第4話 寮のお部屋はふたりでひとつ
「とりあえず荷物はここに置いて、部屋見て回ろうぜ」
ドア横の蛇腹扉は靴を置いたり上着をかけるところ。その隣は風呂トイレ、洗面所。短い廊下みたいなところを抜けたら、右側に大型テレビ、その下のTVラックの中に小さい金庫。旅館とかにあるやつ。財布くらいなら入りそうだ。
ドアから正面の壁にヨーロッパ調の窓。重厚なカーテンがオシャレな紐で縛られている。部屋の真ん中にはマホガニーみたいな高そうな木のテーブルと布のソファがある。テレビの向かいの壁がアーチ型に切り抜かれていて、奥にもう一部屋ある。
「ワンルームじゃないんだ」
友人がうれしそうに奥の部屋に入っていく。ベッドルームになっている。この部屋一つでふつうのホテルくらいの設備がある。簡易机に押入れ。そして高いホテルの部屋特有のよくわからない謎の絵画も飾ってある。どどんと置かれたキングサイズのベッドに仰向けに友人が飛び込む。なぜか枕は5、6個ある。突如2人でこの部屋を使うことになったので、枕が一つしかない場合も考えられたし、多いに越したことはないな。
「わーい、ふかふかだよ。沈むぅ」
「もし一緒に寝るのが無理なら、俺はベッドで寝るけど」
ひとりじゃないと眠れない人も一定数いるから、一応聞いてみる。こいつに限っては可能性は低いけれど。
「え、一緒に寝ようよ。こんなに大きいんだよ」
甘えた声で俺の腕を引っ張る友人。つばを飲む。
「じゃあ、そうする」
一人暮らしの部屋くらい充実していて、長期間滞在するのに快適な空間だ。話し合いながら食事がしたければ、コンビニで食べ物を買って部屋で食べてもいいかもしれない。
窓の外からは、山の下に霧のかかった町並みが見える。さっきは永遠に森が続いていたから、誰かのいたずらが終わって、空間の歪みがもとに戻ったようだ。
「魔法かぁ。考えても無駄なんかな」
俺はソファにどっかり座った。なめらかな生地が肌心地良い。どっと疲れてしまった。本当は問題児と話をして、夕方には帰る予定だったのに。
「いくら喧嘩なれしてたって、ハンドパワーみたいなの使われたら太刀打ちできないよなぁ」
手のひらを壁に向けて構えてみるが、もちろん俺の手からは何も出ない。
向かいのソファに膝を揃えてちょこんと座る友人。カーディガンを脱いで、ソファの肘掛けにかけている。
「部屋共有なんだから、お前の部屋みたいに散らかすなよ」
「はーい」
こいつの部屋はいわゆる汚部屋。床が見えなくなったら、俺が片付けてやっていた。おしゃれはするのに服を片付けない、料理にはこだわるのに食器をシンクに貯める、ゴミは出さない。徹底的に片付けが嫌いらしい。天井の隅っこに蜘蛛の巣を見つけたときは、お前マジかとドン引きした覚えがある。
一方の俺は料理はしないし服も同じような柄のないシャツを着回しているが、とにかくいらないものを捨てるのが好きで、片付けは趣味みたいなもの。暇つぶしにコロコロを床に掛けることもある。愛用のテープラーがあって、良さげな収納ボックスを見つけたらとにかく買って、ジャンルごとに名前をラベルプリンターで打って貼っている。つまり、俺と友人は正反対ということだ。
「洗濯ってどこでやるんだろ」
「ランドリールームが地下にあるみたいだ。金持ちのボンボンでも自分で洗濯するんだな」
「お手伝いさんは学校にまで連れてこれないからねぇ」
「とりあえず、まずは生徒に混じって生活して、生徒会がどんなトラブル起こしてるのか観察してみようぜ」
「だね。やばい! バ先に休むって連絡しないと」
そういって友人は窓際に行くと、スマホで平謝りし始めた。電話越しなのに頭を下げている。こいつは子供の悩み相談依頼が入るたびにバイト先を休むから、すぐクビになる。友人のバイト歴は履歴書一枚には収まらないくらいだ。今回も一ヶ月休むことになるから、多分クビになるだろう。やめればいいのに、とは言えない。子供の悩み相談だけで、満足な給料を出すことはできない。依頼が入らないときは暇になるから、バイトしたくなるだろう。
「うえーん、またクビになっちゃったよー」
「コンビニ? 薬局の向かいにある」
「そこはとっくに辞めさせられたよ。今は図書館の近くにあるコンビニ」
その間に居酒屋バイトもやってたそうだ。
「わりぃな。この依頼、俺だけで受けるか? お前は帰っても大丈夫だから」
「大丈夫じゃないよ、絶対大丈夫じゃないね」
まあ、本当は俺ひとりでは大丈夫ではないが。こいつの説得がなかったら、俺が力技で抑え込んでブチギレて余計怒らせて収集つかなくなる可能性も往々にしてある。一応、聞いてみただけだ。
「コンビニ行くか」
「そうしよっか。今日の夕御飯はコンビニでもいいかもね。色々これからの準備するのに時間かかるだろうから」
「だな」
さっき柳田に連れられてきた道を戻って、コンビニに向かう。食堂は相変わらず閉まっていた。まだ少し時間が早いからだろう。
自動ドアが開いて、カランコロンとベルが鳴る。廊下より少し涼しい。この空間だけいつもどおりの空間で落ち着く。金持ち空間にずっといたことで気疲れしてたのかもしれない。
「いらっしゃいませー」
コンビニ店員のお姉さんがこっちを見ずに挨拶する。
入ってすぐ、雑誌コーナーの向かいにお泊りセットや下着類、シャツが揃っている。ふだんコンビニを使うときはコンビニに衣類をおいて誰が買うのかと思っていたが、今はありがたい。とりあえず洗濯しても着回せる数を友人の持っているかごに入れていく。友人は、化粧コーナーの前に陣取っている。2、3種類くらい化粧品のメーカーごとにコーナーが別れていて、左右に動きながら友人は真剣にそれを覗き込んでいる。
「化粧直しに使うものしか持ってこなかったから、色々買い足さないと。肌に合うかなー」
その間に、筆記用具を選ぶ。どれも少し高い。おっと、充電器を買っておかないと。そして週刊誌を立ち読みして、カゴに入れた。いつもはゴシップに興味はないけれど、暇つぶしに丁度いいだろう。
友人はまだ化粧コーナーで悩んでいるようなので、栄養ドリンクのコーナーから、ゼリータイプの栄養ドリンクをたくさん棚から取る。
「ちょっと、栄養偏るよ。軽食ならおにぎりとか買えばいいじゃん」
いつの間にか化粧を選び終わった友人が、俺の後ろから注意してきた。友人の持っているカゴには、俺の母ちゃんが使う化粧品より可愛くてキラキラした化粧品が入っている。
「夜中におにぎり食ったら太る」
俺は夜中までパソコンの前で仕事しているタイプだから、小腹がすいたとき用にこれが必要なのだ。更に、眠気に負けそうになったときのためにエナジードリンク、眠りが深くなると話題の飲み物もカゴにポイポイ入れていく。
「重いよ、もうカゴ持って」
カゴを押し付けられてしまった。友人は化粧品を選び終わったようで、ドリンクコーナーを見て回った。
「酒ない」
「しぃーっ、当たり前でしょ学校なんだから」
飲み物はペットボトルの水、それから友人が飲みたがったスムージーを買うことに。
「これ底にカエルの卵沈んでる」
「チアシード!」
いまのはちょっと怒らせようとした。俺の茶目っ気だ。
ささみ入りサラダを俺が選ぶと、オクラとか海藻が入った、タンパク質ゼロのサラダを友人が選ぶ。俺はサラダチキンかささみばかり食べるし、友人や野菜ばかり食べる。偏食具合はどっちもどっちだ。
弁当は和洋色々揃っている。
「焼肉弁当ある」
「俺はパスタかな。あ、スイーツみたい」
友人がスイーツコーナーに吸い寄せられていく。ちょっとお高いスイーツが並んでいる。
「全部買おうぜ」
「えっ?」
ポケットからブラックカードをちらつかせる。理事長のポケットマネー百万円がチャージされている。これから頭をいっぱい使うだろうから、甘いものはいっぱいあってもいいだろう。
「小さい冷蔵庫しかないから、これと、これと、これだけ買う」
クリームとさくらんぼが乗ったプリンに、抹茶のシュークリーム、小さめのクレープだ。友人は洋食や洋スイーツが大好きみたいだ。
「スイーツ何買う?」
友人が、俺の好きそうなスイーツを選んでくれている。あまり普段スイーツを食べることはないが、せっかくだからコーヒーゼリーを選んだ。3つ入りだから、一緒におやつの時間が楽しめるって寸法だ。
「部屋に冷凍庫なかったよな」
「うん、冷蔵庫だけだった」
「アイスは我慢するか。菓子買ってこーぜ」
スナック菓子を色々、カゴに入れていく。手につきにくいチョコレートも買っておこう。パソコンで仕事しながら菓子をつまみたい。ポテトチップスは手が油まみれになるから控えておこうか。友人は野菜チップスをかごに入れた。俺は豊富なナッツ類を色々カゴに入れていく。
最後にレジ前のホットスナックを見る。まだ夕飯には遠いから、軽食に肉まんが食べたい。
「肉まんひとつ。お前は?」
「俺はハッシュドポテトにする」
「じゃあ、肉まんとハッシュドポテトを一つづつください」
「はい、お会計はこちらでお願いします」
レジ台の上が黒いガラスになっていて、奥で赤いランプが光っている。買い物かごを置くと、隣のモニターに買ったものがすべて表示されている。合計額が表示され、あまりの高額に目が飛び出そうになる。
理事長から預かったブラックカードを読み込ませて、支払いを終了する。エコバックを持っていないので、レジ袋は買っておいた。箸を2膳もらう。友人と俺でコンビニ袋を分けて持つ。
「ありがとうございましたー」
コンビニ店員の元気な挨拶を背に、自動ドアをくぐって廊下に出る。渡り廊下を通って、寮の部屋までのんびり歩く。渡り廊下の、食堂の扉がある方とは反対の壁に、窓が並んでいて、きれいな庭が見える。窓枠に切り取られた景色が絵画のようだ。
ホテルのロビーを通り過ぎて、エレベーターの中で一瞬だけふたりきりになる。俺が友人のきれいな横顔を少々見上げる感じで眺めていると、視線を感じたのか、こちらを見てきた。なにか会話を交わす前に、俺たちの部屋がある階につく。
この重い荷物を持っているときに、長い廊下を歩くのはしんどい。
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