした」
「うぁ、ああ、すみません」
不良は思い出したようにファイルを探しに棚の前に戻った。俺の転校に動揺してくれているようだ。一緒に居れたのは短い期間だったのに、なんだか嬉しい。
「次はどこに行くんだ」
「フロリダっす」
「遠いな」
口からでまかせだ。とにかく国外を言えば、細かい質問はされないだろう。下手に国内の地名を出すと、学校の名前まで聞かれかねない。
「お前のことは友人だと思っていたから寂しくなるな」
「委員長」
「でも、お前のおかげで生徒会長と和解できた。心から感謝している」
「良かったっす。俺がいなくなって委員長の友達がゼロ人になったら可愛そうッスから」
「相変わらずだな。私に対してそんなにフレンドリーな年下はお前だけだ」
本当は年下じゃないけどな。この鉄仮面に生徒会長という同い年の友達ができたようで、お兄さん安心したよ。
大きなトラブルはあったが、体育祭は執り行われた。前日まで書類の催促やら見回りの強化やらで大忙しだった俺は、正直体力ゲージがゼロに等しかった。けれどリレーの練習を頑張ってきた爽やかくんはすごく楽しみにしていて、俺は彼にバトンを渡す役割があるから、一生懸命取り組まなければと気を引き締める。
「絶対一位取ろうな」
白いハチマキを頭に巻いた爽やかくんが満面の笑みでこちらを見てくる。
「おう、頑張ろ」
俺は爽やかくんとグータッチする。
「おい、見回り行くぞ」
不良がグラウンドの入り口から駆けてきて、俺を呼んだ。
「よっしゃ行くか。それじゃ、400m走のときには戻ってくるから」
「いってらー」
爽やかくんに見送られて、開会式の前に俺と爽やかくんは風紀委員会の見回りの仕事を始めた。この時間に校舎周りを見回って、体育祭をサボっている生徒をグラウンドに追い返す。案の定、校舎周りでしゃがんで駄弁っている生徒たちを発見。
「おいグラウンドに戻れー」
「うわっ」
「風紀だ」
「げげっ」
「はい、戻った戻った」
そそくさとグラウンドに戻っていく生徒。ハチマキを頭に巻いていて、一応体育祭に参加する気はあるようだ。おそらく校長の長話が聞きたくなくて開会式をサボろうと言う魂胆だったんだろうが、追い返すのが俺たち風紀の仕事だ。
そして校舎の角を曲がると、今度は全く体育祭に参加する気のない制服姿の髪型がやんちゃしている生徒たちを発見。殴りかかってきたが、シンプルな喧嘩の強さで勝った。敗走するところを見送る。俺たちの見回り範囲から出ていってくれればなんだって構わない。
「そろそろ400m走、始まるんじゃないか」
「仕方ねぇ、行くか」
俺たちの学年の生徒たちがグラウンド手前の400mスタート地点に集まり始めていた。不良は面倒くさそうにしているが連れ立って集合地点に向かう。
「お疲れ」
爽やかくんが軽く手を降ってくる。
「応援合戦聞こえてたぞ」
紅白対抗の応援合戦をしている声が、グラウンドの方から聞こえていた。
「声枯れた」
「お前、応援団でも無いのにハリキリすぎだろ」
喉を抑えて見せる爽やかくんに思わず笑ってしまう。
体育教師が片耳を押さえてピストルを持った手を上げて、空気が破裂する音でスタート。俺は同じ列に並んでいる生徒を置き去りにしてトップを走り、ゴールテープを切った。同じ列は小柄で運動が不得意そうな生徒ばかりだったから一位は当然だぜ。
ゴール側から、不良や爽やかくんがトップを走ってくるのを見届ける。
「よし、見回りに戻るか」
「休ませろ」
いまゴールしたばかりの不良を引っ張って、見回りの仕事に戻る。
グラウンドの方が凄くざわざわし始めた。
「ちょっと見に行こうぜ」
グラウンドが見えるところまで近づくと、生徒会長と風紀委員長がスタートラインに立っていた。世紀の対決だ。
「すげぇ! 頑張れー風紀委員長ー!」
俺は大声で応援する。やっぱり自分が所属している委員会の委員長に勝ってほしいよな。2人は他の生徒を置き去りにして接戦に。ゴール際ギリギリで風紀委員長が勝ったようだ。ガッツポーズをとった後に、生徒会長を指さしている。
「いま絶対、運動不足がたたったな、って言ってるぞ」
不良が勝手にアテレコする。
「言ってそう。生徒会の仕事をサボって遊び呆けているからだ、ってね」
なんだかんだ生徒会長の方も楽しそうだ。憑き物が取れたようだ。負けて悔しがっているのが証拠だ。今までの生徒会長なら悔しがらないだろうし、何なら体育祭に参加しないかもしれなかったから。
とうとうリレーの時間が来る。俺はだんだん緊張してきて、心臓のあたりを抑えていた。
「リラックス、リラックス」
爽やかくんが落ち着かせてくれる。
俺にバトンを渡す生徒がスタートラインに立った。俺の番が近づいてきている。その生徒がバトンを受けて走り出す。開いたところに俺は立った。一周回ってバトンを持った生徒が近づいてくる。俺は少しずつ走り出して、バトンをしっかり受け取ると全速力で走った。フォームは完璧だ。しかし俺より先に走り出した生徒には届かない。二番でアンカーの爽やかくんにバトンを渡した。ぐんぐんスピードを上げて、一位を追い越す。トップでラスト1周を周り、ゴールテープを切った。
「やった! 一番だ!」
俺は爽やかくんとハイタッチ。爽やかくんは息切れしながらハイタッチを返してくれた。皆で一位を喜び合う。その後の閉会式は見回りのため見に行けなかったが、代々リレーで一位を取った生徒に渡されている金メダルを首に下げてもらった爽やかくんを見ることはできた。終わったらすぐに返すらしいが、リレーのメンバーで記念写真を撮ってもらった。ちゃんと写真屋から呼んだカメラマンが撮ってくれた。
始まる前には一悶着あったが、始まってみると最高の体育祭だった。寮に帰って朝ぶりに友人に会ったが、久しぶりに体を動かしたといって楽しそうだった。俺はその日、心地よい疲れでよく眠ることができた。
体育祭が終わったら、文化祭に向けた準備が始まる。
この日の六時間目の授業は、文化祭の出し物決め。クラス委員長が黒板の前で仕切っている。担任は窓際に腕くんで脚くんで、目をつぶっておひさまに当たりながらうつらうつらしてる。いや、気を抜きすぎだろ。
「それじゃあクラスの出し物なにがいいか、意見がある人」
「はい、メイドカフェ」
爽やかくんが元気に手を上げた。
「メイドカフェ、と」
クラス委員長が書き込む。
「馬鹿? お前。誰がやると思ってんの。こいつらだよ」
俺は文化祭が何に決まっても、風紀委員会なので当日はクラスの出し物を手伝うことができないから構わない。けど見たくないだろ、こいつらのメイド姿。
「じゃあお前は何がいいんだよ」
「休憩所だろ」
「なにすんだよ、それ」
「文化祭見て回って疲れて人たちが座って休んだり、買ったもの食べたりする」
「準備めんどいし、いいなそれ」
不良が賛同してくれた。爽やかくんは皆ではしゃげるような楽しいものがいいらしく不満そうだ。まあ、そういうのがいいだろうと俺も思う。休憩所は冗談だ。
「じゃあ、多数決を取ります。一回だけ手を上げてください。メイドカフェ、女装カフェ、執事カフェ、お化け屋敷、焼きそば屋」
いやカフェ率高すぎな。
「はい多数決の結果、女装カフェに決定しました」
「おおー」
メイドカフェを提案した爽やかくんは、女装カフェに決まっても嬉しそうだ。
「次は担当を決めます。必要な役割を挙手してから提案してください」
まばらに手が挙がって女装、調理、買い出しの3つが出された。
「女装やりたい人」
「はい!」
爽やかくんが元気に手を上げて、皆が笑っている。ちらほらそれにノッて明らかに女装向けじゃないやつらが手をあげだした。地獄かな?
「楽しみだな」
俺は準備段階で必要な食品を調達する係に決まった。コンビニで買うだけだから楽だ。女装に使う服をどこで調達するかというところで話し合いが詰まったが、先生がドンキで買ってくるというから、ある程度何を着るか決めたら先生に買い出しを頼むことになった。皆ドンキが何かよく分かっていなかった。さすがお金もちだ。
俺は文化祭の準備と風紀委員会の見回りを同時進行で進めた。といっても、ほとんどクラスの出し物の方はクラスメイトに任せきりで、たまに買い物メモを持ってコンビニに行ってくるくらいだ。あとは調理室と教室の間を荷物を持って行き来したり。
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