笑えますように

赤猫

笑顔を届ける天使

 親が成績が落ちていたから怒鳴って殴ってきた。

 右頬が痛くてジンジンする。

 中学に入ってからは成績表を見せるといつもこうなる。


 今は家を出て公園にいる…いわゆる家出というやつだ。


「初めまして!私はミオ貴方を笑顔にしに来ました!」


 こいつに対する俺の第一印象はアホだ。

 急に昼の公園で話しかけてくる不審者だとも思った。


「帰る」

「そんな事言わないでー!」


 俺の腰にミオと言った女の子は必死にしがみつく。

 こんな所を他の人に見られたら勘違いされる俺が悪いように見えてしまう。

 俺はとりあえずブランコに腰をかけて話だけでも聞くことにした。

 彼女は嬉しそうに隣のブランコに座った。


「いつもしかめっ面な貴方を笑顔にしたいんです」

「え、何?ストーカー?初対面の人に対して失礼だし…」

「ち、違います!酷くないですか?!気を悪くなさったのなら謝りますけど!ごめんなさい!」


 ころころと表情が変わって泣いたり笑ったりと忙しいやつだなと考える。

 そしてストーカーだったとしても今まで何か被害があった訳ではないし別に良いかと思った。


「私実は幸せを届ける天使なんです!」

「お前は、そっち系の人?厨二病的な…?」

「本当なんですって!信じてください!」


 また泣き出しそうな顔をしてミオは俺に抱きつく。

 俺はそれに嫌悪感を感じるというよりは不思議と泣きたくなってきた。


「泣きたい時は泣けば良いのではないでしょうか…私はそのためにここにいますから」


 優しく彼女は俺の頭を撫でてくれる。

 俺は親に一度も頭を撫でてもらったことがない。

 褒めてもらうこともだ。

 たとえテストで百点を取ったとしても家族はそれを「当たり前」と言っている。

 周りの子が羨ましく感じるほどに親に頭を撫でて貰える子供や褒められる子供を見ると強い憧れを持つようになったのは、どれほど前からだろうか?


「俺…ただ、認めて欲しくてっ…なのにそれを当たり前って…!」

「知ってますよ、いつも貴方が夜遅くまで頑張って遊ぶ時間も削ってひとりぼっちでも頑張って勉強してて、偉いです。もっとワガママに生きたって良いんですよ」


 俺は沢山今まで堰き止めてきたものが溢れて泣いた。

 後から思い出したら恥ずかしいくらいには泣いた。


「…ありがとう」


 俺は赤く腫らした目を拭った。

 彼女はニコニコと笑っている。


「大丈夫ですか?これ使ってください」


 ミオは真っ白なハンカチを俺に渡した。


「洗って返すよ」

「差し上げます。私には必要の無いものですので」


 俺は言葉に甘えることにしてそれを遠慮なく使った。


「笑顔のための準備運動出来ましたね」

「え?」

「笑顔になるためには沢山泣くのが大切なのです!心が曇ってるといけないのです!」


 ドヤ顔である。

 俺はおかしなことを言う彼女にプッと吹き出した。

 確かに彼女の言った通り口角が上がっていたように感じた。


「笑いましたね!やったー!!」


 自分の事のようにミオは跳ねて喜んでいる。


「これからもそれを忘れないでくださいね」

「また会える?」


 お別れの言葉のように感じて俺は自然とその言葉が出た。

 彼女はフッと笑って首を横に振った。


「私天使ですので、これからも幸せを悲しんでいる人に届けるのでここに来れるか分からないんです」

「そっか…」

「あ、でもでも!私、貴方のこと忘れませんし、ずっと褒め続けます!頭を撫でてあげることは出来ませんけど…」

「本人が聞いてないのに褒めるの?」

「き、聞いてなくてもどこかで誰かが認めてくれたら良いかなーって思って」


 遠くにいても誰かが認めてくれる。

 それが嬉しい胸が暖かく感じる。


「ありがとう、俺も忘れないから…頑張るから」

「応援してます!貴方なら大丈夫です」


 次に彼女がいた方を見た時は真っ白な羽が一つ落ちていただけだった。


 俺はその後家に帰るとこっぴどく怒られた…というよりかは怒られたけど謝られた。

 その時に親に初めて抱きしめてきてびっくりした。


「なんでそんな点数良いのお前ー?」


 友達もできた。

 ひとりぼっちではなくなった。

 皆で勉強したり時々遊んだりしている。


「何でだろ?」

「お?天才アピールかこのこのー!」

「ちょ、くすぐったい!」


 ぎゃーぎゃーと騒いで歩くのは、もう当たり前になった。

 悲しい時とかはあるけどそれでも俺はあの不思議な女の子を思い出す。


 遠くで俺の事を褒めてくれる人。

 きっと何処かで今日も泣いている人を笑顔にするために奮闘しているのだろう。


「初めまして!貴方に笑顔を届けに来ました!」











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笑えますように 赤猫 @akaneko3779

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