第16話 中間試験結果発表
今日は、とうとう中間試験の順位が発表される日だ。廊下に張り出されるらしい。俺たちは教室の席について、先生が来るのを今か今かと待っていた。すでに数日前からテスト結果が順次返却されていて、結果はどれも90点超えだから、いい線いっていると思う。
「すごい顔してんぞ」
爽やかくんが俺の顔を見て笑う。正直冗談を言っている余裕はない。この結果に色々懸かっているんだ。不良が俺の座っている椅子を蹴った。
「今から緊張したって手遅れだろ」
「お前は点数良いからいいよな! 授業ろくに聞いてないのに」
この不良、授業中は机に伏せて寝てたくせにテスト勉強中からすでに俺より覚えが良かったし、半分以上の教科で俺より点数が上だった。
「先生来たぜ」
学年主任が丸めた巨大な紙を持って、廊下の壁に張り出した。俺たちは廊下へ出た。他のクラスの生徒達も一緒に廊下にワイワイ出てきた。クラス委員長が紙を押さえるのを手伝い、先生が画鋲を刺して、生徒たちに軽く挨拶をして去っていった。
上の方から自分の名前を探していく。すぐに見つかった。
「あった! やった3位だ」
「よっしゃ、よくやったな!」
嬉しくてたまらない俺は、俺と同じくらいのテンションで喜んでくれた爽やかくんにもみくちゃにされる。やった!
一位は風紀委員の生徒、二位は不良だ。クラス委員長も一桁代の順位をとっている。
「お前すげえじゃん。いつもこの順位?」
「二位は初めてだな」
「勉強した甲斐があったよな、俺も赤点一個しか取らなかったもんな」
そう、爽やか君は残念ながら英語で赤点をとってしまった。しかし他は1つも赤点を取らず、これは爽やかくんにとって史上最もマシなテスト結果だったらしい。テスト返却が終わった時点で俺はドンマイと励まそうとしたが、一緒にテスト勉強をしていたクラス委員長と不良が爽やかくんのテスト結果に安心している様子を見て、これでも爽やか君は善戦したのだと知った。そして一緒に喜びあった。
「いいんちょー、俺やったよ」
俺はクラス委員長に報告しに行った。一緒に勉強してくれた仲間だから。
「おめでとう。上位三位は風紀委員が揃って入るのが常だから、とても異例なことだよ」
クラス委員長は眼鏡の奥のまんまるな目を細めて微笑んだ。
「まじで! やったな」
俺は勝手に不良と肩を組む。不良のリアクションは薄いけど、なんかいつもより楽しそうだ。やっぱり二位を取ったのが嬉しかったのか。
高順位を取った俺と不良は風紀室に行った。他にも生徒が並んでいる。試験の結果で風紀委員は選ばれる。今季の風紀委員はこのメンツという訳だ。前に食堂で生徒会長とトラブルになったときに話をした風紀委員長が、並ばせられた俺たちの前に立って背中で手を組んでいる。
「これから勤勉なお前たちには、この学園の風紀を守る委員会活動に励んでもらう」
委員長の後ろの壁の高いところに、文武両道と筆文字で書かれた半紙の入った額縁が掛かっている。この部屋だけ質素で、普通の公立高校と同じような造りをしている。そういえば職員室もこんな感じで質素だったな。文武両道、質素倹約。風紀委員長は鉄面皮で堅物。
俺の隣には不良が立っている。いつもより怖い顔だ。不良が風紀を守るというのは、矛盾している気がする。まずお前が自分の風紀を正せと言いたい。ただ暴れん坊を捕まえるのは得意そうだ。
風紀委員長が、俺の前に立つ。薄い唇を横一文字に結んでいる。
「お前、ネクタイを正せ」
「はい」
やべっ、ゆるくネクタイを締めていたから、叱られてしまった。今度は風紀委員長が不良の前に立つ。
「その髪色は地毛か」
「はい、ハーフなんで」
まじか。髪染めてるのかと思ってたら、ただの地毛だった。
「ネクタイはどうした」
「なくしました」
「担任に言って借りるように。次回からはネクタイをしてこい」
「はい」
クソめんどくさい、と不良の顔に書いてある。厳しそうな風紀委員長だが、むちゃくちゃな事は言わないし、理不尽に叱ることもないようだ。やはり顔は怖いが優しい心の持ち主だ。短く刈り上げた頭を撫で回したい衝動に駆られる。
「これから腕章を配る。委員会活動中は常にこれを着用し、まずは自分が風紀委員会として正しい行いをするように」
さっそく腕章をつける。これをつけているときに校則破るなよ、という訳だ。
次の試験でも良い点数をとって再び風紀委員会に入れるとは限らないから、今季のうちに、つまり期末試験より前に生徒会とコンタクトをとって事件解明に至らなければ。
「風紀委員会の主な仕事は校内の見回りだ。2人ペアで行ってもらう」
他の生徒が授業している間も、サボりの生徒を探して校舎や校舎裏など見て回るという。たしかにこの仕事、成績が悪い生徒にはやらせられない。授業を受けなくても大丈夫そうな生徒に任せるしかないからな。
俺は不良とペアを組んで、校舎周辺を見て回るよう指示された。
「お前とペアなら安心だな」
さっそく一階に降りて、玄関から校舎の壁伝いに見回り始める。
転校初日、この辺で不良が異次元の喧嘩をしているのを見た覚えがある。アメリカ育ちの実践で喧嘩を覚えた俺と、すぐ拳や蹴りが出る不良のこいつなら、もし攻撃魔法を使える不良が相手でもなんとかなるだろう。
「なにが安心だよ。俺の魔法、地図出せるだけだぞ」
「俺は力持ちだ」
「それ魔法じゃないだろ」
「元々より力持ちになったんだよ。片手でお前のこと持ち上げられるぞ」
「絶対やるなよ俺に」
駄弁りながら芝生が靴で荒らされているところを歩く。この辺は道ではないが、生徒たちが屯している証拠だ。でかい声で騒いでいる音が、校舎の出っ張りの向こう側から聞こえてくる。こちら側から死角になっている場所だ。
「おいこら授業受けろ」
「初仕事だ腕がなるぜ」
サボって屯する生徒たちのご尊顔を拝んでやろうと校舎の角から飛び出すと、体が大きい生徒たちが、可愛い顔の生徒に覆いかぶさっていた。その生徒を囲んで、服を脱がそうとしている。ブレザーのボタンが弾け飛んでいた。
「やっちまったなてめぇら」
不良が肩を回す。
「反省文じゃ済まないな」
俺は拳を鳴らした。
二人で手分けして、生徒たちを捕まえて、腕を決めて地面に抑え込む。逃げようとしている生徒を追っかけて肩を掴んだら、そいつはすっ転んだ。肩を痛そうに抑えているが、大げさなやつだ。全員をのしたら、風紀委員に電話で報告。風紀委員長たちが応援に来るまで、大柄な生徒の背中に座って、被害にあっていた生徒から話を聞く。
「怪我はないか」
「大丈夫です。ありがとうございました」
女顔の幼い雰囲気をした生徒は、小さい手で慌ててシャツの前を閉じている。いくつかボタンが弾けてしまっている。
「ここには呼び出されたのか」
「はい」
「変なとこ触られなかったか。俺らに言いづらかったら、後で被害報告を書いてもらうから、そっちに頼む」
何もされなかったということは無いだろうから。
「わかりました」
うつむく被害者の生徒。
「どこの親衛隊だ」
不良が、生徒二人の腕をそれぞれ捻りながら、被害者の生徒に聞く。最初から、この生徒が親衛隊だと決めかかっているようだ。確かに化粧をした可愛いチワワ顔の生徒はだいたい生徒会長か会計の親衛隊だ。副会長と双子は美人なこともあって、親衛隊にはゴツいやつが多い。
「会長様の親衛隊です」
小柄な生徒は目を伏せた。
「なんて言って呼ばれたの」
「会長が呼んでるって」
可哀想に。あこがれの人に会えると思ったら、こんな目に合うなんて。小柄な生徒が泣き出してしまった。掛ける言葉が見つからない。こんなとき、友人ならなんていうだろうか。
「おい、誰に頼まれた」
不良が、大柄な生徒に言う。
「知るか」
「折るぞ」
不良は加害者の生徒を締める手を強めた。しかし加害生徒は飄々としている。
「俺の魔法は体が鉄になるってやつだ」
そういうことか。不良がいくら締めようと、体が鉄のように固くなれば全く痛くないというわけだ。
「良い魔法持ってるな。ちなみにこの風紀委員は鉄も折り曲げられる怪力持ちだ」
不良が顎で俺の方を指した。俺が抑え込んでいた生徒が青くなって暴れ出す。
「誰に指示されたか言う気になった?」
尻に敷いていた生徒に声をかけると、何度も頷いている。
「言う! 言います!」
「早く言え、今すぐ」
「生徒会長の親衛隊の副隊長です」
あー、そういうことか。
「つまり、生徒会長の親衛隊副隊長が、自分とこの親衛隊の子を襲うように命令したと」
「俺らは別に怖がらせるように指示されただけで!」
「それ以上のことをするつもりはなかったんだな」
「そうです」
生徒会長の親衛隊副隊長の思惑通り、被害生徒はものすごく怖い思いをしただろう。
「お前ら何年生」
誰一人としてネクタイを締めていないから、学年がわからない。
「三年です」
「あーあ、進路に響くぞ。親御さんは会社経営とかしてるの」
俺が問うと、「そうです」と加害生徒。
「ま、それなら最悪、退学になっても中卒扱いで自分の親の会社に雇ってもらえるな」
「退学は勘弁してください」
「俺が判断することじゃないから、なんとも」
「停学くらいにしかならねぇよ」
不良が吐き捨てた。親が献金していれば、学校もむやみに退学にできないのか。ボンボンで良かったな。
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