第3話 豪華絢爛学校案内 with ホスト教師

「教員の柳田を呼んでいます。制服や教科書を受け取ったり、校内や寮を紹介したりさせましょう」


 立ち上がり、ドアを開けてくれる理事長。頭を下げて廊下に出る。廊下にまるでホストみたいな髪型のド派手なスーツの男が立っている。


「ではなにとぞ、よろしくお願いいたします」


 深々と頭を下げる理事長に、こちらも深々とお辞儀を返した。


「柳田くん、あとはよろしく頼むよ」

「っす」


 顎で会釈する柳田。理事長に対する態度ではない。


「はじめまして、君の担任の柳田です」

「そうでしたか。よろしくおねがいします」

「そっちの君の担任は、あとで紹介するから。とりあえず今は俺が校内紹介するってことで」


 どうやらクラスが違うらしい。転校生を二人同時に任せられたら先生の負担も大きいだろうから、妥当だ。話し合いのたびに教室を出て友人の教室まで会いに行かなければならないのは面倒だが。


「ついてきてね。はぐれたら知らないよ」


 ポケットに手を突っ込んだ、かっこつけた歩き方の柳田。俺たちは後ろからついていく。エレベーターで下の階に降りると、物置のような部屋に通された。ダンボールがたくさん並んでいて、チアガールが使うポンポンがはみ出ていたり、なぞの木の板とかが乱雑に置いてあったりする。ちょっとほこりっぽい。

 柳田は一つ箱を開ける。制服が入っている。


「君はSサイズでいいよね」


 悔しいが事実だ。友人にはMサイズの制服が渡された。そして、赤と青のネクタイをそれぞれに渡される。


「これは二年のネクタイ」


 俺は青色のネクタイを渡される。金の糸で縁取りがあるネクタイだ。


「こっちは三年のネクタイね」


 友人には赤いネクタイを渡される。同じく金色の刺繍で高級感を醸し出している。

 おい、待ってくれ。俺が二年生で友人は三年生? 学年まで違うのかよ! そんなに俺は童顔か。ムカつく、これは理事長に抗議したい。イライラしている俺を見かねて、友人が耳元に口を寄せた。


「両方の学年を見られて、いいんじゃない?」


 たしかに、俺はうなずく。二年と三年の両方の生徒を見守ることができて、良いというメリットはたしかにある。しかし、俺が三年でこいつが二年でもいいのに。いや、無理があるか。身長が12センチも違うのだから。


 試着を促されて、制服に袖を通す。白いブレザーで、襟に金のラインが入っている。校章の刺繍もド派手で、俺は金持ちです、と全身で言っているようだ。友人が着ると、顔がいいのもあってすごく似合っている。まじで上半身だけ見たら女の子だ。ズボンをはいているからギリギリ男とわかるくらいだ。


「ちょっとズボンぶかぶか」


 そういって友人はベルトをギュッと締め直した。細い腰だ。一方の俺は、一旦来てからSサイズはちょっと小さいです、と言おうと思っていたのに、あまりにフィットしているものだから、悔しい思いをしている。


「体操着も渡しておくから。袋に入れるか。うーん、わりぃ、ないみたい」


 柳田はあちこち段ボール箱を開けていたが、結局丁度いい袋は見つからず、制服は着たまま、着てきた私服と体操着は手に持って移動することになった。廊下を歩くときは制服で、という規則があるらしい。


「教員室で学校生活の栞と、教科書と生徒手帳を渡すから」


 そういって三人で教員室に向かう。しばらく私服しか着ていなかったから、制服はなんだか窮屈に感じる。俺はしっかり締めたネクタイを緩めた。


 教室をいくつか挟んだところに教員室があった。コーヒーの香りと、素早くテストに丸をつける音。蛍光灯の明かりと、電話がどこかで鳴っている。懐かしさで目眩がした。


 簡易的な応接コーナーみたいになっているガラステーブルの上に、半透明なビニール袋に大量の教科書が入っている。それがふたつ。柳田は両手に一つずつ、それを重たそうに持ち上げて、俺たちに渡してくる。一番上に学校生活の栞と書かれた手作り感のある冊子があり、その上に白いカードキーが載っている。


「このカードキーは寮の鍵と、生徒手帳を兼ねてるから、絶対なくさないように。再発行には金がいるから。名前あってるか確認して」


 カードキーには洒落た書体で俺の名前が刻まれている。学生証と違って顔写真を貼る欄がない。


「合ってます」

「大丈夫でーす」


「校則は学校生活の栞に書いてあるから、しっかり読み込むこと。とくにお前。お前の担任は俺だから、問題起こされると俺まで怒られて面倒だから勘弁してくれよ」

「はい」


 なんだこいつ。およそ先生の態度じゃないぞ。見た目も喋りも全身からホストっぽさが出ている。


「柳田くん、しっかり説明しなさい」

「うぃーっす」


 デスクがお誕生日席にある中年男性、おそらく学年主任に叱られる柳田。反省の様子はない。


「あそこにいるのが、君の担任」


 柳田が隣のテーブルの島に座っている教員を指す。友人がその先生の元まで行って挨拶を済ませると、また柳田に案内してもらうため、こちらに戻ってきた。


「っしゃあ、そしたら寮の部屋、教えるから」


 大きく伸びをした後に、着いてきて、と教員室を先に出る柳田。振り返って、教師たちにお辞儀してから柳田の猫背を追いかける。エレベーターの下へ行くボタンを柳田が押して、エレベーターが登ってくるのを待つ。


「先生はなんでホストみたいな格好してるんですか。ホストもやってるんですか」


 無言の時間を埋めようと聞いてみる。私立なら、公務員じゃないから副業がオッケーなのかもしれない。


「前職がホストだったんだよね。店とトラブルやらかして、やーさんに目ぇつけられて、もう東南アジアに逃亡するしかないかと思ったら、理事長が拾ってくれたんだよ」

「は、波乱万丈ですね」


 このダルそうな感じから、そんな無鉄砲で血気盛んな姿は想像できない。


「ホストみたいな格好の先生って珍しいよね」


 友人はホスト教師の着ているスーツに興味があるようだ。黒い細身のスーツは、ジャケットの中に同色のベストを着込んでいる。これでポケットにハンカチ差し込んだら完全に現役ホストになりそうだ。


「金ないからスーツこれしかないんだよね。俺が高校のときのジャージ着てきていいか聞いたら、さっき怒ってた先生いただろ、あの先生に止められたんだよね」


 本当に適当すぎるだろ。学校指定ジャージを卒業後に部屋着にするヤンキーじゃん。


 エレベーターに乗り込んだら、柳田が一階のボタンを押した。なんとなく回数表示のあたりを見上げてしまう。

 一階についたら、コンビニ前を通り過ぎて、屋根のある渡り廊下を歩く。右に茶色の両開き扉があって、食堂という札がある。


「ここが食堂。すげえ高いから、俺はコンビニで食べてるけど」


 理事長からブラックカードを与えられているから、俺たちは高い料理をいただくことができる。教員の給料じゃ食べられないほど高い料理。ますます気になってきた。


「この学校の先生は給料高そうなのに」

「借金とリボ払い残ってるから」


 リボ払いとは、ローンを組んで買い物をしたら、一生利息だけ払い続けることになる、誰に聞いてもやめとけって言う怖いカードだ。まあ、さっききいた壮絶な過去を持っているのだから、保険証や健康保険証、携帯電話を売るようなことをしていなくて、まだ良かったと思うべきかもしれない。

 渡り廊下の突き当りに自動ドアがあって、毛足の長い絨毯に高そうな絵画のかかったホテルのエントランスホールみたいな空間に出た。ただ寮だからホテルと違ってフロントはない。丸テーブルに椅子が並んでいるが、ここに座って休むくらいなら自分の部屋で休むだろうから、お洒落として並べているだけかもしれない。


「この階がエントランス、このひとつ上の階から101、更に上の階が202、お前らは109と110だから、この上の階な」


 校舎のエレベーターより高級そうなエレベーターが降りてきた。針がいまいる階を指すタイプの階層表示だ。


「ここにカードを読み込ませるんだ」


 自分の持っているカードキーで行けるのは、自分の寮の部屋がある階だけらしい。寮の部屋のドアは間隔が広くて、部屋が広いんだろうということが察せられる。突き当りの一個前の部屋で立ち止まる。


「あ? なんだ、開かないぞ」


 戸惑う柳田。俺たちも目を見合わせる。すると、扉が開いて、ジャージの生徒が出てきて、柳田の顔を睨み上げた。上目遣いがヤンキーのそれだ。


「あれっ、部屋使ってる! おかしいな、二部屋開いてると思ってたんだけど」


 バタンッ。


 扉が勢い良く閉められる。頭を掻く柳田。


「わりぃ、あっちの部屋ふたりで使ってくれ」

「いいですけど」


 適当もここまで行くと天性の才能を感じる。だんだん、こいつ酒入ってんじゃねーかと思い始めた。

 部屋を開けたら、今度こそ空き部屋だった。すぐに俺と友人は、教科書の入った重いビニール袋を置いて、しびれた手を振る。


「オートロックだからカードキーを置き忘れて外に出ないように。貴重品は金庫にしまって鍵をかけること。何かあっても責任取れないから。それから廊下で騒がないように、他の人の部屋に泊まらないように。あとはまぁ、常識で」


 念押しに、絶対に責任を負いたくないという強い意志を感じる。そして先生は教員室へ帰っていった。

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